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咬ませ犬役になるプロローグ

私が死んでいる。


これは夢なのだろうか。

道路に打ち捨てられるように横たえている私からは、どのくらい経ったのか解らないが今も血が流れている。

あーあ、白目を向いているし、髪の毛も血と砂利がこびりついて汚い。

どうせ夢ならいっそお姫様のように、綺麗なドレスでも着て美しく横たわりたいなあ。


臭いはない。まあ夢だからね。これで血臭まであったら生々しすぎてとてもじゃないけど見ていられない。

そう、あまりに生々しいのだ。

車にでも跳ねられたのか、足と首があらぬ方向を向いていて、まるで木偶人形のようだ。

そんな自分を俯瞰で見下ろしている状況。


「なにこれ?なんの夢なの?」


あ、喋れた。何故かちょっと安心した。

これは悪夢に該当するんだろう、早く覚めてほし……


「夢じゃなくて現実だよ~」


「……!?」


突然、コロコロとした笑い声にやけに間延びした言葉が聞こえてきた。反射的に目をやると、信じられないような美男子が小首を傾げ、こちらをニヤニヤしながら見つめている。

ふわふわした金髪を無造作に靡かせて、同じく金色の長いまつげに縁取られた瞳は澄んだ翡翠の色。

均整のとれた体つき、極めつけは背中から翼が生えていた。

うん、こういうのマンガで見たことあるぞ。天使かな?


「どちら様ですか?」


念のため聞いてみる。


「何に見える?」


え、合コンの年齢聞いたときの切り返しみたいな回答が来た。まじか。


「えっと、……て」


まってまって、いくら日本人じゃないって分かってても相手に向かって天使ですか?なんて聞けるわけがない。


「て?」


「て、て~……」


引っ込みがつかなくなり吃ってしまう。

天使ですかって聞くの?恥ずかしすぎない?でも誤魔化すにしても"て"から始まるいい言葉が見つからない。


「天使って言いたいの?でも残念、天使じゃないよ~」


「で、ですよね」


私の焦りように、見かねたのか先に言葉を返してくれた。天使か。

いや、でも天使って言われ慣れてるのかな?

あまりに自然だったから違和感が機能してくれない。


「僕はね、死神」


「え?」


「死神だよ」


そう告げると彼は唇の端を吊り上げた。


その瞬間、頭の中で停止していたシナプスが繋がるように、急激に理解した。

私は死んだ。

アルバイト帰りにショートカットした道端でトラックに跳ねられて。

遠くなる意識に、自分から夥しく漏れだしていく命をぼんやり眺めながら。

何故か恐怖はなかった。いや、諦観していた。

どうにもできないとわかっていたから。

私は、死んだのだ。

私の頭に警鐘が鳴りはじめている。

この死神を名乗る男の異常さに、今頃気付いたと言わんばかりに。


「ははは!本当に面白いや。君のそのくるくる変わる顔色~」


「……」


「飽きないよ。実に面白い」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




一頻り楽しんだ彼ーコノエルと名乗ったーは、混乱している私に目線を合わせると、その瞳に慈愛を乗せて淡々と話し出した。


私は死んで、今は魂が現世に彷徨い出している状態らしい。

このままでは半刻もしない内に消滅してしまうのだとか。

人は死んだら天国か地獄に行くと昔聞かされた気がしていたが、それは選ばれた人間だけの特権なのだと言う。


「だって、みーんな行ったら定員オーバーになっちゃうでしょ?」


そう言って当たり前のように腕を広げたコノエル。天国も地獄も、人間で言うところの国のようなものらしい。一気に現実味が出てきたな。


「あの、それで私は天国に行けるんでしょうか?」


敢えて地獄は除外した。行きたくないものは仕方がない、死んでまで苦しい思いはしたくないのだから。

コノエルは少しだけ考えてから、困ったように眉を下げた。


「ごめんね、今はどちらも一杯なんだよ~」


「そんな」


「だから君は間もなく消えて無くなることになるね~」


「そんな」


「消えると勿論転生なんてあり得ないし、輪廻の輪からも外れる。文字通り"無くなる"のさ」


魂だけになったにも関わらず、あまりの絶望感に腰が砕けそうになる。

ここにきてとても恐ろしくなってきた。

何も無くなる?体も心も記憶も何もかもが無くなってしまう?

記憶……そうだ!


私はまだやり残したことがある。

初めて好きになった御堂太一に告白するのだ。

返事なんて期待していない、だけどせめてこの想いだけは相手に伝えたかった。


ああ、そうだ。

そもそもバイト帰りにわざわざショートカットしたのも、これから告白するためだった。

今は何時だろうか。21時に公園に呼び出した。今もまだ待ってくれているだろうか?


