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スピリット ― 最強の魂は叙事詩を紡ぐ ―  作者: 顔が盗賊
第一章 魂の一歩
13/27

13. 降って湧いた食い扶持




 森の外縁より、あっさりと監視塔の群生を抜けた水戸とシルヴィアは、そのまま街道を帝都から反対の方向に走った。

 当然だ。好き好んで帝都に行く筈が無い。あそこは敵地なのだ。


 水戸の力ではシルヴィアの事など重さとも感じず、そのシルヴィアに至っても、街道に出てからは背中から這い出て水戸の肩に乗り、然も当たり前の様にバランスをとって佇んでいた。

 そんな、鷹匠(たかじょう)さえも驚く光景を保ちながら、水戸は街道を進む。

 ところが、それは数キロを数えた頃。ある出来事に遭遇する事になった。

 正確には、『その出来事を遠目で観察した』なのだが、同じ一本の街道を進む事も相まって、水戸はそれを無視する事が出来なかった。

 そしてそれは、――逃げる馬車と、それを追うあからさまに悪役な黒衣の騎馬隊、という光景だった。


 驚く事に、水戸がどうするか悩んでいると、先制とばかりに馬車の方から一人の男が飛び出してきた。

 その男は騎馬の一つを乗っ取ると、それから周囲の敵との戦闘を開始した。

 しかし、その戦闘は長くは続かず、男の馬が減速して置いて行かれる、という哀しい幕切れとなったのだ。

 まぁ恐ろしくも、水戸は吹き矢が放たれたところまで視認していたが。


 ともあれ、水戸はここで選択を迫られた。簡単な事だ。関るか、無視するか。

 だが、水戸はこうも思った。――ここで恩を売ってみても、いいのではないか、と。誰かを助けて、その対価として生活の基盤を確立するまで養ってもらう。よくある話だ。

 よくある話で、重要な新生活の“開始手段”だ。


 よって答えは、『関わる』だった。

 それを決めた水戸はすかさず速度を上げた。もうすぐ悪役共が馬車に追いついてしまう。

 街道から少し外れ、草原を爆発的に増した速度で駆けていった。そして、そこからは簡単なこと。

 善人役の男をとっくに追い抜いた水戸は、街道に戻って、悪役連中を一人一人引き摺り下ろしたのだった。

 だが悲しきかな、未だ人を殺める覚悟ができていない水戸は、努めて丁寧に――それでも速度はあるため無数の切り傷、擦り傷を負わせながら――悪役を地面に到達させると、手を放した直後に首筋へと強烈な手刀を叩きこんでいった。

 それは水戸をして、おおよそ人間の動きではな無かったが、他に良い考えも浮かばず、悪役全てが片付くまで繰り返した。

 そして、馬車が至近になった頃、最後の一人を気絶させてパージ。水戸の一方的な闘いはあっさりと終結したのだった。

 とは言え……背後から音も無く迫り、一人一人街道の闇に葬っていく(さま)は、もし彼等が振り向く程にプロ意識が無ければ、途轍もなく恐ろしい光景に見えていたに違いない。


 それから、すっかり疲労困憊の馬車馬が減速を始めたのを見計らって、水戸は努めて衝撃を出さず馬車の御者席に飛び乗った。

 見様見真似で棒付きの手綱を引き、見事、二頭の馬を止める事に成功したのである。

 あとは中にいる人間にご挨拶を申し上げるだけ。しかし、ここでどう名乗ったらいいか分からず、思慮していたところを背後の小窓からコルバの先制とも言うべきお礼混じりの挨拶に遭い、馬車へ乗車。

 今に至るのであった。




 水戸は自分のしてきた事をさらっと思い出すと、今しがた自己紹介が終わった場に意識を戻した。

 ここは、もう帝都から随分離れた場所。

 そう。あの盗賊達は、水戸の技術により昏倒させられただけであり、一人として(とど)めを刺されていない。

 だからこそ、一度馬車を移動させ、改めて対談の機会を持ったのだった。


 さて、自己紹介と言っても、今目の前にいる男――コルバは無駄な詮索はしないと公言していて、水戸もそれに甘え、何一つと言っていい程詳しい話をしていない。名前すらもだ。

