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スピリット ― 最強の魂は叙事詩を紡ぐ ―  作者: 顔が盗賊
第二章 救済の封印迷宮
21/27

21. 遮る手、思い出す手、射ち放つ手




「よもや――共に贈る事になるとは、の」


 赤々と光り、爛れ、流れ出る溶岩。

 赤熱する天井は高く、種々の溶岩口の開いた壁の高さは、ざっと三百メートルといった具合か。

 地面は無く、ただただ、赤い輝きを放つ粘度の高い液体が、この空間の下面を満たしてた。


 その灼熱の湯船につかり、眼前に生み出した魔法陣を見る“それ”は、さらに中心に映る景色を見る。

 迷宮の浅層に生み出した魔物の噴出口。人間達が“モンスターハウス”と呼ぶそれ。

 突如現れたその穴に、しかし臆さず、戦い、勝利した二人の男。

 その中でも、深くフードを被った方は、魔力量も所作も、申し分なく強者のものであった。


「何の因果か。――この者で最後にしようと、思っておったのだが……」


 “それ”は、試練を乗り越えた者に、ある贈り物をした。

 とはいえ、その試練は、長く、遠い、最終試験を受けるまでの、いわば第一段階に過ぎない。

 だから金品財宝は贈らず、代わりに――とある腕輪を贈ったのだった。


 その腕輪は、火系の魔法効果を高める効果を持つ。

 流石に『倍』とまではいかないが、二割は効果が高まるものだ。よって、人間の世界ではとても重宝される事は間違いない。

 ……そう、重宝され、それを贈られた者が“身に着ける”、それが最大で唯一の狙い。

 腕輪を着ける事で――迷宮内での、その者の動きを察知しやすくなる。それも、劇的に、といった具合にだ。


 ところが、与えた物をその者は中々身に着けようとはしない。

 それどころか、もう一方の宝箱からも同じく腕輪を見つけてしまい、疑問のままに迷宮を後にしてしまった。

 もしや、警戒心が強いのだろうか。しかし、迷宮で採れたものが総じて無害である事は、人間達も知っている筈だ。

 これまでも彼等人間の事を観察してきたが、装備を与えれば、いの一番に身に着けていた。

 誰一人、例外無く。


 だが、この者は何なのだろう。

 二つの腕輪を手に入れても、スライムから魔核が出てきても、喜びという感情を一切表に出していない。

 欲が無いのだろうか。否、それだけで片づけられるものではない。

 感情が死んでいるのだろうか。否、その者に感情がある事は確認している。


 肉体も精神も。

 垣間見えた――その魂も。


 間違いなく、強者のそれを持っている。何かに臆して躊躇う事など、どうあっても考えにくい。

 理由が、何か理由がある筈だ。

 こんなにも強いのに、弱者を演じ、それでいてちぐはぐな感じを表に出さない。その事にも深い理由がある筈だ。

 成り上がり特有のものとも違う。稀有で、奥深い理由が。


 どこかに……。どこかに……。


 そう考える内。“それ”は思考の端に違和感を覚える。

 何故、ここまでしてその者――矮小な人間の事が気になるのだろう。

 進路に背を向け、ひたすらに出口を目指すその者に、何を感じるというのだろう。


「やはり……お主も、何か思うのか?」


 “それ”は、この場にいない誰か、何かに、意思だけを飛ばす。

 すっかり応えてくれなくなった相手に、無駄だと分かって言う。


「だが……そうだ。そうだな。これで、最後にしよう」


 待った。待ちに待った。

 いくつもの文明が生まれ、斃れ。また生まれ、分裂して、重なり合って――。

 愚頓で愚かな生物共が地上で繰り広げる、壮大な茶番を見ながら――ずっと待った。

 だから、“それ”は――硬い鱗の顔で、せせら、と笑う。


 ――待つ事に、()いた。だから、“彼”が己の望むものでなかったら、その時は……


 終わりにしよう。

 この戦いを、引き分けのままに。それでも、守って来た者達を、最後まで守りきった事を誇りに思って。


 “それ”は魔法陣を閉じ、眼を瞑る。

 赤く輝く海に体を浸しながら、巨大な身体を小さく丸め、その時を待ちわびる。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




