表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

一話

21時。

御堂太一は駅前公園の細い時計台の前にやってきた。

咄嗟に前髪を弄る。変になっていないだろうか。

先程トラックを交わしてきた。二台もいるとは思わなかった。


「こんな時間に呼び出してごめんね」


駅前公園と言っても、普通の公園と大差ない大きさだ。奥は密会スポットにでもなっているのだろう、間隔を開けて点在している外灯の少なさのせいで、御堂太一の表情は読みにくい。


「いや、全然大丈夫!ここ、ちょっと暗いね。むしろ、こっちこそ気が付かなくてごめん。ちょっと、舞い上がった」


ん?舞い上がった?


「あ、いや、なんでもない」


そう言ってはにかむ御堂太一。かわいい。彼の笑った時にフニャッとなる目元が好きだ。

しかし、これからその御堂太一に振られなければならない。そう思うと心がチクリと痛んだ。


「それで、話って何?」


「えっと、あ、髪型!いつもとちょっと違うけど、変えたの?」


予定の時間までもう少しある。話を引き伸ばさなければ。

そう思って口を開いた時に目の端に見慣れないものが映った。


御堂太一の顔の横に、目盛りのついたバー?みたいなもの?がある。

まるで某仮装大賞のような、よく言えばシンプル、悪く言えば古臭いゲージ、とでも言おうか。それがぼんやりと光っているのだ。

目盛りは全部で15。10から上は色が違うようで、今は11だからピンク色だ。

御堂太一は全く気にする素振りを見せない、どうやらこのゲージは私にしか見えないようだ。

特に何も言われていないが、コノエルから授かった能力のようなもの?なのだろうか?


「え?ああ、これは違うよ。バイト先で帽子を被ってるから、形がついちゃって」


「なるほど」


恥ずかしいなと言いながら、御堂太一が後頭部を弄りつつ顔を赤らめる。

こいつは私を萌え殺す気だろうか。可愛すぎる。いっそこのまま現実逃避してやろうかしら。

だがここで投げ出せば任務不達成で消滅か地獄行きだ。

コノエルの憎たらしいニヤニヤ顔が頭をよぎる。ここはぐっと堪えるのだ。


「それで、えっと……?」


「あ、ごめん。えっと、御堂君を呼び出したのは、……伝えたいことがあって」


そう言うと、何故か御堂太一のゲージが古臭い効果音とともに一つ上がった。

緊張した面持ちの御堂太一。薄暗いので分かりづらいが、心なしか頬も紅潮しているようだ。


ということは。

もしかして、いやもしかしなくてもあのゲージは、アレなのか?恋愛シミュレーションゲームではお馴染みの。

相手の気持ちを分かりやすく視覚化した画期的なバロメーター視認ツール、その名も。


「好感度ゲージ」


「え?」


「あ、いやなんでも」


危ない。ついうっかり声に出してしまった。一人暮らしが長いとこういうところに弊害が出てくるから困る。

それはさておき、もしこの古臭いゲージが好感度ゲージだったとしたら。

おいおい御堂太一君よ、チョロすぎやしないか?

しかも、しかもだ。

最高値が15で、今が12ということは。


御堂太一は、私のことが好きだということに!? なるよね!? そうだよね!?


嬉しい。物凄く嬉しい。

このゲージが好感度ゲージであるなら、私と御堂太一は両想いなのだ。

両想い、という単語を心の中で唱えた途端、叫び出したいような気持ちが沸き起こり、走り回りたい衝動に駆られる。

今なら高尾山くらい登って「ヤッホー」という山彦を轟かせるくらいはできそうだ。


だが、そこで我に返った。

私は今から、振られなければならないのだ。

両想いであるはずの、御堂太一に。

何がヤッホーだ。

せっかくの高揚した心に一瞬にして冷水を浴びせかけられたようだ。むしろ上がった分だけ下がり幅が広い。


いっそ御堂太一が私を嫌いでいてくれたならどんなに良かっただろう。

知らなければ良かった。

でも、知ってしまった今はそれを無かったことになんてできない。

心が締め付けられる。

目の前に手に入る幸せが見えているのに、触れた瞬間に奈落の底に落とされる。

なんて拷問だ。身体ではなく心を苦しめる分地獄よりたちが悪い。

私は思わず奥歯を噛み締めた。


どうしてこうなったのだろう。

ショートカットしようと迂闊に道路に飛び出したから?

明らかに胡散臭いコノエルの策略に嵌まったから?