 ただ、『自分は魔術が得意で、とある変わり者の師に師事していて、今は数年の自己鍛錬の旅に出されている』そして、『偶然、馬車が襲われているのを見た』という即興でありきたりな設定を話しただけだった。

 それをコルバ以下ここにいる人間がどう思ったから分からないが、コルバに至っては“そういった理解”があるらしく、それ以上何も訊いてこなかったのだ。


 ところで、そのコルバはというと、最近帝都に旗を揚げた商会の会長だそうだ。

 それを聞いた際水戸は、帝国民だから、という理由で怒りが湧く事もなく(確定もしていないが)、冷静を保てていた。フードの中で吐いた安堵の息は、恐らくシルヴィアにしか聞かれていない。

 彼の特徴として、鼻の下に立派な髭を蓄え、決して太っているとは言えないが、堂々たる恰幅を持っている。柔和な笑みは万人受けしそうで、商会長というよりは商人という方が自然に思えた。恐らく、叩き上げの類なのだろう。


 さて、コルバの経営する商会というのは、魔道具を自社(商会)で生産し、それを販売する事を生業としているという。その原料や素材というのも、魔物のいる森や自然、そして“迷宮”から商会所属の戦士や依頼した冒険者に収集させるらしい。

 水戸はその話を聞いた時、とんでもなくロマンの心が揺すぶられたが、今は生活の安定が最優先と自らを抑制した。何故なら、水戸の知らない魔法やトラップ、迷宮での常識など、学ぶべき事は山とある事は間違いない。

 ミレーナの教育を信用していない訳ではないが、あれはあれで“辺境”の人だ。

 分かり合ったとはいえ、終ぞ彼女の正体に触れる事も出来ず、あの知識がどこから来て、どこまでが現代社会で役に立つのかは未知数だ。


 ちなみに、娘を挟んで隣に座るのは妻のミルデ。亜麻色の髪が似合うふんわり系の美人だ。美人というのは何を着ても似合うもの。そう思うのは、水戸がこの世界に来て二人目になる。

 彼等の間に座るのは娘のリーゼ。金髪を短く縦ロールにした、まるで貴族のご令嬢だ。

 可愛らしいが、将来、お転婆で且つ不遜な雰囲気を纏う事請け合いな、お嬢様系の香りを今から僅かに漂わせている。

 ――第一印象として、両隣の夫婦と似ているところが……全くと言って程“無い”事には、目を瞑っておく事にした。


(義娘……かな……?)


 ここまで考えた水戸は、まずは今の話を決してしまおうと、意識を前に向ける。

 コルバは、それを待っていた様なタイミングで言った。


「ところで、……黒衣の御方、でよろしいですかな?」


 たった今倒してきた奴らの名――水戸命名――と似た名称で呼ばれるのは大いに違和感があった。

 だが、名前を名乗らない上に、仮名すら決めていない水戸には何も言えず、ただ頷きを返すだけになってしまった。


「では黒衣の御方。早速ですが、今回の報酬の話を」


 待ちに待った。……と言えば聞こえはいいが、場当たり的に倒した事に加え、そもそも報酬の相場など分からない。よって話の冒頭から躓いてしまう予感が半端では無かった。

 だが、そこは話のプロ、コルバ。


「とはいえ、こういった経験が無いとも思われます。僭越ながら、いくつか選択肢をご提案させて頂いても?」


「ああ、頼む」


 流石は商会長と言うべきか、それとも商人として当たり前か、即興設定の一つである『変わり者の師に師事』と『自己鍛錬の旅に出されている』から水戸がこういった金銭的知識を持っていなかった、という前提で話が始まった。

 具体的に水戸に提示された選択肢は三つだ。


『二百万カッシュの即金と、魔道具の無期限貸与権』

『ひと月十万五千カッシュの報酬を二十ヵ月と、魔道具の無期限貸与権』

『商会での高級ポスト(地位)(護衛班)』


 これを聞いた時、水戸が初めに思った事は――。


(多かれ少なかれ……縛り付ける気満々だな、おい)