「どうしました? ヴォード(水戸)さん」


 翌日。赤い腕輪の効果を試すため、水戸の姿は都市の外……ではなく、その道中にある、とある店の前にあった。

 流石に一枚ガラスではないが、いくつかのガラスで構成されたショーウィンドウの中、水戸はそこにあるものを見る。

 傍からすれば、それは『商品に目が留まった人』というありきたりな風景にしか見えない。

 だが、水戸の見る風景は、そんなものとは全く違うものだった。


 ――視線はそこにあるのに、神経は全身を巡り、汗が猛烈に噴き出るのを感じる。

 それは、考えようとして、しかし眼を逸らしていたものだった。自分の人生の根幹にあって、それでいて――消失を恐れたものだった。

 世界を越えても尚、自分に宿っているか。それが分からなくて苦しい。だが、その真偽を確かめる事が怖くて、二の足を踏み続けている。そんな、もの。


「ヴォードさん?」


「ん、ぁ、ああ。すまない」


 既に街の中は何度か散策していて、付き添いなどは特に頼まなかったのだが、初めて都市の外に出るという事もあって、門番や検問に顔が効くストレイがコルバから同行を指示されたのだ。

 前回、迷宮に向かった時は馬車を使ったが、今日の目的地は街の外であり、人の密集具合が徐々に低くなる事から、検問で足止めを食らう馬車よりも、身分証の提示で済む徒歩で向かう事を選択。いつも通り、雑多で活気ある雰囲気の中を進みながら、二人は買い食いなどをしていたのだった。


 ところが。街の外まであと少しという所で、水戸の足が止まってしまった事にストレイは驚く。

 それもその筈。パントマイムのショーでもあるまいし。水戸は歩行の姿勢を保ったまま、あたかも時間が停止した様に体を硬直させたのだ。

 硬直、凍結、急停止、もしくはシャッターの切られた写真。そんな風に固まった水戸に、ストレイは再三に亘り、その訳を訊く。

 水戸は、実際名を呼ばれただけだったが、奇妙な行動をとっていた自分に、その意味を簡単に理解した。


「少し、気になるものがある。寄っていいか?」


 構いませんよ。そう言ったストレイに、水戸は足早に店へと入る。

 入店の鈴を鳴らした店。その看板には。


 ――弓と矢がクロスしたデザインが刻まれていた。




 店の中は周囲と比べて驚く程静かだった。

 それは客がいない、という意味ではなく、店の中にいる人間は皆口を閉じて、真剣に商品を見ていたからだ。

 相貌の良い者・悪い者、屈強な者、華奢な者。皆例外無く、陳列棚に並ぶ弓や装備品を見つめ、考えに耽っている。

 確かに、自分の命を預ける装備なのだから、その真剣さにも頷ける。


 そんな事を思いつつ、水戸はストレイを伴って店内を周る。

 様々なデザインの弓と矢が、ひしめくように並んでいる。しかしどれもが、職人が精魂込めて作った事がにじみ出る、そんな美と技が垣間見れた。

 しかも、全てが僅かな間隔を持って陳列されていて、見た目にも煩雑なイメージを抱かせない。

 本当に、細部まで気を遣っている。水戸は、この店を選んだのはまさに天命と、大いなる何かに感謝する思いだった。


「ヴォード……さん?」


 気付けば、またしても水戸の体は止まっていた様だ。

 水戸は、問題の無い旨をストレイに伝えると、今しがた見つめていた――弓を手に取る。


 ――そう、弓だ。

 前世において、水戸の名声を押し上げた、弓術の武装だ。

 アーチェリーとは違っても、幼少期より発現したその異能と言うべき力は、こと『的を狙う。当てる』点において、人智を凌駕した(みょう)を世界に示した。

 外そうとしても外れない。少しでも意識すれば、放った何物(なにもの)は狙ったものへ強引にまでも吸い込まれていく。

 これを、異能と言わずして何と言う。

 天か、世界か、何者かに与えられたであろう奇跡を、“力”と言わずして何と言う。


 ……だから、だからこそ。


(まだ……在るか? 俺の相棒)


