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赤の章 18

 スクラン最強の大空の騎士とも、赤い悪魔とも呼ばれるアルベール・フォンクは、今、ベーゼル最強の大空の騎士、フランツ・ブランドと名乗る美女と歩を共にしつつ、いささか複雑な内容の話を聞き終ったところであった。

 話の内容は、フランツ・ブランドという人物の生い立ちから死、そして不本意な形での再生をに加え、それを可能にした科学技術を応用する事によっての『スクラン首都への大量殺戮兵器による攻撃計画』、というものであったが、アルベール・フォンクとしては前半部分は同情とおかしさ半分といった体で聞き流せていたが、その後半部分のベーゼル側の作戦計画あたりになると、流石に聞き流せる話ではなくなっていた。

 時刻は、二十一時にを僅かに回っていた。

「なるほど……大変だな……」

「別におれが大変だってことは、この際どうだって良いことだ」

 アルベール・フォンクの安易な同情の言葉を、イレーネ・ブランドの肉体を借り受けたフランツ・ブランドは、少年のような口調で退けた。

「さて、その話を聞いた俺としては、どうすれば良いのかな?」

 フランツ・ブランドが自分にこのような話をした理由はおおよそ理解していたが、それでもアルベール・フォンクは直接、その理由を聞きたかった。

「だからさ!!どうもこうも、ただ同情して欲しくてこんな話をする訳ないだろ。お前はおれに協力する以外の選択の余地が残っていないんだよ、結局さ!」

 フランツ・ブランドは蒼氷色の瞳に真摯さを宿し、アルベール・フォンクの褐色の瞳を見つめつつ、脅迫めいた口調で言う。

「わかった、わかった……確かに事実なら協力する以外にないな」

 静かな声で、だがしっかりとアルベール・フォンクは答えた。当然、最初から答えは決まっていたのだ。

 希望があったとすれば、わずかばかりフランツ・ブランドが困惑の表情の一つも浮かべ、しおらしくもっともらしい理由を述べて協力を要請してくれれば良い、と考えていた程度である。そして、そんなささやかな希望は、フランツ・ブランドのにべも無い協力強要により、永遠に打ち砕かれた。

 どちらにしても、もうフランツ・ブランドと戦う気にはなれない。仮に話の内容が嘘だとしても、その時はその時だった。

「だが、俺だけで良いのか?」

「大丈夫だ、むしろこんな無茶に、お前は他の人間を巻き込みたいか? アルベール」

「巻き込みたくはないな。じゃあ、勝算はあるのか? 二人だけで阻止出来るのか?」

「勝算は、ある……もともとおれ一人でやろうと思っていたんだ……だけど、でもまあ……この計画が成功した先の事はわからないな……でも、アルベール、どっちにしてもお前は死なせないよ、大丈夫、とにかく任せろ」

「……とにかく任せろなんて言うヤツに任せてろくな目にあった試しがないが……いや、おい、まて。そういう間の抜けたセリフは、俺のような美男子がおまえのような美女にいう言葉だろう?」

「だから、おれは男だ、何度言ったらわかるんだ。それと、おれの勝手に巻き込むんだ……せめて死なせない責任が、俺にはあると思う」

「ふん、じゃあフランツ、おまえは俺を守れ。俺はイレーネを守るから……美女を守るのは、強い男の責任だ、というか、そうしておけば二人とも、とりあえずは死ないんじゃないか?」

「アルベール……お前は本当に適当な奴だなぁ」

「スクラン人なんて、こんなものだ」

 フランツ・ブランドは、「そんなわけないだろ!」と言おうとしてやめた。アルベール・フォンクの表情にはある種の覚悟の色が浮かんでいたのだ。その覚悟をいとも容易く泰然としてしまうこの男に相応しい言葉を言おうと思ったからだ。

「ありがとう、アルベール……」


 アルベール・フォンクとフランツ・ブランドは、共に歩んでいた足を止めると、二人の眼前には月光に照らされて、煌々と水面が輝く小川が現れた。

「ここに出ると知っていたのか?」

 フランツ・ブランドは小首をかしげつつ、聞いた。今まで話をしながら、何となくアルベール・フォンクの行く道を辿っていただけに、そこに目的地があっただけでも驚いたのだ。