 魔道具の貸与権なる代物にしても、月給式の報酬にしても、そして、商会で雇われるにしても。――この際、金額の事は置いておく。

 期間に違いはあるが、とりあえず水戸を腕の中に留めておきたいという意思だけは、はっきりと感じられた。

 まぁ、彼等がどこまで見ていたかは知らないが、結果論として、今回の件で少なからず水戸の能力の高さは窺い知れてしまった。

 一方、水戸としても、むしろそちらが目当てのきらい(・・・)があり、金銭的に強い人間に養って貰うという事も目的の一つではあった。だが、まさかここまで渇望した様な、それでいて、わざと分かる様に報酬へその意図を隠すというレベルまで――今も目をギラギラさせながら――乞い求められるとは思っていなかった。

 そして、ひと際目立つ回りくどさも、要一点。もしかしたら、初めの“設定”が影響を及ぼしたのか。

 旅に出されているのだから固定職に就かせるのは拙い。そういう風に思われているのだろうか。もしくは、常識として直接的なスカウトは忌避されるのだろうか。真偽の程は定かでは無い。


 そこで水戸は、提案した直後からこちらを完全にロックオンするコルバに対して、下半分しか見えていない顔を横に向ける。

 そこには当然護衛の男。ストレイと呼ばれた、あの戦闘で初めに跳び出してきた勇気ある“御者剣士”がいた。


「な、なん、ですか」


 言葉を選んでいるのか。素がそういった話し方でもあるまい。

 水戸は、突然話を振られた格好になったストレイに、遂には言葉で言った。


「これは俺を、そちらに留めたい意思、と踏んでいいのか?」


「え、あ。そぉれは……」


 無論困るだろう。下手なことは言えない。

 なにしろ雇い主の前なのだ。水戸だって分かっている。

 しかしながら水戸は、彼を困らせる事が目的ではなく――たった今口を開いたコルバの、まさしくその行動を引出したかったのだ。


「っ――。これは、とんだ失礼を。命の恩人にも拘わらず」


「いや、いいんだ。かくいう俺も金策に苦慮していたところだ」


 金が無い、など自分に不利を明かさない方がいいのでは? と一瞬頭を過ったが、そもそもこちらに大きな借りがある事は変わらず、それ以上に、相手が交渉を緩め始めたのだから良しとする。

 こちら側に伸ばされた交渉の手を、さらに緩やかにするための水戸の曝け出し。結果として、それは功を奏し、コルバは雰囲気さえ変えて、交渉の色を一気に変化させた。


「申し訳ありません。どうも最近は“相手”との交渉や取引が続いていまして。友人や、ましてや恩人に対する交渉、もとい、お話は御無沙汰でして、はい」


 新進気鋭。それも国の首都で旗揚げした商会だ。――何を以って旗揚げかは未だ不明だが。

 前世でも、金融や大きな商いの世界は、魑魅魍魎が日々食い合いをしている情景が思い浮かんでいた。……言い換えれば、そのくらいにしか知識が無かった。

 この世界でもそれは変わらず、商売の関係先か取引先か、はたまた商売敵か、そういった人間との交渉、言い換えて“戦い”を絶えず行ってきたのだろう。

 水戸は、然もコルバの心の内が分かった様な顔で言う。


「まぁ、そういう事なんだろう。気にしていない。ただ、俺は交渉事とかが苦手、というかほとんど行った事がない。だから、なんだ、出来るだけ“判り易く”してくれないか?」


「成程……。分かりました。――恐らくは、交渉とは言えないものになると思いますが」


「問題ない」


 言葉の初め。その水戸の理解にコルバは何かを感じとった様だが、水戸は努めて気にしない事にした。相手はプロ。そういう事にして。

 コルバは続ける。


「それでは率直に。――貴方を私の商会で雇いたい。少しですが、戦いの手案を見せて頂いた事もありますので」


「……んーと。戦いを見て決めたのか?」


 早速だが、水戸はコルバの言葉に違和感を覚え、追及する。どの口が交渉が苦手と言うのだろうか。

 確かに馬車の中から視線は感じた。だが、あのひっ迫した状況の中、それも暗闇の街道で一人一人馬から引き摺り下ろす光景など、果たして見る事は可能なのだろうか。

 とは言え、盗賊の騎馬隊に追われていた事はストレイから聞いていただろうし、状況が落ち着いた後、馬車を止めたのが水戸だったのを鑑みれば、彼等を打ち倒した者が水戸であると考えなくもない。