 怖い。

 それが今も“残っているか”、今も尚“この身に存在しているか”、確かめるのが、怖い。

 自分のアイデンティティを形作った、まさしく半身と言うべき力。それは、はたして残っているのか……。


 水戸は、手に取った弓から視線を僅かに下げる。

 瞼で瞳を覆い、狭くなった視野の中で己の生涯を振り返る。

 あれは何だったのか。結局のところ分からない。ただ、自分がそれを使ってアスリート人生を謳歌したのは、紛れもない事実だ。

 無くなっていて欲しく無い。どうか、世界を越えた後もこの身に留まり、宿っていて欲しい。

 この世界に来て、自分は人間を凌駕した力を手に入れた。だが、それでも、自分の根幹を成したそれは、消えて良い理由にはならない。


「これを、買おう」


 ――確めなくては。

 在るにせよ、無いにせよ、確めなくては使えない。最早それは無い事に等しい。

 静かな店内で人知れず覚悟を見に宿す水戸は、弓と、その横にあった矢筒を二つ、ハーネスをとる。

 矢に至っても、これだ、というものに目が留まり、迷わずそれを手に加える。


 かくして、会計を済ませた水戸は、そのガラリと変わった雰囲気に戸惑うストレイを連れて、再び都市の外へ急いだ。




 ところが、だ。

 水戸とストレイ。二人が都市最後の検問を抜けた時、外から来る検問待ちの列は、半ば混乱の中にあった。

 「早く入れてくれっ」と急かす者。「殺す気かっ」と叫び訴える者。分厚い街壁を越え、直後に聞こえて来たのはその様な類の声ばかり。

 水戸は、言われずとも碌な状況ではない事を悟り、横のストレイに視線を送……ろうとしたが、直後、嫌でも状況を理解させる光景が、目に飛び込んで来た。


「ハゲワシ?」


 にしては……余りにも巨大。

 水戸の呟く先。その五十にもなる“群れ”は、遥か上空から虎視眈々と地上の人間達に狙いを定めていた。

 水戸の知識では、その類の鳥は屍肉を食すものだとされている。だが、人間離れした視力で視た彼等の視線と、今も怒号を放つ検問待ちの列を見れば、それが当てはまらないのは明らかだった。


「ヴォードさんっ、ここは一旦中へっ」


 水戸と共に上を見上げていたストレイが、都市内に戻る様に促す。

 二人は検問を通ったばかり。幸運にも係の人間が『検問を逆走しても良い』と同じく退避を促している。


「ヴォード、さん……?」


 ……ところが、水戸のとった行動は真逆。

 手を都市の中へ中へと送る仕草をしているのに、彼はどんどんと街壁から離れていく。

 呼び止める余裕は無かった。今も尚、数を増す巨大なハゲワシの群れに、とうとう検問待ちの列が瓦解し、人が、馬車が大挙して都市に中へと押し寄せる。

 出口も入口も関係無しに流れ込む人の波に、ストレイは抗えない。

 押しつぶす様な圧力に痛み訴える人。魔物の群れに恐慌する人。それら全てが洪水となって、ストレイを都市の中へと追いやるのだ。


「ヴォー、ドっ、さんっ!」


 まさに溺れる様。その絶え絶えの声で、激流に逆らう同僚の名を叫ぶ。

 確かに彼は強い。迷宮でも一騎当千の活躍を見せたと聞く。それに、ギルドでの試験も記憶に新しい。

 だが……これは、この魔物は、その比ではない。飛び道具を持ったところで人間は敵わない。

 それこそ、ランクAの“パーティー”を呼ばなくては、討伐どころか追い払うだけで精一杯。それは、この数年間何も変わっていない。


(でも、もしかしたら……)


 人の波に飲まれながら、ストレイは絶望の中に違ったものを見出す。

 正直、精々ランクDの自分には、高位ランクの冒険者を推し量るのは困難だ。

 だが、思ってしまう。“あの冒険者なら、大丈夫なのではないか?”と。もしかしたら、この事態も解決の糸口を見つけてしまうのではないか、と。


「閉門ーーっ!! 閉門ーーっ!! 閉門ーーっ!!」


 鐘が鳴らされ、遂に門が閉じる。最後尾の者がギリギリのところで門をくぐり、人間の世界と外界とが隔絶される。


 直後、彼等は来た。

 五年に一度この迷宮都市を脅かし、人々を恐怖に陥れる魔物。

 魔法に圧倒的な抵抗を持つ巨大ハゲワシ。通称――『雑食のオールドヴァルチャー』は、街の至近に到達する。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