きっとそのどちらもだろう。

自分の浅はかさに目眩すら覚えそうだ。


「鎌瀬さん、どうしたの?顔色が悪いようだけど……」


「え?あ、なんでもない!大丈夫大丈夫!」


私はなるべく明るく見えるように努めた。

悔やんでも仕方がない。

結局私は自分のミスで死んでしまい、騙されたとはいえ、コノエルの従者になることで生き返ることを選んでしまったのだ。

事実は変えられない。

そらならいっそ、今あるこの状況だけでも何とかうまく運ばなければ。


時計を見ると21時20分。そろそろだ。


「それでね、御堂君。私、ずっと前から……」


「助けて!!太一!!!」


私が今まさに告白をしようと声を掛けた瞬間、耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。

驚いて声のする方に目を向けると、草叢の中から一人の少女が転がり出てきた。

大きな瞳に涙をいっぱいに貯めて、御堂太一の名を叫びながら駆け寄ってくる。

淡いウェーブの髪が外灯に反射して、キラキラと煌めいている。


斎藤里穂。

御堂太一の幼馴染みにして、御堂太一とめでたく結ばれる予定の幸運のヒロイン。


「里穂!?どうしたんだ一体……」


御堂太一がそこまで言いかけて、口をつぐむ。

先程斎藤里穂が転がり出てきた草叢から、もう一人スーツ姿の男が走り出てきたからだ。

その男は、最初斎藤里穂を追いかけて草叢から出てきた時こそ勢いがあったものの、すぐに私と御堂太一の姿を見て足を竦ませた。

よく見るとシャツが少しはだけており、斎藤里穂も同様に乱れているようだ。

咄嗟に草叢の奥で何が行われていたのか想像してしまい、嫌悪感に顔を顰める。

スーツの男は私と目が合うとあからさまに動揺しだした。これではやましいことをしていたと公言したも同然だ。分かり易すぎる。


私はそのまま、二人が出てきた時にたまたま一緒に転がってきた空き缶を素早く拾うと、躊躇なくスーツの男の足元に投げつけた。

アルミ缶だったので然程スピードは出ていなかったと思うが、それでもスーツの男には充分だったようだ。まるでその空き缶がスタートの合図であったかのように、その男は一目散に逃げて行った。


「待て!!」


その背中へ一応声を掛けておく。

概ね計画通りだ。コノエルは時間が来ると草叢から二人出て来るので一人はすぐに追い払えと言っていた。

まさか、その二人がどういう状態であったかまでは聞いていなかったけれど。


「こわかったよぅ……」


斎藤里穂は御堂太一の胸に縋り付いて肩を震わせている。

不謹慎にも、外灯に照らされた二人を見て絵になるなと思ってしまった。

まるでそこだけ別世界のようだ。


ひとまず、このままでは落ち着いて話もできないということで、駅前にある24時間経営のチェーン店に移動した。

私も知らず緊張していたのだろう、先程の公園とは比べ物にならない程の光の多さに少しほっとする。

席について簡単に注文を済ませる。

店員が席を外し、しばらくして斎藤里穂が落ち着いてきたのを見計らって御堂太一が声を掛けた。


「里穂、少しは落ち着いてきた?」


里穂がこくんと頷く。

運ばれてきたココアをゆっくり飲みながら、様子を伺う。


「どうしてあんなところにいたんだ?夜遅いから先に帰れって言っただろう?」


なるべく優しく聞こえるように、太一が声をかける。


「だって、太一が私に何か隠し事してるのが気になって……」


「だとしても、危ないと思わなかったのか?」


「だってだって、今まで太一が私に先に帰れって言ったことなかったじゃない」


それから里穂は、太一が朝からソワソワしていたこと、いつもは一緒に帰るのに今日は何故か先に帰されたことから、きっと恋愛絡みの何かがあると感じたこと、聞いても教えてくれないので後をつけたこと、私がやって来たので咄嗟に草叢へ隠れたことなどを話した。


なるほど。確かにこのままでは私が邪魔なわけだ。

太一のやや呆れたような表情とは打って変わって、目線や話し振りなど言外からでもはっきり分かるほど、里穂が太一を好きであることは明白だった。


やがて太一が複雑な顔で溜息をついた後、気まずい沈黙がやって来る。

しばらくして里穂がお手洗いに立った隙を見て、やはり気になっていたのだろう、太一が言いにくそうに切り出した。


「それで、その……大丈夫なのか?」


里穂の容態のことだ。草叢の向こうで実際にどこまで行われていたのか、知りたくなくとも今後のことを考えると知っておかなければならない。


「大事になる前に逃げ出せたみたい。とはいえ、トラウマレベルであることは間違いないから、しばらくは見ててあげた方がいいと思う」


「そう、だよな……」


先程太一に少し席を外してもらい、その間に里穂に聞いたことを伝える。

流石に里穂も具体的なことを好きな相手、太一の前では言いにくいだろうと判断したからだ。

勿論、この流れもコノエルの計画通り。

里穂も一人では抱えきれない部分があったのだろう、私と二人だけになると話してくれた。


「ごめんなさい。私が呼び出したのが原因だよね」


「そんな、鎌瀬さんが謝ることじゃないよ!悪いのは襲った奴なんだから」


近くにいたのに何もできなかったことへの忸怩たる思いがそうさせるのか、太一の拳は白く、爪が食い込むほどきつく握られている。

それを見て、不謹慎にも少し羨ましいと感じてしまう。

一度閉じた心の蓋がまた開きかけ、慌てて閉じ直した。


さあ、ここからが本番だ。


「本当に斎藤さんは御堂君のことが好きなんだね」


「え? なにを急に……」


「見ていれば分かるよ。それに、さっきの話を聞いて確信した。今日だって、御堂君の態度を見て見過ごせないものを感じたからついて来たんだろうし……女の勘っていうのかな?そういうの、結構当たったりするし」