「ああ、あの場にいても、ここまで来ても喉は渇くだろう?たいして離れていない場所に水場があるなら、飲み水は確保したいからな……ローヌ川の支流の支流でイゼール川と言う……お前、どこに向かっているかも知らずについてきていたのか?」

 腰を落とし、川の水を水筒に入れながらも、呆れたようにアルベール・フォンクは答えた。

「うるさいな!いいじゃないか!……川の名前くらい知っている。ついでに言えば、およそ五百五十年前にこの場所で、おまえ達の先祖とおれたちの先祖は、今のおまえ達の同盟国と大きな戦いをした事も知っている、『アヴァロン会戦』って言うんだぞ! お前はそこまで知ってるのか!?」

 フランツ・ブランドもアルベール・フォンクにならい、水筒に水を汲んだ。そして、次の言葉で唐突に会話の流れをかえる。「適当についてきた」事を指摘された事に対しての、一応の反撃である。

「なあ、ところでアルベール。イレーネのことをどう思ってるんだ?」

「どう……って……その顔でそんな事を言うのはやめろ……」

 いったんフランツ・ブランドに向いていた顔を逸らしながら、アルベール・フォンクは答えた。声には動揺の色がみえる。

 「ほら答えろ。兄として知っておきたい」

 フランツ・ブランドは、逸らされたアルベール・フォンクの視線の先に回りこんで、再び問いただす。

「ま、魅力的だと思う……スクランにはいないような雰囲気が好きだ」

 さらに目線を逸らしながら、アルベール・フォンクはふてくされた様に答えた。

「ふふふ、あはは、会いたいか?」

 フランツ・ブランドはおかしな事を聞く。だが、アルベール・フォンクは、その意味をもはや正確に理解していた。

「そうだな。せっかくだ、会わせてくれ……」

 フランツ・ブランドは、イレーネ・ブランドの表情の満面に勝利の笑みを浮かべつつ、一言だけ発した。

「よかろう、特別だ」


「複雑で……すみません」

 先ほどまでの悪戯っぽく表情をころころと変える「フランツ・ブランド」とはうってかわって、実にしおらしい「イレーネ・ブランド」が謝罪の意をアルベール・フォンクに言葉をもって示していた。

「いや、かまわない、おおよそ理解しました」

 先ほどのフランツ・ブランドの説明では、あくまでもイレーネ・ブランドの体であるため、フランツの意識がその体を支配出来る時間は、実のところあまり長くなく、また、イレーネ本人が望まなければ顕現化出来ない。その上、フランツの記憶はイレーネの人格にも刻まれるが、イレーネの記憶はフランツの人格にも刻まれない……だから、イレーネがフランツの気持ちを代弁する事が出来たとしても、その逆は不可能、ということであった。

 だとすれば、イレーネが先ほどの話の流れを理解していたとしても不思議はないのだ。アルベール・フォンクとしては、どこまでの会話を聞かれていたのかが気になった。

「大体、聞いていたのかな?」

「はい、大体……」

 そう言って微笑するイレーネの顔は、先ほどのフランツが操っていた時の表情とはまるで違い、穏やかだ。

「……フランツは……いや、あなたも、辛かったでしょう? もしかしたら、フランツは自らの計画で他国の人命を救って、それに殉じるつもりだったのかもしれない」

「ええ……本当は覚悟していました。兄も、私も……でも……」

「そうですか、だが、イレーネ……あなたの身体を思えば、フランツはいくら人助けだといっても、自分の我が侭であなたまで死なせる事が、辛くなったのかもしれない……それで俺に協力しろと」

 遥か天空に浮かぶ月を見つめつつ、アルベール・フォンクはさり気なくイレーネをファーストネームで呼んでみた。だが、自身の心の動揺は激しく、それを誤魔化す為に腕組みをした。

「でも、そんな兄の計画に二つ返事で同意してくれたのは、あなたです」

 イレーネ・ブランドは呼び方を気にした風もなく、月光に照らされて淡く輝くアルベール・フォンクの赤毛を見つめる。赤毛の下には無理に引き結んだ口と、力みすぎた腕組みを見つけたが、何故、彼がそうなってしまったのかは解らなかった。

