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軍師皇妃は陛下の元へ行く

「訓練場?」

「はい。ほら、俺らが貴女の案内で抜けるので代わりに指揮を取るとかおっしゃってですね」

「そうか」


いやぁ凄いな、と藜舜ライサオは思う。

仮にも将軍の前で、よくもこう皇帝に殺気を向けれるものだ。

その愚かとも言える大胆さに、寧ろ感嘆すらしてしまう。


それは会話したことにより、お互いに幾らか信頼が生まれた結果と取っても良かった。

藜舜ライサオ玲瓏リーロン翔呀ユゥグに歯向かわないと確信していたし、梨由リユンとて、本気でそうでは無いと藜舜ライサオには分かるだろうと感じていた。


ただ、軍師たるもの常に冷静にあれという仮面が外れた為に、梨由リユンの生来の負けず嫌いの気質が前面に押し出されているのだった。


そうやって殺気を(くゆ)らせていた梨由リユンだったが、いざ訓練場に来ると、さっと雰囲気が玲瓏リーロンに近いものになった。


蘭杳国は、徴兵制であった燕青国とは違い、募兵制、つまり自ら兵に志願するものを集める形式だ。

よって兵士というのは公職であり国職である。

給金は勿論のこと、兵舎に住めば食事や住居も保証されるのだ。

それらの金は国費である為、けして広き門ではないと聞くが、だからこそ、


——兵の質が良い。


そう梨由リユンが思わずにはいられない程、それは理想的な軍隊に近かった。

そもそも戦ってきた身からすれば、その強さは痛い程に知っている。


燕青国において、徴兵制によって集められた烏合の衆をまとめるために、玲瓏リーロンは指揮系統を徹底した。

号令を細やかに決め、各々の立場を明確にし、軍規を定めて軍列を整えた。


燕青国は元々、防衛戦を主とする国家だった。

だから本来のところ、追い払うことが目的であって、勝つ必要は寧ろ無い。

にも関わらず、蘭杳国との戦で全て勝ってきたのは、軍があまりに強すぎたせいだった。


勝たなければ侵略される(まける)


それが玲瓏リーロンの感じた、蘭杳国軍の印象だった。

追い払うなどという、ぬるいことができそうもないくらいに玲瓏リーロンには余裕がなかった。

勝つ以外に方法がなかったのだ。


だが(いず)れにせよ、味方となればこれ程心強いものもない。

梨由リユンは口がにやけるのを感じた。


——あとは、どうやって玲瓏わたしが信頼を得るかだな……。


と、笑みながら訓練の様子を見ていた梨由リユンだったが、


「おお、梨由リユンよ。何故ここへ?」


という翔呀ユゥグの言葉にさっと笑みが凍りついた。

いつの間にか翔呀ユゥグは、梨由リユンらが観覧していた欄干の側まで来ていた。


すっかり梨由リユンは忘れてしまっていたが、本来の目的は翔呀ユゥグに文句を言うことだったはずだ。


ようやく思い出した様子で動転する梨由リユンに、吹き出しそうになる口を藜舜ライサオが後ろで慌てて抑えた。


「待っていろ、梨由リユン。今そちらに行く」


来るな!


と人の目がなければそう叫んだろうが、そうもいかずに、梨由リユンは曖昧に微笑んだ。

……もっとも、口の端がピクピクと引きつっていたが。


「じゃあ、俺らはこれで失礼しますよ」

「え、おい」

「……」


藜舜ライサオ瑶絽ヨウルが一礼して、翔呀ユゥグと入れ違いに去って行く。

手を伸ばしかけて、しかしみっともないと慌てて引っ込めた。


「どうした? 何故ここに来た」

「……よくも」


と口を開くも、視線に気がついてさっと顔を伏せた。

それから“夫に会いたくて思わず来てしまった”顔を繕う。

そしてそんな愛情に満ちた顔のまま、


「よくも秘密をベラベラと話し回ってくれたな」


それはもう低い声で言った。

翔呀ユゥグもまた、気を抜けば笑ってしまいそうな顔に優しげな表情を貼り付けて、


「誰に話すかは俺の勝手だろうが」


と不遜に言い放つ。

はたから見れば愛を囁きあっているようにさえ見えるが、実際は、


「その上、この軍師をよくも騙してくれたな」

「騙される方が悪い」

「これで勝ったと思うなよ。夜には覚悟しておけ」

「こちらの台詞だ」


と寧ろ喧嘩していた。

この間、二人とも表情を崩さない。


最後に、梨由リユンが名残惜しげな表情を作り、


「こてんぱんに負かしてやる」


と言い捨てて去って行った。

翔呀ユゥグが笑いをこらえるのが大変であったのは言うまでも無い。



そしてもう一方でも笑いを堪えている男がいた。

藜舜ライサオである。


訓練場に降りていくや否や、皇妃はどんな人なのか、どんな話をしたのかと藜舜ライサオは質問責めにあった。

話さないものだから、瑶絽ヨウルには誰も寄ってはいかなかったが、ポツンとした瑶絽ヨウルが悲しそうに見えるのは勘違いではない。


兎は寂しいと何とやら。

楼狼ロン・ルー”と呼ばれた彼だが、今やこっそり“楼兎ロン・シャ”呼ぶものもいるとかいないとか。


……そんな余談は置いておくとして。

藜舜ライサオは、本当のことを言うわけにもいかず、


「他国に来られたというのに気丈に振舞われていて(2割嘘)、陛下への信頼も愛情も深い(5割嘘)お淑やかなお方だったよ(10割嘘)」


と何とか誤魔化してみた。

そうなるとまた「おお!」と歓声が上がって、本人とは全く違う像が作られていくは、二人の姿を見ては仲睦まじいと感嘆されるは、可笑しくてたまらない。


藜舜ライサオは読唇術を会得しており、よく見れば何を言っているか分かるものだから、一層面白いのだ。


それにしても、と藜舜ライサオは思う。


——夜には覚悟しておけ、だなんて……皇妃様も陛下も大胆だなぁ。


本人たちが聞いたら、「軍戯の話だっ!」と叫ぶだろう勘違いをしているのだった。


10月1日、一部追加。

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