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軍師皇妃は策を弄する 後編

——強気で、不遜な女だと思っていた。

そんな女が今……自分の隣で泣いている。


「陛下、(わたし)はもう、耐えられませぬ……!」


と、梨由リユンはその瞳からポロポロと涙をこぼしていた。

その姿は翔呀ユゥグの抱いていた印象から程遠く、あまりの驚きに、


何にだ!? そもそも何故泣く? 一体どういうつもりだ!?


と問おうとした言葉も、


「なっ、そっ、いっ!?」


としか出ていない。

梨由リユンは泣きながら、然し確かな声で、


「妾が悪うございました……! 妾が、安易な策などを提案したばかりに!」

「っ!?」


自ら策という言葉を出したことに、翔呀ユゥグはいっそう驚いた。

それを知ってか知らずか、梨由リユンは続ける。


「妾に冷たく接してくださいなどと、申した妾が浅慮で在ったのですっ!」


自ら愚策だったと認める梨由リユンに、翔呀ユゥグは戸惑いを隠せなかった。

そして、幾ばくか、失望もしていた。

面白い女だと思った、それは間違いだったのか。

結局、この女も他の女と同じなのかと、そんなことも思った。


が。


「毎夜訪れる度に不器用にも優しい言葉を掛けてくださる、そして日中の態度で傷つきはしていないかと気遣ってくださる貴方様に、胸が痛んで痛んで……!」


ん?

と思わず首を傾げたくなるくらい、身に覚えのない言葉が梨由リユンから飛び出した。

優しい言葉をかけるどころか、此方が厳しい言葉を投げかけられた覚えしかない。


「あの日……妾が初めて此処に参った日も、弱さを見せてはいけないという思いと半ば自棄になっていたあまりに酷い言葉を吐いた妾を、貴方様はお許しくださいました。

それだけでなく、『面白い』などとおっしゃって、妾を受け入れてくださった……!

夜には、『警戒することはない』、『此の国はお前を歓迎する』と、そうおっしゃって……」


梨由リユンがそう言って袖で顔を覆えば、宮女の何人かが「そんなことが……」と頬を薄っすらと染める。


騙されている。皆々、騙されているぞ。

そんな風に忠告したくなるくらい、現実に反した話だ。


恐らく全て気付いたのだろう清豹シンフェオは、真面目な顔を繕ってこそいたが、肩が微妙に震えていた。

笑いを堪えているのだ。


「されど……(いえ)、だからこそ貴方様の部下の方々と不和を生じさせたくなかったのです。妾に優しくすることで、貴方様の悪評が立って欲しくなかった……!

妾が冷たく扱われれば、きっとその悪評もなくなろうと、そう思ったのです」


梨由リユン翔呀ユゥグの服を掴んで、訴える様に声を上げた。

表情もそれはもう、皇帝を想う皇妃そのものだが、袖に顔が隠れた一瞬、翔呀ユゥグにだけ見える様にニヤリと笑ってみせた。


翔呀ユゥグもこれで確信した。

これが、玲瓏リーロンの言っていた余興なのだ。

皇帝の側近と近衛、そして上級宮女を全てを欺く策、これが。


すぐさま梨由リユンはまた表情を戻して、


(しか)し間違っておりました。妾の思い付きは寧ろ、貴方様の苦痛を増させてしまった……!

貴方様は、部下の方々を信じておられた!

妾の態度一つを受け入れたことで、離れていく様なことは無いと分かっておられた!