 赤、青。はたまた白色。

 幾分遠くなったジャルドの街壁の上。そこから様々な魔法が次々と放たれる。同時に、それに負けじと、大きな弩弓が太い矢を絶え間なく上空へと射ち放つ。

 対空砲火。それはそんな言葉が似合う光景。

 だが、人間達の力を嘲笑う様に、巨大なハゲワシ達は悠々と空を舞う。

 弩弓の攻撃に運悪く当たった極少数はともかく、魔法が当たった個体にダメージは認められない。

 魔法に抵抗力でもあるのか。羽や胴体、頭に至るまで、命中した魔法はみるみるうちに消失している。抵抗というより、無効化という表現が適切かもしれない。

 それを証拠に、ハゲワシは頭を振る動作はするにせよ、それはまるでかかった砂を落とす様な、そんな仕草にさえ見えた。


 ――人間が圧倒的に不利な状況、光景。

 それを一瞥した水戸は、すぐさま集中を自分に戻すと、右の手に持った弓を前方に押し出し、構えた。


(もっと、覚悟を決めてやりたかったが……)


 そんな時間も余裕も無い。こちらだって、いつ狙われるか分からないのだ。

 じりじりと、人間の勢力圏を侵していくハゲワシの群れ。そのいくつかは、既に街壁の上に攻撃を開始している。

 (くちばし)から放つ魔法は赤一色。どうやら火魔法のそれは、壁上の防人達を次々に襲う。


(やるしか、ない)


 ミレアンナのところで鍛えた魔法、それを使うという選択肢もあった。だが、どう見ても無効化が発動させているハゲワシ達、そして、己の存在の露呈も考慮すると、それは忽ち立ち消えになる。

 魔法無効化の程度、彼等の高度。どう考えても隠遁魔法の許容を超える魔法が求められる状況だ。

 それを思う水戸。そして、最後にこうも思う。――知らない人間に対してリスクを負う義理はない、と。


 ともあれ、この弓を買ったのも『先延ばしにすると覚悟が鈍る』と思った、まさに突拍子もないもの。よって覚悟もなにも、この状況にあってその試しを躊躇う理由はない。

 本当に今更。こんな事なら、都市来て真っ先に武具屋に行き、さっさと確かめたら良かった、と愚かで臆病な自分に(かぶり)を振る。

 だからこの際、軽い覚悟は横に置き、代わりに気合を入れ直すのだ。


 水戸は早速左手で一本、矢筒から矢を弓に番える。

 アーチェリーとは違い、下から構える姿勢ではない。見様見真似以前に、記憶の中にある弓の構え方を模倣し、瞬間瞬間の試行錯誤の後、その凶器を構える。

 ……それでも、矢を射っていた時の感覚は、全くの無駄では無い様で――。

 弓を引き絞る動作や、それをフィードバックする感覚は、確かな射撃姿勢を彼に与える事になった。


「ふぅぅぅ……」


 ――かくして、整う。

 性急に性急を重ねた状況の中、嘘のような方法で一気に高めた水戸の技量が、水戸の人生を形作った異能が、ここで試される。

 浅く被ったフードの下。自ら振り上げる矢の先端を目で追い、目標を見定める。

 ハゲワシの動きは速い。それに、連続性も規則性もあったものではない。

 動く的など、狙うのは初めてだ。だが、あの異能さえ宿っていれば、それは“容易い”ものでしかない。

 狙えば、外しても当たる。そんな矛盾にも等しい行為をやってのける力をここで試す。

 

 水戸は、ふーっ、と肺の空気を全て追い出し、新鮮な空気を程良く吸い込むと、心肺と脳の同期に入る。

 身体の脈動、筋肉の張り、関節の動き――。その他、おおよそ人間が自覚しないであろう身体の情報を脳に叩き込み、射撃に最適な姿勢へと微調整を行う。

 そして、普段の呟きを弓に籠め――


(目標まで130メートル、正面寄り、やや強い風――)


 全てが整った事を宣言し――


(――整った)


