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軍師皇妃は隣国に至る

玉座に坐す男に少女は視線を向ける。


蘭杳国(ランヨウコク)皇帝よ、恐れながら申し上げます」


恐れながらという言葉に反し、その態度は堂々としていた。


燕青国エンセイコクの誇る軍師、玲瓏リーロンとは——」


「この、(ハン) 梨由リユンのことにございます」






燕青国(エンセイコク)には、伝説の軍師がいる。

否、いた。

名以外の何も明かしていないながら、民から英雄と崇められた軍師、玲瓏(リーロン)

その指揮によって、隣の強国、蘭杳国(ランヨウコク)との戦において何度も勝利をおさめたのは記憶に新しかろう。


——しかしその軍師は今、前皇帝の死に伴い即位した新皇帝によって、その敵国へと引き渡されたのだった。


そして誰もがそれを嘆く一方、蘭杳国皇帝の妻として出される皇女のことは、民の多くが忘れていた。








「酷いと思わぬか」


馬車で揺られながら、梨由リユンは言った。にっこりと笑えば可愛いだろうに、その眉はギュッと寄っている。

馬車に乗り合わせた女官と従者は顔を見合わせて、女官の方が問うた。


「何がです?」

「玲瓏は悲劇の軍師などと言われておるのに、なにゆえ嫁がされる私は悲劇の姫などと呼ばれんのだ。不公平でないか」

「ああ、左様にございますなぁ」


女官の言葉に、だろう? と梨由リユンは口を尖らせる。


「まぁ彼方あちらは英雄様であられますから、仕方の無いことでございましょう」

「そうだが……ふん。それにしても兄者達も阿呆だな。その軍師を自ら手放すなどと」


従者は思わず、くすりと笑った。馬車に乗ってから、彼女がそれを言うのは何度目だろうか。

女官の方は、それを咎めるようにちらと見て、梨由リユンに視線を戻す。


「代わりに自治を請うたのでしょう?」

「だからこそ阿呆なのだ。自ら属国に下ると言っておるのと同義だぞ」

「成る程。ではその阿呆どものおかげで最強の軍師と美しき妻を一度に得る蘭杳国皇帝は幸せ者ですなぁ」


一国の皇族を阿呆と吐いた女官に、梨由リユンはギョッとした瞳を向けた。が、女官は微笑むばかりだった。

このやりとりが、周りと自身の緊張感を解くための狂言めいたものだと彼女は気付いているのだ。

それに一瞬思わずフッと笑みをこぼして、梨由リユンはすぐさま不機嫌そうな面に戻った。


何方どちらも私ではないか」

「ええ、そうですとも、何方も貴女様ですわ。ですから、自分に嫉妬なされるのはお止め下さいませ」

「……ふん」


梨由リユンが頬杖をつくと、馬車がいきなり止まった。

肘が太ももを強かに打つ。


「つぅう……!」

「大丈夫でございますか」

「だ、大丈夫だ! 大事無い!」


涙目になりながら梨由リユンが叫ぶ。


「それにしても、何故いきなり……あら」


女官が窓の覆いを薄く開けて、外を見る。


「何だ、賊か?」

「いいえ梨由リユン様」


女官が言うと同時に、馬車の戸が開いた。


「——到着したのです」

「そうか」


梨由リユンは馬車から飛び降りる。

貴人らしからぬ振る舞いではあるが、女官も周りの者も慣れていた。


「ならば早速、我が夫の顔を拝謁しに行こうか」




そして、場面はあの玉座の間へと移る。




「余は蘭杳国67代皇帝、ロウ 翔呀ユゥグだ」


と、玉座の男は言った。

皇帝らしい傲慢そうな瞳と表情が梨由リユンの気に障ったが、しかし一般的に見ればかなりの美丈夫である。


梨由リユンは女官や従者らと違い、跪礼でなく立礼で挨拶をした。


(わたし)は燕青国第三皇女、(ハン) 梨由リユンにございます」


翔呀ユゥグは退屈そうに一瞥しただけだった。


「そうか。して、軍師玲瓏(リーロン)とはいずれぞ。余は顔が見てみたい」


やはり来た。

正体を知るもの達は身を固くしたが、梨由リユンは一言、


「……では、人払いを」


と素っ気なく言った。

翔呀ユゥグ梨由リユンをジロリと睨み付ける。


「何故お前が発言するのだ。許した覚えは無いぞ」

「陛下は妻が話すのに許可を求めよと仰るお方でしたとは……覚えておきましょう」

「何が妻だ。付属品の分際で」


ビキリ。

そのこめかみに青筋が浮く音を、近くにいた女官は確かに聞いた。

梨由リユンは小さく深呼吸をする。


(しか)し、玲瓏リーロンは顔を明かしませぬ。我が国でも知る者は一握り。それを守らねば()の者は去るとまで申しました」


出来るだけ平静な声を出そうと、梨由リユンはもう一度息を深く吸った。


「故に先刻の言葉はわたしの言葉に非ず、玲瓏リーロンの言葉にございます」

「だからとて、敵国の者の人払いを聞くと思うのか」

「暗殺をお疑いですか」

「当たり前だ」


ふふっ、と梨由リユンは笑い声を漏らす。翔呀ユゥグの眉間に皺が寄る。


「何が可笑しい」

「信用できぬ軍師など、戦で使えますまい。それにお忘れか。これは軍師と皇女を運ぶ一行。

暗殺沙汰など犯せば、折角の自治が水の泡というもの……」


梨由リユンはそこで、楽しげに笑ってみせた。


「蘭杳皇帝も、我が兄らに似て阿呆でございますな」

梨由リユン様!」


女官が隣で悲鳴のような制止の声を上げたが、もう遅い。


「貴様、我らが陛下に何という物言いだ!」

「その侮辱、命で償え!」

「——(いや)、良い」


殺気立つ側近らを収めたのは、意外にも皇帝その人である。


「面白いな、女」

「……有り難きお言葉」


全く有り難くなさそうに梨由リユンが言うのを、翔呀ユゥグは片眉を上げて見た。


「皆の者、人払いせよ。暫しの間、此処には誰も近づけるな」

「御意」

「女、俺の一の側近だけは残す。構わぬな?」

「ええ」


梨由リユンは皇帝の一人称が俺になっていることに気がついたが、何も言わないでおいた。

不満げな気色を残しつつ、近衛兵や他の側近らが部屋を出る。


バタンと扉が閉じられて、残ったのは燕青国の一行、皇帝とその側近一人のみとなった。


「これでよかろう」

「ええ、これで(ようや)玲瓏リーロンも顔を明かせましょう」


翔呀ユゥグは一行を隈なく見渡した。


「ならば見せよ。玲瓏リーロンはどの男だ」

「いえ、玲瓏リーロンは男にございませぬ」

「は?」

「……蘭杳国皇帝よ、恐れながら申し上げます。燕青国の誇る軍師、玲瓏リーロンとは——」


梨由リユンは驚いた様子の翔呀ユゥグを、何処か満足げに見た。


「この、(ハン) 梨由(リユン)のことにございます」

「な、何!?」


玉座から思わず立ち上がった翔呀ユゥグに、梨由リユンは内心、勝った!と拳を握った。



——これは、後に巨大な帝国となる蘭杳国の皇帝と皇妃兼軍師の物語である。

名前などのカタカナは適当です(^_^;)

中国語を調べて…とかでは無いので、ご注意ください。


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