「うーん、そんなものなのか?」


「そうなの。結局、こんなことにはなっちゃったけど……。でもね、そこまでして相手を想うって、凄いことだなって純粋に思うんだよね。敵わないなって、思っちゃう」


「あの、鎌瀬さん」


私の不穏な空気を感じ取ったのか、太一が少し慌てだした。

因みに今の太一のゲージは9。流石にあんなことがあったので一旦落ち着いている。


「私ね、本当はあの時、御堂君に告白しようとしてたんだ」


太一に答える隙を与えず、静かに畳みかけていく。


「でも、今は少し後悔してる。……御堂君も本当はそう思ってるんじゃない?」


「そんなこと……っ!」


太一の言葉は続かない。

嫌な聞き方をしていると分かっている。自分の口の中にも苦いものが広がるようだ。

だが、ここで怯んでいてはかけた言葉の意味がない。

私は太一の罪悪感をさらに揺さぶるよう言葉を重ねていく。


「認めようよ。私達二人とも、斎藤さんに申し訳ないって感じてる。そんな気持ちでこれから私達仲良くしていけるのか、私は不安だよ」


「鎌瀬さん」


「私は御堂君が好き」


言った。言ってやった。

でも太一のゲージは変わらない。


「こんな時に言うなんて狡いって分かってる。でも言わせて。私は御堂君が好き。好きだけど、斎藤さんも御堂君が好きなことを、私はもう知っている」


太一の表情は動かない。


「……御堂君は?」


答えられるわけがない。

優しい彼がここで私を選べるはずがないのだ。


太一とて里穂の気持ちに気付かなかった筈はない。

太一への想いだけで突っ走り、結果心に傷を負った里穂。

きっと私と太一がくっつけばその里穂を傷付けることになるだろう。

只でさえ草叢で知らない男に襲われるという、心に深い傷を付けられた状態で、その傷口に泥を塗るようなことは太一にも私にも到底できないことだ。



「……答えられるわけが、ないじゃないか」


「……そうだよね……ごめん」


きっと太一は、私のことを狡いと言って責めたい気持ちで一杯だろう。

だがこれでいい。

私はそのために告白をしたのだ。

だけど、それでもやっぱり心の奥はキリキリ痛む。

ともすれば迫り上がりそうになる気持ちを飲み込んで、私は最後の言葉をかける。


「御堂君を苦しめてるってわかってても、それでも言わずにいられなかったの。……この気持ちに、整理をつけるために」


「鎌瀬さん……っ」


太一の顔が悲痛に歪む。伸ばした手を、それでも伸ばしきれずに宙に浮かせ、引っ込めることすら躊躇っているようだった。

その手を見つめて、手を伸ばされただけ幸せだったと自分に言い聞かせる。


「きっと私達は、今後距離を置いた方がいいと思う。斎藤さんのこともあるけど、何より、私が耐えられないから……。本当にこんなことになってしまってごめんなさい」


そう言って席を立つ。

太一の表情は見えない。


「……こっちこそ、ごめん」


伸ばした手を力なく握りしめて、聞こえるか怪しいほどの声で太一が声を絞り出す。


これでいい。

これでいいんだ。


私はそのまま、いつの間にか後ろに佇んでいた里穂にも目を合わせず、そそくさと入口へと向かった。

ドアを開ける瞬間に目から涙が溢れたが、拭くのも構わず駆け出した。

走って走って、走り疲れた所で脚を止め、その場にしゃがみ込む。

嗚咽はすでに吃逆の様な不規則なものになっていて、息を吸うのがやけに辛かった。


「もうやだ……」


誰ともなく出した言葉だが、言わずにいられなかった。

今はただ込み上げる想いの奔流を吐き出したくて、人目も憚らず声を出して泣いた。


太一の声が耳に焼き付いて離れない。

コノエルの憎たらしい顔が頭をちらつく。


行き場のない私の気持ちが、涙に溶け出しているみたいだ。

やけに冴えた頭で、アスファルトにいくつも吸われていくそれを眺め、暫くこのままでいさせて欲しいと誰ともなく願った。






「あ、おかえり〜〜」


家に帰ることさえ億劫だったが、無理矢理自分を叱咤してやっと帰り着いた自室のベッドで、あろうことかコノエルは能天気な声を出して寛いでいた。


「なんでだ」


思ったより低い声が出たが、コノエルは何ら気にした様子もなく、ベッドの上で涅槃のポーズをとりながら片足を上げたり下げたりしている。

器用にも空いている左手で私の秘蔵のお菓子を貪り、屑を盛大に零しながら。


「え?だって暫くコッチに居なきゃいけないし〜、毎回君の所に通うのも面倒だし〜?あ、このハッピーダーンっていうお菓子美味しいね〜」


「もはやどこから突っ込めばいいの」


「ん?突っ込むとこあった?」



……もうだめだ。


口の周りに美味しい粉を付けながらコノエルが無邪気に問うてきた瞬間に、私は膝から崩折れた。


「あ、ハッピーダーンまだある?」




――こうして、私の長く辛い第二の人生が始まったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