 弓に蓄えた力を――解放した。


 同時。爆ぜる“爆音”と共に、水戸の周囲に波紋が広がる。

 同心円状に地面の砂を巻き上げる様は、紛れも無く己が起こした事を自覚させる。

 水戸は当然、不思議に思う。だが、今はそこを見ない。今見るべき、確かめるべきは“成否”だ。

 “見た事の無い速度”で飛んでいく矢は、雲さえ伴って――。


 途中、異音を放った。

 そう、あの音だ。外そうとした一撃を、外す事を許さなかった、紛れも無い“強制力の音”だ。

 それはなんと一度ではなく、乱雑に動く“的”に絶えず照準を合わせるために、(せわ)しない。

 よって、結果の時が来た。


 ――矢は突き立つ。ハゲワシの、首元に。

 ぐしゃりという音と共に、ひしゃげた首の魔物は地面へと加速を始めたのだった。


「っ、…………ははっ、そうか……」


 それを目の当たりにした水戸は直後……表情を消した。消して、自分の中だけで、感情を爆発させた。

 なにせ、表に出しでもしたら、顔の筋肉が壊れて取り返しがつかなくなるかもしれない。それ程の衝撃。衝動だったからだ。


(あった。あったんだなっ)


 ――残っていた。あの力は、命ではなく“魂”に刻まれていた。世界を越えても、消えてはいなかったのだ。

 それは誰から教わった訳では無い。それでも、はっきりと理解できる。

 深々と、己が存在の核に()り刻まれた“射撃の刻印”。それは、この世界にあっても健在だったのだ。


(っ……。次――)


 正直、感動の時間が欲しい、惜しい。だが次が、いくらでも控えているのだ。

 表情の表裏、そこで感情のコントラストをはっきりさせながら、水戸は次の矢を番える。

 狙う獲物は多い。早く減らさなければ、次は都市の市民が狙われてしまう。

 被害の拡大する街壁の上。当然その向こうには、水戸の見知った人達もいる。だから、獲物にも、そして……自分にも、容赦はしない。


(目標まで90メートル、正面寄り、やや強い風――――整った)


 放たれた矢。それは、次の目標に突き立つ。

 『乱雑に動く? それがどうした』と、必死に回避する魔物達を嘲笑う様に、再び彼等の喉元で不快な音を響かせる。

 次――、次――、次――と、水戸が射撃を宣言するのと数を同じくして、砂埃の地面に使用済みの的が舞い落ちる。


 ドンッッッ。

 放ったと同時、必ず爆音が鳴り響く。

 十二の矢を射ち、その(ことごと)くを命中させた水戸は、矢筒を切り替えながらそれの正体を考え始める。

 爆音を伴う射撃、それは尋常ではない。……が、答えはすぐに出た。

 それどころか、その確かな回答は一射目で既に水戸の中に形成を済ませていた。

 水戸は思い出す、『異能が効力を増した』という“解答”を。……否、もしかしたら、それは(減点)を付けられるかもしれない。そうとも思う。

 ――そう、前の世界では、“異能が発現し難かった”。その様に考えればいい。

 前世は“物理と科学の世界”。今は“剣と魔法の世界”。

 水戸がこの場所に来て、異能が力を十全に発現できる環境が整った。そう仮定すれば、鼻先から放たれた衝撃波も納得がいく。

 まぁ、決して安物の弓という訳ではない。だが、誰もがそれ程強く弦を引けるのであれば、または、そんな弓を持っているのであれば、とっくにハゲワシは討伐されている筈だ。

 そう、名も無き弓に“爆風を生む程の力”を溜め込み、放たれた矢は大型弩弓の攻撃をも凌駕する。そんな事を現実にする者など、ことこの都市(ジャルド)に至っては水戸をおいて他にいないのだ。


(次――)


 十三本目の矢を放つ。宣言は考えなくても滑らかに口をつく。

 相変わらず爆音を響かせ、それに応える様にして豪速の矢が次の的を確実に捉える。

 現在、水戸の周囲は死体が十九。

 そう、十九なのだ。つまり、その内六体は一本の矢で二体同時に射られた片割れになる。

 貫通するのではなく、突き立つ筈の攻撃でそれを成し遂げるには、二体の喉元が至近で交差するか、ぶつかる程近くを飛行する仲睦まじいペアを無慈悲に狙う他ない。

 とどのつまり、難しい事を全て抜きすれば、“超絶技巧”その言葉に尽きるのだ。


(――ラスト)


