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赤の章 14

 ナント基地の周囲は、新緑が陽光にきらめき、柔らかい風があたりを包んでいる。

 時刻は十三時三十分を過ぎた。

 アルベール・フォンクは、百五十名の第二空戦隊パイロット達を、格納庫の外、つまりは飛行場に集めた。自身は、彼等の眼前にある壇上にあって、改めて作戦内容を確認する。

「侵攻する経路だが、一端南西に進路を取り、その後、海上に出たら東へ、後に北に向かう手順で敵拠点に近づく。リムスブール近くにある敵拠点についたら俺の指示で散開、直下の航空機に手榴弾を投げろ! なお、敵との交戦は極力避けて逃げる。爆弾が全弾命中しても、敵の総力は俺たちの倍以上だ! まともにぶつかるな!」

 アルベール・フォンクは、強気な口調で弱気な作戦を言い切った。

「では、諸君の健闘を祈る! 行け!」

 続いて、同じく壇上、アルベール・フォンクの左に控えていたノエルの号令が響き、隊員達は一斉に各自の戦闘機の下へ向かう。

「なんだ、ノエル? 不満そうだな」

 壇上から降りつつアルベール・フォンクは声をかけた。

「いえ、不満というのではありませんが……」

「ノエルは寂しがり屋なんだよなぁー」

 ノエルの言葉に、壇上では右に控えていたエドモンが間髪をいれず茶化しに入る。

「俺としては、有能な人間に留守を守って欲しいだけなんだがな……で、うちで最も有能なのは、二人。

 ……そのうち一人はこれだ……仕方ないだろ……」

 エドモンのきょとんとした顔を一瞥して、アルベール・フォンクは言った。

「な……隊長、俺だって留守くらい守れますよっ!」

 自分には無理だという言い回しに気がついたエドモンは、慌てて反駁する。

「ほう、じゃあ代わってくれるのか?」 

 ノエルは嬉しそうにエドモンの腕を、軽く小突いた。

「代わらない! 俺はあんまり留守番ってガラじゃないからね!」

 小突かれた方のエドモンは、小突かれた方の腕をさすりながら、不満げに答える。

 ノエルの「軽く」は、通常の人間にとって、強打に値するのだ。

「どちらにしても、今回はそうそう余裕のある闘いじゃないからな……俺が率いてゆく七十二人全員が一人一機を潰したとしても、それでも敵はこちらの全機の倍以上が残る計算だ。本当なら学生は連れて行きたく無いんだがな……背に腹は代えられん。

 それに、もしかしたら今日にも敵さんが、こっちに攻めてくる可能性もある。その時の押さえはどうしても必要だろ」

 エドモンの拒否はともかくとして、アルベール・フォンクの珍しく真面目な説明を聞かされれば、ノエルもおとなしく引き下がる他なかった。

「わかりました、ご無事の帰還をお待ちしております」

 そう言うと、敬礼を残し、ノエル・アジェは愛機に向かう。テストの為に、一応、彼も空には上がるのだ。

「まあ、実際ノエルの方が防御に向いていると思います。指揮官としても、俺より優秀だ。だから、今回の人事、俺も、これしかなかっただろうと思います。まあ、ノエル本人の意思はともかくとして、ですがね」

 ノエルに対する多くの同情と、多少の羨望を言葉に含ませつつ言うと、エドモン・バルビエも愛機に向かっていった。

 

 時刻は十三時五十二分。まず、テスト飛行を行う改修済みのニュー・ローラン三十六機が滑走路に並び、エンジンの轟音を響かせている。無論、その中に真紅のニュー・ローランが含まれるのは言うまでも無い。

 アルベール・フォンクは、銀色の懐中時計を取り出し時刻を確認した。

「よし」

 轟音は爆音に取って代わり、真紅の機体は前進を始める。滑走路の中央に進むと一気に加速し、ふわりと宙に浮く。

 一分ほど上昇を続けると、すぐに二番機、三番機が上がってくる。それらはアルベール・フォンクが直接率いる中隊の機体である。彼等はいずれも、エドモン・バルビエ、ノエル・アジェには及ばないものの歴戦の勇士と呼ぶに相応しい者達であった。

 四十分弱の時間、アルベール・フォンクは上昇、下降、旋回を繰り返し性能を確かめたが、昨日の課題はクリアしていた。ちょうど、その確認を終えた頃、改修していない作戦用の四十八機も空に上がりきり、待機している状態となっていた。

 アルベール・フォンクは機体を左右に振って作戦開始の合図をする。すると、即座にアルベール・フォンクの機体を先頭に三十六機の第一中隊、その右後方にエドモン機を先頭にした三十六機の第三中隊が展開した。

 ノエルの第ニ中隊は、七十二機の作戦機後方を旋回しつつ見送ると、基地に帰還していったのである。


 高度は三千メートル、方角は、まず南西へ向かう。しかし、これは擬態である。それから本来の目的である東へ向い、最後に北上し、リムスブール方面へ。海と雲にまぎれてベーゼルの基地に近づければ重畳。そう考えながら、アルベール・フォンクは真紅の機体を駆る。