「あの」


咄嗟に声が出ていた。


「何とか出来ませんか?」


「……どうして?」


「好きな、人がいて」


喉に物が支えたような違和感が込み上げる。予想以上に大きな想いの奔流が、唇を震えさせる。

微かにコノエルが笑ったような気がしたが、それを気にする余裕すらなかった。


「できるよ」


「は?」


「できるよ。何とかしてあげようか?」


コノエルが、食卓の醤油取ろうか?くらいのノリで聞いてくる。


「ほんとに?」


「疑うの?死神であるこの僕を?」


「あ、いや……」


「ふーん、へ~~そう、疑うんだ?滅多に見せない優しさ出したってのに。はああ、傷付くな~」


全然傷付いてなさそうな顔でコノエルが子供がやるような泣き真似のポーズを取った。なんだこいつは。


「そんなこと言うなら生き返らせるのやめちゃおっかな~」


「は、え!?生き返れるの!?」


「うん。条件付きだけどね~」


「条件?」


コノエルが美形らしからぬ仕種でむふっと笑う。むふってどうなの。


「むふふ、そう条件!何事もギブアンドテイクが世の理だからね」


「世の理……。えっと、どんな条件なんですか?」


「その前に」


コノエルが急に身を乗り出してくる。美形は近くで見ると迫力が違う。目のやり場に困る。


「先に意思を聞いておかないとね」


「え?」


「君は生き返りたい?」


「はい」


答えは決まっていた。反射的に即答した。

だって、御堂太一に告白できなければ、それこそ死んでも死にきれない。

もしも御堂太一に告白するチャンスをくれるのならば、例え生き返りが一瞬であったとしても構わないとすら思った。

正直そんなに御堂太一を好きだったのかと疑問に思えるくらいの硬い意思だ。

さあ、どこからでもかかってきやがれ!


そんな私を満足げに眺め回した後、コノエルは条件を提示した。


「御堂太一に告白すること」



「……………………うん?」


「聞こえなかった?御堂太一、君のクラスメイトの。あいつに告白するのが条件だよ」


「天使か!」


咄嗟に叫んだ私の気持ちがお分かりいただけるだろうか?

もしかして、この男は私が御堂太一に告白したがっていることを知っていたのか。死神だもの、なんでも知っている可能性だって十分ある。

だとしたら暖かくもなんて底意地の悪い男だ。

死神だと本人は言い張っているが、どこからどう見ても天使の様相、天使の所業である。

正に天使!

一気に愛憎が膨れ上がり、親近感が湧いてきた。

思わずつられて笑顔になってしまいそうになった時、彼はそのまま事も無げに告げる。



「そして、見事に振られること」



「え」


「間違ってもくっついてはいけないよ。告白をして、振られる。そして御堂太一は幼馴染みの斎藤里穂と結ばれる」


ここまでが一連の流れ、条件であると彼は言った。


さっきまでの熱は一瞬にして何処かへ吹き飛んだ。思考がうまく働かない。この男は何を言っているのだろうか。

確かに告白をしても私の想いが報われるとは限らない。相手が私を好きである保証はないのだから。でも、だとしても。

告白をして降られろ?

それは振られるために告白しろということであり、必要のない心の痛みを私に与えるということだ。

そして、逆を返せば、相手に断るように仕向けなければならないことであり、例え御堂太一が私を好きであったとしても、結ばれてはならないということでもある。


「好きな相手に断られるために告白する……」


「物分かりがいいね~。その通り、君は言わば御堂太一と斎藤里穂の"噛ませ犬"になるっていうことだね~」


噛ませ犬という不躾な言葉に二の句が告げないでいると、彼はそれをどう取ったのか、具体的に説明を始めた。


これから私は、私が死ぬ事故の少し前に戻るらしい。そしてトラックを回避して待ち合わせの公園に行き、既に到着している御堂太一に会う。ほどなくして斎藤里穂が現れるので、御堂太一が斎藤里穂の肩を持つように話を誘導し、告白してあとは見事に降られればミッション達成となる。


「思ったより簡単でしょ~」


「……どうしてわざと振られるように仕向けなければならないんですか」


「うん?だって、それが僕の仕事だからさ」


「仕事……死神の仕事ってことですか?」


「そうだよ~。僕の仕事は魂の交通量を整理、最小化すること。君が御堂太一に振られ、御堂太一と斎藤里穂がくっつくことにより、結果的に未来で魂となる人の数が減るんだよ~」


そう言われてもピンと来ない。なぜ私が振られれば召される魂の数が減るのか。

そして、同時にコノエルの恐ろしさを再認識する。何故ならコノエルは私を助けようとしたわけではなく、ただ単純に今ある現状から最善を導きだした結果が、私を蘇らせ御堂太一に告白させることだったというだけなのだから。

目の前が眩暈を起こしたように覚束なくなってくる。

何故天使だなどと思っていたのだろう。私に慈悲を見せた?いいや、とんでもない。正真正銘、彼は死神だ。


「私に拒否権はないんですか?」


ここにきて初めて俄に湧いてきた怒りに任せてコノエルを睨み付ける。

だがコノエルは、そんな私を小馬鹿にしたように笑い飛ばした。


「拒否権?おいおい、何を言っているんだい?僕は事前に聞いたよね。先に生き返りたいって言ったのは君の方だろう?」


「あれは、そんな条件だなんて知らなかったから……」


「はあ?知らなかったから、やっぱりさっきの返事は無かったことにしますって?……じゃあ聞くけど」


先程までの笑顔を消し去り、射るような目を向けられる。


「そんな甘えた考えが通用すると思っているのかい?それに、これは天界でのルールだけれど、一度承諾した契約を履行しない場合は、定員に関係なく地獄行きが決まってる」


そう言うとコノエルはその整った唇の端を凶悪なまでに引き上げた。


「君、地獄に行きたいの?」


これが、死神。

人間の命を刈り取る者。命を刈り取る為に手段は選ばない、残酷な美しき者。

私は文字通り選ばれたのだ。彼が都合よく利用できる遊戯道具に。


「例え口約束であろうと契約は契約だよ~」



「悪魔」


気が付けば口から零れ出ていた罵倒する言葉に、それでもコノエルは嬉しそうに笑う。


「よく言われる~」


こうして、私、鎌瀬まりあの二度目と言える過酷な人生がスタートした。




初投稿です。

拙いですがよろしくお願いします><

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