 二十四本目。その矢が今、放たれた。

 ぐんぐんと高度を増したそれは、最後は軌道修正さえせず、ハゲワシの喉元に突き立つ。

 それは、精確に動きを読み、真っすぐと放たれた矢だからこそ成し遂げられる妙だった。


 最終的に斃した数は三十六体。放った矢の実に半数は二体同時に斃した計算になる。

 矢筒は物悲しく、何も残ってはいない。だが、水戸の奮闘は功を奏し、五十いたハゲワシは既に三体を残すだけとなった。

 今は遠い街壁の上。被害は大きいものの、防人達も戦果を挙げていた様だ。

 とはいえ、被害が大きいという事は、攻撃力は各段に落ちている訳で、散発的に放たれる弩弓の矢も、最早、彼等を威嚇する手段にすらなっていない。

 水戸の遠距離攻撃も残弾ゼロ。そろそろ、魔法を使用しなければならない可能性に、彼は頭を悩ませるのだ。


(戦術的には、全滅ではなく“壊滅”だ。んぅ、いい加減帰ってくれないか)


 半数が斃れれば全滅と同義。どこかで聞いた事がある様な無い様なそれを、水戸は呟きながら“お帰り”を促す。

 まぁ、それが通じない事は、今も尚攻撃を続ける彼等を見ても明白。水戸は、そこまでこの都市にご執心か、と頭を横に振った。


 それに運の悪い事。ハゲワシが減った事で街から防衛隊がいくらか出張って来ている様だ。装備がまちまちな事から、軍隊ではなく冒険者の集団らしい。

 つまり、増々もって魔法が使い難くなった。

 こんな世界だ。千里眼的な能力や探知系の魔法使い(?)は必ず存在するだろう。それは、魔法に鋭敏な感覚を持つ自分が証明してしまっている事でもあるのだ。


 ……だが、ここへきて状況が激変する。

 都市を守った水戸に、運命の女神がご褒美的に微笑んだのか、残った三体のハゲワシが急激に狙いを変え――水戸目がけて攻撃を仕掛けてきた。


(御冗談っ!)


 運命を司るとはいえ、それは幸運の女神ではないのだろう。

 水戸は、存在すら曖昧な誰かに文句を言いつつ、彼等の魔法攻撃を回避。当世具足は使えず、今はステルス状態を維持するので手一杯だ。


 爆発音をたて、砂埃と共に生ずるクレーター。それは水戸の通った場所に順々と空けられていく。

 そう、明らかに狙って来ている。やはり、殺された仲間の復讐だろうか。


 そんな事を考えながらも、水戸は焦りを感じ始める。

 既に、都市を出た冒険者達が近い。今でさえ戦い難いのに、それどころか姿を見られるリスクさえ増す。

 どうすればいい。如何様にしてこの状況を打開する、と水戸は考える。

 上空のハゲワシを全滅させ、尚且つ正体が露呈しない。そんな方法は――。


 ……ところが、運命の女神はもう一度微笑む様だ。

 ハゲワシ達が急激に高度を下げる。同時に(くちばし)の先端は、水戸へと向けられてた。

 どうみても突撃の姿勢。三体別々の方向からの急降下は、水戸に逃げ場を与えない。だが……こと水戸に限っては、途轍もなく都合が良かった。

 なにせ、魔法ではなく“肉弾戦”でお相手できるのだから。

 やっと、良い意味で微笑んだか、と水戸は感謝を吐き捨てる様に呟き、全身で構えをとる。そう、迎え撃つのだ。唯一の強みである翼を捨て、まさに捨て身で突撃してくるハゲワシを。

 水戸は、呟く。


(ようこそ――)


 三体の攻撃は同時。嘴の先端が、水戸に到達する。


(そして――さよならっ!!)


 直後、雌雄は決した。一瞬の出来事だった。

 水戸に向かっていた三つの運動エネルギーは、突如、横から殴りつけられる事によって、著しく方向を変えた。

 それは、嘴を粉々に打ち砕く熱量を持っていて、文字通り彼等の象徴は破壊。それどころか、根元、顔、首、身体――と、伝搬する破壊の波が、彼等の血肉をない混ぜにした。


 爆風、それに混じる赤々としたモノ。全ては爆音とともに花開き、緑の大地に霧となって降り注ぐ。

 だが、それは冒険者達が到着する頃の話。すなわち、既に姿を消した水戸が、まだそこにいた頃。

……その“命”の霧は空中を、翼も無しに漂っていたのだった。





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