「これが戦争でなければ最高なんだがな……」

 およそ軍人とは思えないような事を考えながら、速度と時間と方位を見てすばやく位置を計算する。そろそろ北上する頃合だった。

 この日、幸運だった事は、海上に雲が多く、上手くそれに紛れ込めたために敵の索敵網にかからなかったことだ。結果として、何の妨害も無くベーゼル領内に侵攻出来たのである。


 ナントの基地を飛び立って約二時間強。アルベール・フォンクの計算どおり、リムスブール近くのベーゼル帝国軍基地を発見したフォンク空戦隊は、その光景をみて息を飲んだ。

 眼下の空港には、確かに二百機を超えるであろう数の戦闘機。近くの陸軍基地には、装甲車が百両近く……。

 「これで正面から攻められたらたまったものではない」と、おそらく、フォンク空戦隊の全員が思ったであろう。幸い、基地の直上に航空機の姿はない。もしも眼下にある航空機の他に、空にある航空機があるならば、索敵の為に各方面に散っているものであろう。しかし、今はその存在を気にしている場合ではないのだ。

 アルベール・フォンクは、高度を一気に下げて爆撃の体制に入る。

 爆撃と言っても、これは彼にとっても人類史にとっても初めてのことである。だからそれは、高度を三百メートル程まで一気に下げ、そこから戦闘機をめがけて手榴弾を投擲して着弾までに上昇するという、ただ、それだけのことでもあった。

 そもそも、見た限りでも飛行場一帯は、ベーゼル帝国の戦闘機で埋め尽くされているのだ。仮に外したとしても大きくは外れない。実際、アルベール・フォンクの初撃は、見事にベーゼル帝国の三枚羽一機を撃破した。

 それに習い、エドモン機も同様の事を繰り返す。

 さすがにエドモンも飲み込みが早く、同じく一機を撃破していた。

 フォンク空戦隊で数えて六機目がその行為を繰り返した時、基地からけたたましい警報が鳴り響き、地上にいる人々が武器を手に取り始めた。

「さすがに対応は早いか」

 アルベール・フォンクは舌打ちをしつつも、すでにニ撃目に入っていた。だが今度は、下げる高度を五百メートル程度までにして投下する。地上からの対空射撃が始まった為だ。

「まだいけるな」 

 部下達も五百メートル付近で投下を続けた。

 地上では三枚羽の戦闘機が爆発炎上し、それに付随するように存在していた地上車両も戦闘機の生み出す爆炎に飲み込まれ、黒煙を上げている。だが、それでも、勇気を持って地上から舞い上がろうとしている戦闘機も多い。当然である。戦闘機が地上で破壊されるなど、屈辱以外のなにものでもないのだ。

 だが、アルベール・フォンクは、舞い上がろうとする敵戦闘機をめがけて容赦なく手榴弾を落とし、機銃を掃射した。

「悪く思うなよ、一応、祖国愛ってやつが俺にもあるんでな……潔く負けてやるわけにもいかん!」

 圧倒的に有利な立場から攻撃をする罪悪感を、アルベール・フォンクは『祖国愛』という名のオブラートに包んで飲み込んだ。それでも、一撃を与える事に苦味は増してゆく。

 立ち上る炎は基地の建物をはるかに超え、黒煙が雲にも届く程になった頃、西から見覚えのある機体が猛然と迫ってくる。

 数は、二十と少し。あまり多くないが、地上から上がってくる戦闘機も増えつつある。戦果も十分で、こちらの損害もまだ無い。

「潮時だ」

 アルベール・フォンクは、当初からの作戦計画通り、機首を西へ向けた。そんな隊長機の動作を見逃す者は、フォンク空戦隊にはいない。当然のように全員が機首を西に向け、帰還の途につく。

 その方向からは、フランツ・ブランドの漆黒の機体が迫っていたが、二十数機ならば、まだ問題にはならない、数ではこちらが圧倒的に勝るのだ。そして、昨日いた二人の撃墜王もいない、正面から一気に抜ければ良いだけだ。

 何よりも、最短距離でナントに帰還する方が得策なのだ。

 だが……アルベール・フォンクは「ぎり」と自らが奥歯をかみ締める音を聞いた。

 前方ではこちらの意図を正確に見抜いているであろうフランツ・ブランドが、上昇をかけている。

「この戦力差でも戦うつもりか!」

 アルベール・フォンクは激しく舌打ちした。だが、すぐに信号弾を撃ち、編隊に散開、戦闘開始の命令を出す。同時に、自身も一気に上昇をかける。

 押さえなければいけないのは、漆黒の機体を駆る、フランツ・ブランドのみであった。

 一撃して敵を怯ませ、部隊を一気に撤退させる。

 それが今選び得る最良の選択肢なのだ。

 __しかし、「やはり、とことんまでフランツ・ブランドと戦いたい」という思いは内在し、自らの表情が、それを雄弁に語っている事を、アルベール・フォンクが気付くことはなかったのである。

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