軍師皇妃はお披露目される 前編
歓声が湧き上がる。
管弦の音が流れ、花びらが舞い踊る。
民に慕われる皇帝が、美しい妻を娶ったということで、誰もが祝福していた。
しかし、その当人らと言えば、
「おい、昨日のことだが……」
「私は“おい”という名ではない。そもそも、昨日? 何のことだったかな、女誑しの皇帝陛下」
「確実に覚えているだろう、お前……」
険悪そのものだった。
その二人とも明るすぎるほどの笑顔なのだから、始末におけない。
と言っても何の意図か、梨由は今日、先日の衣装に顔を覆う薄布を加えていた。
俺への当てつけか、と翔呀は思ったが、城内では、陛下がどうやら皇妃様に顔を隠すよう言ったらしい、という噂が流れていた。
「全く、こういう時は隙がないのだな……」
「何か言ったかー?」
梨由がこちらを向くことなく、笑って手を振りながら言ってくる。
はぁ、と溜息をつきかけた翔呀だが——
その時、昼の鐘が鳴り、瞬間、歓声が爆発した。
翔呀の頬がニヤリ、と上がる。
「な、何だ?」
梨由が思わず表情を崩すほどに、高座においてもその圧力は凄まじい。
翔呀はバンと立ち上がった。
「皆のもの、今よりは無礼講だ!」
うぉおおお! と咆哮が上がる。
翔呀たちの元には杯が運ばれて来て、梨由も戸惑いながらそれを受け取った。
「さぁ、酒を飲め、肉を喰らえ! 我らが蘭杳国に——乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
カツンという音が、声とともに響き渡った。
蘭杳国の国事は、全て祭事と同義だ。
誰もが歌い踊り飲み食い、身分も忘れて騒ぎ合う。
梨由の知らない、国の姿がそこにあった。
「……凄いな」
「む?」
「これを見て、未だ怒ってなどいられるか。凄い、ここはやはり、凄い国だ」
随分と昔。
梨由が聞いて憧れた、誰もが楽しめる祭りというもの。
それを実際に見た感動は、言葉にするにはあまりある。
どうやら機嫌は直ったようだ。
翔呀は満足げに梨由を見つめると、杯いっぱいの酒を一気に呷り、
「者どもォッ!酒を飲むと血が滾っていかぬな、おい、余と戦おうという奴はおらぬか!?」
高座から駆け下りて群衆の中で叫べば、既に顔を赤くした者らが調子に乗って名乗りを上げる。
「陛下陛下、おいらと戦ってくだせぇな」
「いやいや、ここはおれだろうが!」
「お前らなんかじゃ駄目だ駄目だ、おらが行く!」
翔呀はまとめて来い、と不敵に笑ってみせ、事実、かかって来たものを簡単に組み伏せていく。
投げ飛ばされた者たちが、机に当たって酒を撒き散らすのもご愛嬌、全て祭りの雰囲気のなかに許される。
そんな様子を上から見ながら、梨由はハァと溜息をついた。
「何をしているのだ、あの男は」
「祭りを、満喫しているのですよ」
後ろからの声に梨由が振り向けば、
「お前は確か、陛下の一の側近の……」
「清豹でございます」
ニッコリ笑う顔が嘘くさい、と梨由はフンと鼻を鳴らした。
「それで、良いのか、あれは止めなくとも」
梨由が翔呀とその周辺を指差せば、何時ものことですから、と清豹は笑った。
「貴女様こそ、宜しいので?」
「何がだ?」
「折角のお披露目というのに、主役を全て陛下に奪われてしまったようですが」
「……そうだな」
殆どの大衆の視線は、本来なら目が届きやすいだろう位置にいる梨由でなく、翔呀に集中していた。
人目を惹く。人垣を作る。
人に好かれる才を、翔呀は持っているのだろうと梨由は思う。
国は違えど皇家であるのに、そして今やその妻であるのに、その才はあまりに強すぎる。
及ばぬものに足掻くのは愚か者のすることだ、と梨由は分っていた、が。
「確かにこれでは、面白みにかけるな」
「……はい?」
「清豹殿。夕華という女官と、蕗春という武人を呼んでくれまいか」
「え、ええまぁ、了解いたしました」
ただ、と清豹は付け足した。
「何をするかを、教えていただけますか?」
「そんなこと、決まっておるだろう——」
梨由はニヤリ、と笑った。
「祭りの、最高の催し物さ」