なのに妾がそれを分からぬから……!」


と涙を更に流してみせる。


側近や近衛が、陛下……! と感動したような視線を翔呀ユゥグに向ける。


——確かに余興だ、いや、寧ろ茶番だ。


翔呀ユゥグは笑いそうになる口を隠す為に、梨由リユンを抱き寄せた。


「まぁ……!」


彼方此方(あちこち)から感嘆のため息が漏れたが、実際は甘さなど微塵も無い。


面白くなった翔呀ユゥグは、優しい声を意識して、言葉を紡ぐ。


「そうだ、余はお前に分かってもらいたかったのだ。この国の民は皆、きっとお前を受け入れるだろうと言うことを。何の策なくともな」

「ええ、ええ……」


そのまま梨由リユンは体をより翔呀ユゥグに近づけ、顔を肩の上に乗せてボソリと囁く。


「なかなかに演技が上手いな」


声の高さからして、鳥のさえずりと銅鑼の音程に違う。

どこから声を出したらこうなるのだろうか。


「お前には言われたく無いぞ」

「くくっ、確かにな……陛下、今から言う台詞を言ってくれ。——、——」


言い終わると梨由リユンは自然に離れて、それから翔呀ユゥグの瞳をじっと見つめた。

涙の溢れた瞳は確かに美しく、翔呀ユゥグは少しどきりとする。


言葉に一瞬詰まれば、梨由リユンは促すようにキュッと衣服が握った。

慌てて口を開き、教えられた通りの言葉を言う。


梨由リユンよ……お前が真にすべきことは、もう、分かるな?」

「……ええ」


その“真にすべきこと”とやらは、翔呀ユゥグは分からない。

然し翔呀ユゥグの言葉に、梨由リユンはゆっくりと体を離して椅子より降りた。


そして、頭を下げた。

皇女としては異例の、最敬礼だった。


一気にざわめきが広まる。


それはそうだろう、皇女はその父である皇帝にさえ敬礼程なのに、まさか最敬礼をされるとは思いもすまい。


惚けていた宮女たちだが、慌てて止める。


「お、おやめくださいませ皇妃様!」

「いえ、やめませぬ」


梨由リユンは涙に(まみ)れながらも、しっかりとその手を退けた。


動揺、困惑、当惑。

そのような感情で顔を一杯に満たした者たちに、当の本人は顔を伏せて笑っているに違い無い。



その動揺こそ、軍師玲瓏(リーロン)の付け入る隙なのだから。



「陛下に対する無礼と、貴方がたの心証をいたく損ねたことを深くお詫び申し上げます。陛下の信頼する貴方がたを、妾も信じとうございます」


ポツリ、ポツリと涙が床に落ちるのが、近くの者には見えたことだろう。

翔呀ユゥグ自身、ふとすれば騙されてしまいそうな程だ。


「どうか、どうか妾を、受け入れてはくれませぬか……?」


悲痛そうな声。

重苦しい沈黙を破ったのは拍手の音だ。


清豹シンフェオ……」


音の主は、名前を呼ばれて軽く翔呀ユゥグに目配せした。


音は次第に広がって、喝采になる。

宮女の中には、涙のあまりに袖で顔を覆いながら拍手する者までいた。


「嗚呼、有難うございます……!」


梨由リユンは顔を上げて、泣きながらも微笑んでみせた。

とても演技には見えない、皆が思い描く優しき皇妃そのものだ。


よくもまぁこうも偽れるものだ、と内心感嘆しながら、翔呀ユゥグ梨由リユンの手を引いた。


「座れ、梨由リユンよ」

「……っはい」


隣に腰降ろさせて、その肩を抱く。


「皆の者」


もたれかかってくる梨由リユンに微笑みかけてから、翔呀ユゥグは口を開いた。


「少々遅くなってしまったが……朝餉にすることにしよう」


はたから見れば、それはとても理想的な皇帝と皇妃の姿に見えたことだろう。






実際は、


「くっははは! 見たか、あの時の宮女らの顔を! 壮大な恋愛戯曲でも見た後かのような顔をしておったぞ」

「騒々しいぞ、陛下よ。誰かに聞かれたらどうする」