「……子供のころ友人がいたんですよ。近所ではあまり評判の良くない悪ガキでね……フランツみたいな性格だったかな。粗暴な癖に正義感が妙に強くて……大人の不正を許せないような、良い奴だった。なにより俺にとっては大切な友人だった。ある日、そいつの妹がギャングにさらわれてね……そいつの両親は怯えながら警察に全てを任せようとしていたんだけど、奴は違った。一人で妹を助けに行ったんですよ。ただね……さすがに相手が悪かった。結局、兄も妹も助からなかった。当時、俺が一緒に行ってたら何かが変わったかといえば、そんな事はないかも知れないけど……一緒に行ってやらなかった事は、今でも後悔しているんです」

 「まぁ、昔話です」……と、話の終わりにアルベール・フォンクは月から視線を外して、イレーネ・ブランドに向き直りながら付け加えた。

「ありがとう」

 イレーネ・ブランドは心からそう思い、言った。そういえば、最近は心からの感謝の言葉は減っているな、と思いつつ。


 アルベール・フォンクとイレーネ・ブランドは、イゼール川から、もともと歩いてきた道を辿り、戦闘機までの道を歩く。あたりは月明かりと星明りが照らし、幻想的なまでに美しい草原が広がっていた。

 目標の二機の戦闘機は、そんな薄明かりに照らされて、一つは仄かに赤く輝き、一つは闇をさらに深く暗く塗りつぶしたようにして佇み、それぞれの主人を待っていた。

 だが、目的地周辺にはその他にも一台のジープがあり、二人の人間が待っていた。コンラートとハンスである。

「どうも、そちら側のお迎えだね」 

 アルベール・フォンクはイレーネ・ブランドに、彼等の元に向かうよう促した。

「あなたは?」 

 イレーネ・ブランドは、困惑の表情を浮かべ、ためらいがちに歩を止めた。

「俺の迎えもそのうち来るだろうさ……仮に来なくても歩いて帰るだけだよ」

 アルベール・フォンクは、つとめて明るく、だが静かな口調で言う。

「……一緒に来ませんか?」

「おいおい、それこそ俺は捕まるだけだよ」

「そんな事にはなりません」

「……だとしても、今行けばフランツとの約束が果たせなくなる……」

 アルベール・フォンクはそう言うと、イレーネ・ブランドの背中を「ぽん」と軽く叩いた。

「ごめんなさい、少し、わがままを言いました」

 一歩だけ前に踏み出したイレーネ・ブランドは、少しだけ間をあけて、そう言った。微笑を浮かべようと努力したが、僅かに滲む涙が邪魔をして、その完成には至らなかった。

「イレーネ……また会えるよ」

 アルベール・フォンクは力強く言った。イレーネ・ブランドは振り返り、一度だけ頷き、

「はい、きっと」

 自らにも言い聞かせるようにそう言って、漆黒の戦闘機のもとへ走り去ってゆく。

 アルベール・フォンクは、身を屈め、目立たないように数十秒ほど息を殺していると、戦闘機の方角から「……問題は無い、ご苦労、帰還する……」というイレーネの、凛とした声が聞こえてきた。おそらく人格をフランツに戻したのであろう。その命令の内容が、身を隠しているであろう自分に気を使っている事も、容易に推測できる。


「さて、俺も帰ろうかな……」

 身を屈めて息を潜める事数分。ジープのエンジン音が消え、あたりに初夏の虫の鳴き声と、遠くで流れるイゼール川のせせらぎの音が還ってきたとき、アルベール・フォンクは再び天空を見つめた。すると、月明かりの中、僅かに銀灰色に輝くものが二つほど見えた。徐々にこちらに向かっているようだが、鳥ではない。

「やれやれ、今夜はどうやら歩いて帰ることだけは免れそうだ……」

 アルベール・フォンクは、そうひとりごちた。

 


 赤の章 了

 

途中から1話が長くなっちゃったので、これで赤の章、おしまいです。

次はベーゼル側の視点からの物語になります。

出来るだけ早く書こうと思います。

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