 ただ、やはり気になった水戸は、特段疑念も無いが、一応そういった眼でコルバの方を見る。

 すると――。


「……これは、またしても失礼を……。本当に、はい」


 どうやら、水戸の疑いはそこまで的外れでもなかった様だ。

 いやはや、全く油断ならない。そう思いながらも水戸は目力を弱めて言う。


「いや、別にいい。ところで、他に理由があるとすれば。それはなんだ?」


「失礼。やはり、お気づきではなかった様で。――貴方の肩におります飛竜。それは、ここ数十年発見の報告が無い、ええと――」


 言い淀む。だが、そこは異世界人の水戸。いろいろと理解がある彼はコルバの言えない事を代弁する。


「――飼い慣らして成長すれば良い従魔、つまり商会の戦力になるし、そうでなくても、将来お高い“素材”になる飛竜、だと?」


 報告が無い、すなわち珍しい。

 ファンタジー的知識を植え付けられている水戸にとって、そこからの連想は簡単だった。

 水戸の言葉を聞き、コルバは息を吐く様に肯定する。

 それは当然、言い難かったからだろう。何度も交渉事に引きずり込んでしまうなど、コルバからすれば水戸に失礼な事をいくらか(おこな)ってしまった直後だ。

 加えて、コルバは水戸がシルヴィアに会った経緯など露ほども知らないが、それでも肩に乗る程の間柄だ。“素材”と呼んで物議を醸さない訳がない。

 ――しかしながら、水戸が“素材”を理解した時点で、「滅相もない」などと言うセリフが返ってきてもいいところ。だが、そんな事は無かった。

 もしや、主人と従魔の関係はそこまで計算される(冷徹な)のが自然なのだろうか。寿命が短いとも思えないが、『何かあった時には素材として活用出来る』と思うくらいには。

 人によっては従魔を家畜同然に視たり、捨て駒として扱う者もいるかもしれない。

 でもそれは、決して“悪”とは限らず、そういった運用を前提に戦術を組んでいる可能性も大いにある。――それも、大多数の人間が考えている可能性が。

 よって水戸は、前の世界の常識、とりわけ家族としてのペットという枠組みを、この世界では異質なものとして行動する事、それを真面目に考えるに至った。


 まぁ、それはともかく、水戸本人から言ってくれた事もそう、同時に、そこまで理解が進む程の思考を持っている事にも、コルバは安心したのかもしれない。

 水戸は、ただ申し訳無さそうにするコルバに向けて、それでいてシルヴィアに視線を合わせながら言う。


「そうか、お前はそんなに稀有な存在だったか」


 そこまで言っていないが、コルバから目立った否定もない。やはり、数十年の未発見というのは大きいか。

 水戸はそれを思うと同時、これから街や人口密集地に入る時は、なんとかして彼女の存在を隠す必要がある、と強く思った。

 そして、それを教えてくれる存在に予め出会えた事に、ファンタジー的常識に乗っ取った今回の救出劇が、初っ端から成果を挙げたと満足顔になった。


「つまり……なんだったか。俺がこの珍しい飛竜と一緒にいる事は、具体的にどういった意味を持つんだ?」


「その種を従えている事自体もそうですが、そちらの飛竜は成長すると大人を十人、完全武装の状態で乗せる事が出来る様になります」


 しかし、ここで小さな異変。シルヴィアの乗る肩からだ。


(……ん? ちょっと痛いんだが)


「それは荷物の運搬にしても大きな力を発揮し……、む、無論その分の給金上乗せはありますが、貴方の仰った通り、余りある力を商会に与えてくれる、と思いまして」


 異変はたちまち大きくなり――。


(あ゛~~。肩こり治りそう)


