軍師皇妃は軍と戦う 弐
先に踏み出したのは、藜舜の方だった。
木槍でありながら、空を切り裂きブオゥンと鳴く槍の大振り。普段よりも軽いせいだろう、その攻撃はとんでもなく早い。
だが、玲瓏はそれを難なく避けた。
全軍前進しようとしていた藜舜の部下たちが皆、思わず動きを止めてしまうほど、それは美しい動きだった。
素早く軽やかで、踊る様ですらあった。
しかし、見とれる隙を玲瓏は与えなかった。
避けて捻った体の勢いを殺さぬまま、玲瓏は 兵士たちの前へと動き、まず一人は首を木刀で打って気絶させ、続けて、一人を投げ飛ばした。
あまりの展開に、ついていけていない者も多かった。
小柄とも言える体躯の玲瓏が、決して小さくはない男を軽々と投げ飛ばしたのだ。
玲瓏はにっと笑ってみせた。
「ほら如何した? 油断しすぎではないか? 既に23人になった、ぞっ!?」
「……貴方も、油断しすぎでは?」
打ち込んできたのは藜舜だ。
玲瓏はそれをなんとか受け止めたが、やはり力勝負では分が悪い。
それでも。
玲瓏はニヤリと笑って、後退するどころかもう一歩踏み込んでくる。
直感。直感で藜舜は腕を構えた。
ダァン。
何かを叩きつけるような音がした。
よく見れば、右手に持たれていた木刀の他にもう一本、
「隠し武器、ですか」
「隠したつもりはないんだがな」
木で作られた短剣を、玲瓏は左手に構えていた。
木製であれば武器やその数は自由というのは、確かに玲瓏が決めた規則の中にあったが、まさか二刀流でくるとは思わなかった。
手甲で受けた藜舜は、思わず笑みを深くした。
「っ ……やるじゃないですか、軍師様!」
「お互いな」
フッと一息吐いて、お互い一気に後ずさっては間合いを測る。
それから、一度二度、三度。
打ち合い、睨み合う。
本来ならここで残りの兵たちが攻撃してこればいいのだろうが、二人の剣の勢いが早すぎて、入る隙すらないのだ。
「情けないなッ、お前の軍は、ハッ!」
「軍師様が、グッ、強すぎるんですよッ!」
会話しながら、藜舜は玲瓏に三度ほど拳を放ったが、全てよけられた。
反対に玲瓏の蹴りも、藜舜にはうまく避けられてしまっている。
はたから見れば、二人は極めて互角の戦いをしているようだった。
しかし、はたからはどうであれ藜舜は押されていると感じていた。
玲瓏の剣が何より怖いのは、その太刀筋が読めないことだ。
蛇のようにうねり、かと思えば禽獣のように鋭い。
なんだこの剣術は、と藜舜は思わずにはいられなかった。
見たことがない、というより、見たとしても理解できない、そんな剣筋なのだ。
「……貴方、一体何者ですか」
「見てわからぬか? 軍師玲瓏だ」
「軍師でなく、軍人の間違いでは?」
藜舜がそう言えば、玲瓏はクククと笑った。
人は笑うと気が緩む。
藜舜はその隙にの剣を蹴りあげようとした。
が、逆に足に木刀を引っかけられ、絡め取られる。
「言っただろう? 私は軍師だ。この程度のこと、予想済みだ」
「では……これも予想済みですか?」
「ん? ッ!?」
藜舜が取り出したものが、玲瓏の木刀を弾いた。
それに一瞬驚きを見せた玲瓏だが、すぐに笑い出した。
「何だ、そちらも武器を隠しているではないか」
「ええ。と言ってもこれは隠し武器といるよりもっと、暗器の類ですけどね」
元暗殺者ですから、と藜舜は戯けた様に言ってみせる。
「……そうでなくてはな」
そうでなければ、面白くない——。
玲瓏はニィと凶悪な笑みを浮かべた。
一方、翔呀の方は、極めて乱戦だった。
藜舜と玲瓏のように、曲がりなりにも一対一がなされているどころか、こちらは一対二十五で、まともな勝負が成り立っているのだ。
つまり、今の翔呀の力は、精鋭二十五人に、おおよそ匹敵していたのである。
——戦神の面、か。
翔呀は戦いながら玲瓏の言葉を頭の隅に過ぎらせた。
なるほど確かに、視界が悪いというのに関わらず、いつも以上の動きができる気がする。
相手も、いつにも増して本気で挑んでくるのだ、翔呀は面白くて仕方がなかった。
まだ、戦いは始まったばかりだ。