「問題ない、貴人の部屋は壁を厚くしてあるからな。それにしても、くっくくっ、日中笑いを堪えるのがどれほど大変だったか、お前には分かるまい!」


と、こんなものだ。


腹を抱えんばかりに笑う翔呀ユゥグを、玲瓏リーロンが冷めた目で見る。

それに気付いた翔呀ユゥグはごほん、とひとつ咳払いして、笑いを堪えながら口を開いた。


「くくっ、ひ、一つ聞いても良いか」

「何だ?」


なんとか笑いを収める。


「何故、敢えて今日だったのだ?」

「……何故も敢えてもあるまい。今日が最善だったのだ」

「最善?」


玲瓏リーロンはそこで、悪戯を自慢する子供の様にニッと笑った。


此度こたびにおいて重要だったのは、陛下への不審の念だ」

「俺への不審か」

「そうだ。宮女らは、陛下が私の部屋に尋ねてもすぐに帰ってしまうことを不審に思うであろう。日中は無下に扱われていることも聞くであろうしな。

と、同時に側近や近衛らは、無下に扱われているはずの皇妃の部屋を毎日尋ねる陛下を不審に思う」


玲瓏リーロンは指をクルクルと回してみせた。


「宮女の不審と側近らの不審、それが交錯した日がまさしく、今日であったのだ」

「……成る程」


次に目的だが、とフフンと笑う。


「一つはまぁ、陛下が梨由わたしを受け入れていると示すことだ。梨由わたしを認めているというな」


それは翔呀ユゥグも理解していた。

もう一つは、と玲瓏リーロンは続ける。


梨由わたし、及び燕青国が陛下に従属していることを示すことだな」

「もしや、あの時の……」

「そうだ、陛下が指示をして、私に頭を下げさせたことだ」


あの行動にはそんな意味があったのか、と漸く腑に落ちた。


「まぁ他にも、陛下の部下への信頼を示す、仲睦まじく見せるなどもあったのだが、それはあくまで副次的なものに過ぎん」

「信頼……ぶっ!」


側近らが向けてきた感動のこもった瞳を思い出し吹き出した翔呀ユゥグを、玲瓏リーロンはもはや白い目で見た。


——どうして私はこれ(﹅﹅)を合格としたのだろうか?


玲瓏リーロン自身、疑問にすら思う。

然し、この翔呀ユゥグという皇帝には、何とも言えない魅力のようなものがある……


「くっははは、笑いが止まらん!」


……か?


呆れたように、だが仮面の下でわずかに微笑みながら、玲瓏リーロンは言った。


「陛下よ。久方ぶりに十番勝負だ」

「くくっ……ん? ああ、良いな」

「此度から、捕虜制を導入するぞ。

取った駒を捕虜として確保しておける。代わりに使うことは出来ぬが、相手と交渉し金と交換できる。

今までと違い、何方どちらかが負けを認めるまで勝負は決まらぬ。勿論王を取られても、駒が一つになってもだ」


ほう、と翔呀ユゥグが興味深げに身を乗り出した。


「最終的に、十番勝負での勝ちが多いか、片方の金が尽きた時点で勝敗が決まる。どうだ?」

「良いだろう」







「それで、今日も朝まで軍戯ですか。まぁ、あの朝のことがあった上ですから、寧ろその方が自然でしょうが……どうしたのです?」


翔呀ユゥグは妙にぐたりとしていた。


「……十二回だ」

「は?」

「十番勝負で王が取られた数だ。十二回だぞ!?」


どういうことかは良く分からないが、翔呀ユゥグは今日も何処か楽しそうだ。


……かつて、物事を何処か冷めた目で見ていた少年が……今や、異国の軍師にこんなにもご執心だ。


清豹シンフェオは未だブツブツと言う翔呀ユゥグを、暖かい目で見つめた。


「おい清豹シンフェオ、何を笑っている」

「いいえ、何でも」

説明その他が長くなってしまった気がします…反省反省。


何処かでちゃんと翔呀ユゥグの格好いいところを見せたいですね(^_^;)


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