 シルヴィアの足。その掴む足先が肩のイイ所を突く。

 ともあれ面白い事に、その力の入れ具合が外観から分からない様に工夫されていて、水戸は彼女の意図を深く読み取る。

 ――もしや、馬車馬扱いを画策するコルバに憤慨しているが、人語を理解している事が知られない様に我慢しているのではないか。


 ところが疑問も残る。

 シルヴィアが人語の理解しているのは今までの行動からも分かっていたが、それならば何故、“素材”の話が出て来た時点で怒りを示さなかったのだろう。

 彼女の真意は分からない。もしや、素材の件は、水戸がそんな事をしないと自信があったのか、それとも、爪の一つ狙おうとするのならば、蹴散らす自信があったのか。

 それでいて、他人や荷物を載せる事“くらい”なら、水戸が了承してしまうのでは? と思ったのだろうか。

 確かに、『身を切り刻んで売る』のと『運搬役』では天と地の差だ。

 『重い事柄』と『軽い仕事』のギャップ。もしかしたら、それすらもコルバの無自覚な交渉術の一端なのかもしれず、水戸はシルヴィアの事を考えながら、三度(みたび)目の前の商人という生き物に辟易する。


(まぁ、飛竜にも、そういうプライドがあってもいいよな)


 結局のところシルヴィアが水戸の下に来た理由は分からない。

 ミレーナの寄こした監視役か、それとも倒した黒龍が水戸になら任せられるといって預けたか。

 それでも、初めから水戸に懐いている事は明らかで、彼女の愛らしさは水戸だから分かると、自信を持って言える。

 そう、今だって感じるからだ。興味津々な目をするコルバさえ、その奥底に恐怖を抱え、それ以外の者には明確に感じてしまう、恐怖を。

 この世界で竜とはどんな存在かは知らないが、それでも彼等を見ればその一端を知る事ができるのだ。


「如何されました?」


「いや。ああ、そうだな。訊くが、竜って怖いのか?」


 コルバの言葉で世界に戻された水戸は、最後に思った事をありのまま訊く。

 長いこと蚊帳の外にされていたコルバの妻ミルデ、幼い娘リーゼ、そして御者剣士のストレイ。彼等にもスポットを当てる様に、水戸はコルバだけではなく車内全体を見渡して言った。

 初めに答えたのは妻、それから娘、ストレイと続いた。


「え、ええ。竜といえば力の象徴。太古より災いをもたらしてきた、と聞いております」


 またしても、水戸のあって無い様な肩こりが解消され始める。


「絵本では、怖い、よ?」


 しかし、子供に罪は無いと言いたいのか、掴む力が幾分か弱くなる


「奴らはまさに傍若無人。人里を襲う事もあり、私も討伐に駆り出された事があります」


 ……その安心も束の間。水戸は肩の圧迫を強く感じる。

 そこで外見で気づかれかねないとの判断から、筋肉に莫大な力を入れて内側から肩の形を保った。

 しかしそれは、最早コミュニケーションに近く、水戸に伝わった痛みが、筋力の生み出す内圧として返ってくると、シルヴィアも徐々に掴む力を弱めていった。

 彼女だって測っているのだろう。どれだけの力を掛ければ、水戸が本当に不快と思う水準に達するか。

 それでもシルヴィアの怒りが本物である事は真実で、あとでゆっくりと話を聞いてやろう、と誤魔化す様に彼女を撫でる。――竜語とか、在るだろうか。

 水戸は、一通り彼等の言い分を聞くと、一応の納得はついたという顔をして、話を続ける。

 この間コルバは何も言わなかった。


「ありがとう。変な事を訊いたな。さて、話を戻したいが、いいか?」


「ええ。もう一度言いますが、私は貴方を我が商会に迎え入れたい」


 再び勧誘の言葉。

 今までの経緯もあってか、表現すら軟らかなものになったコルバの要望。願望にも似ている。

 水戸は、それを改めて聞いた直後こそ考える様な素振りをするが、この救出劇を起こした動機の通り初めから答えなど決まっていたのだった。


「こちらこそ、願ってもない。よろしくお願いする」


「おお!! ありがとうございます。細かい話は今後詰めていくとしましょう」


 両者、固く握手。

 そこまで嬉しいか、と水戸は眉を上げ少し困った表情をつくるが、深いフードの中という事もあり、それは誰にも見られていないだろう。

 かくして水戸は、食い扶持を確保するに至った。

 自分の事も、シルヴィアの事も、そして――今も断続的に水戸へと囁かれる、


『――討て。――救え』


 これを考えるための生活基盤、その道筋がついた。


 その後は些末な雑談も程々に、一行は本来の目的地に向かう。

 コルバの商会が扱う“魔道具”の原料調達、そして生産の拠点である――迷宮都市<ジャルド>へ。





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