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獅子譚  作者: 毛野智人
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(四)

 オルコメノスの軍勢は夜を一つ跨いでからテーバイの間近まで侵攻してきた。兵力はかなりのもので、弱体化したテーバイの兵団だけではとても太刀打ち出来るものではない。しかし今、テーバイにはミュケナイからの助力がある。

 日の出と共にアルケイデスはテーバイの兵を借りて城門を出て行った。クレオンは大将として控えて居るものの、まさに居るだけであった。城壁に囲われた町の中にある丘の上から、ただ戦況を見守るのみ。あの神がかりの若者の描く戦略については一切知らされていない。勝算があるのかないのかも定かではないが、今は信じるしかない。彼がゼウスの子であるというのなら、本当にアテナが味方をしてくれるかもしれない。

「ミニュアス人どもだ!」

 本陣に控える兵の中から声が上がる。

 目を凝らせば、山間(やまあい)からミニュアス人の一団が進軍してくるのが見える。それを迎え撃つように城郭より西方の平野でテーバイとミュケナイの合同軍が待ち受ける。オルコメノスの全軍が姿を現し平野に陣取ると、間もなく双方の重装歩兵が激突した。会戦だ。クレオンは固唾を呑んで戦場を注視し、神々に勝利を祈った。

 血気盛んな男達の吠え声が(とどろ)く。左手に盾を出し、右手に槍を掲げて突進する。

 隊列は崩してはならぬ。陣形は密にして敵を()し退けよ。

 黄金色の陽光がじりじりと戦士達の肌を焼き、汗が散る。鋭い(きっさき)が乱れる度に血が飛沫(しぶ)く。風が吹いたとて、この者達の熱を冷ますことは(あた)わぬ。

 さあ、雪辱を。アレスの竜を討ち取りしカドモスの国テーバイに、元の栄華を取り戻せ。

 初めのうちは両者とも拮抗しているように見えた。しかし徐々に変化する陣形と共に、戦況はテーバイ側の優位に傾く。遂にはオルコメノス軍の右陣が崩れ始めた。

「敵将は何処だ!」

 敵陣に真っ先に突っ込んでいく一団がある。アルケイデスの隊だ。

 アルケイデスは身体能力に特に優れた者達を集め、自軍の左翼に陣取っていた。右翼は戦闘の経験豊かな父アムピトリュオンに任せ、中心には弟のイピクレスとテーバイの諸将を置いた。戦が始まった頃には、重装歩兵の戦闘において定石である正面からの会戦になるかと思われた。ところがいつの間にか、テーバイの左翼がオルコメノスの右翼を横から攻めている。オルコメノス軍が中央と左翼で目の前の敵との戦闘に夢中になっている間に、アルケイデス率いるテーバイの左陣は敵陣の右翼に猛攻を仕掛けたのだ。重装歩兵の隊列は通常機動力に欠ける。だがアルケイデスの一隊は各人の実力を生かして驚くべき連携と機動力を見せた。正面から攻撃を仕掛けつつ、徐々に左へと回り込み、防御の手薄な重装歩兵の隊列の右を突いた。

 勇猛果敢なテーバイの精鋭達、そして何より無敵の力を誇るアルケイデスの勇姿を目の当たりにして、他の兵の士気は高揚した。

 左翼の勢いに乗ったテーバイ軍は右翼も負けじと攻め掛ける。

 陣形は角を成してテーバイ軍がオルコメノス軍を囲い込むようになり、敵を山際へ追い詰めていく。敵陣はもはや総崩れだ。挟撃に等しい攻撃に為す術もない。勝ち目はない。しかし将が負けを宣しなければ、戦は終わらない。

 獅子の頭を(かぶと)に被った若者が一人、混乱する敵軍に切り込んでいく。

「ミニュアス人よ! お前達はもう我らには勝てぬ。テーバイを支配せんとするのは諦めよ!」

「我らを愚弄するか! 浅ましいテーバイ人め」

 歩兵の中でも一際光り輝く装具を身に着けた男がアルケイデスに応酬した。

「貴方がオルコメノスの王か」

「如何にも。私がエルギノスだ」

 アルケイデスはエルギノスと対峙した。

「テーバイは始祖カドモスより続く誇り高き王国。もうこれ以上他国に追従するという屈辱には耐えられぬ」

「何を勝手なことを申すか。テーバイが我らに膝を屈したのは、テーバイ人が我が父クリュメノスを殺した故。その報いを受けたからだ」

「膝を屈したわけではない。味方にこれ以上の死者を出さぬため、そちらの要求を呑んで休戦を取り付けたまで。これまでは反撃の機を窺っていただけのこと」

「馬鹿な。この国にそれだけの力など残ってはいまい」

「目の前の景色から目を逸らし給うな。アテナの加護を受けた我らに貴方の軍は既に負けている」

「聞くに堪えぬ愚かなことばかり申すな。穢れきったこの国に、我らに刃向かうことなど許されぬのだ!」

 逆上したエルギノスは矛先をアルケイデスへ向けて突進してきた。

 アルケイデスは冷静だった。猛進してくるエルギノスの槍を盾で受け止めると、曲面を利用して鋒を滑らせて相手の体勢を崩す。空かさずその隙を突いてエルギノスの喉元を自身の槍で貫いた。

 主君の無惨な死に様にオルコメノス軍の兵は戦慄(おのの)く。

「ミニュアス人よ! お前達の王は死んだ! 戦は終わりだ。今度はテーバイの言うことを聞いてもらおうか」

 アルケイデスは戦場の端まで声が通るように敵に敗北を宣告した。獅子の甲冑を纏った戦士の右手に掲げられた槍。それに貫かれた王の姿を見て、全軍は戦闘を止めた。

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