第9陣ノア・イストワール
初めての戦は無事終わり、その日の夜俺たちは祝杯をあげた。
「いやまさか陽動どころかヨシモトまで引き寄せるなんて思ってなかったよ。しかもヒッシー勝っちゃうんだもん」
「完全に想定外だったけどな。ただヒデヨシの仕事奪ってしまって悪かったな」
「全然気にしてないよ。ヒッシーがいなかったら勝てなかったかもしれないんだし」
「そうですよヒスイ様。この戦いはヒスイ様のおかげで勝利を掴めたのですから、もっと誇るべきです」
本来の作戦通りにいかなかったことを俺は今回の反省点にしていた。結果勝てたとはいえ、魔法が想定外の結果を生み出したのは確か。
おまけに山の木々を焼き払ったりしたりしたので、あまりいい戦いだったとは思えない。
「貴方確かヒスイって言いましたよね? お姉様が褒めてくださっているのに、どうして素直に喜べないんですか」
「いや、褒められるような戦い方じゃなかったから、俺は反省しているんだよ、というかそもそもお前は参加してないだろネネ」
「いいえ、私は常にお姉様と一緒にいました」
「ねえ、それすごく怖いんだけど?!」
会話がとても勝ち戦後だとは思えないが、何というかそれが彼女達らしさなのかもしれない。
「あ、そうそうヒッシー」
「ん? どうかしたか?」
相変わらず迫ってくるネネを避けながら、ヒデヨシが俺に尋ねてくる。
「ヒッシーは魔法というのを誰に教えてもらったの?」
「ちゃんとした俺と同じ魔法使いにだよ」
「ヒッシーの住んでいたところでは、その魔法は当たり前のように使われているものなの?」
「いや。魔法は少し前まで俺にとっても未知な力で、初めて見たときはヒデヨシ達と同じ反応をしたんだ」
話は遡ること今から二年前の高校三年生の夏。
それは何の前触れもなく突然やって来た。
「君にはこれから魔法を学んでもらい、勇者の仲間として世界を救う旅に出てもらいたい」
全ての始まりはその一言からだった。
■□■□■□
高校三年生の夏といえば、色々と多忙な時期。ただでさえ時間が惜しいというのに、あまりに理不尽な異世界転移に俺は憤りを隠せなかった。
「そんな事をいきなり言われて、はいやりますなんて言う物好きはいないだろ!」
「勝手な願いであるのは分かっている。しかし我々にも時間は残されてないのだ」
「それはそっちの都合だろ? 俺にだって生活はあるし、これからやらなきゃいけない事が沢山あるんだ。だから……」
「この通りだ、頼む!」
そう俺に土下座してまで頼んできたのは、一番大きな国の国王だった。これは後から知った事なんだが、国王が言っていたことは本当で、魔王軍の侵攻は今すぐにでも止めなければならないほど、深刻な状態だった。
「責任は取ってくれるよな」
「勿論だ」
「俺だって余裕はない。だからさっさと魔王倒して帰らせてもらうからな」
今思えば当時俺は相当尖っていた。何もかもが理不尽すぎて、本当に俺なんかが魔法を覚えられるかなんて分からなかったし、本当に自分の世界に帰れるか分からなくて、不安でもあった。
「はじめまして。私はノア・イストワールと申します。今日から二週間、あなたに魔法を一から全て叩き込むつもりなので、どうぞ覚悟していてください」
そんか尖った俺をたった二週間で変えてしまったのは、俺の師匠、ノア・イストワールその人だった。
ノアさんは見た目は温厚な人だけど、色々厳しい人で俺は二週間みっちり彼女にしごかれた。
「しっかりしてください。こんな所でへばっていたら、勇者を支えることができませんよ」
「そ、そんな事言われても、俺普通の人間なんだから魔法を覚えろだなんて無理があるよ」
「弱音は吐かない! 私が教えればちゃんと魔法が使えるようになりますから信じてください」
「信じてくださいって言われてても」
それは俺に文句を言わせる暇も与えず、ただ修行を繰り返す日々。
「ほら、また魔力が乱れました。一からやり直し!」
けどそんな日々の中で、
「これはちょっと驚きました。まさか二日で基本の魔法ができるなんて……。やはりヒスイさんには素質があったんですね」
「これが魔法……」
俺は魔法使いとしての一歩を確実に歩んでいった。
「やはり私の見込んだ通りの人でしたね。明日からは更にパワーアップしますからね」
「えー、これ以上きつくなるの?」
「当たり前です。ヒスイさんはまだまだ成長しなきゃいけませんから」
「そんなー」
そんな二週間は俺にとって特別で、彼女が俺に魔法を教えてくれなければ今の俺がいないと言っても過言ではなかった。
そして世界を救うと言う役目を果たして、自分の世界に戻ることになった日の前日。
俺は最後の教えとして、ノアさんと魔法で戦った。勿論勝ち目なんて全くなかったけど、そこに悔しさはなくこうして師匠とともに修行をできた喜びを噛み締めていた。
「寂しいですね。こんなにも可愛い弟子にもう会えなくなるなんて」
「俺も……寂しいに決まっているじゃないですか。この世界は勿論好きですし、師匠のことだって好きですから」
「それは私への告白でしょうか?」
「さあ?」
この世界にいた時間は決して長くはなかったけど、でも沢山の思い出が作れた。嫌なことも楽しいことも全部。
「なあ師匠」
「何ですか?」
「俺魔法を師匠から学べてよかった」
「っ! 最後に、そんな事をどうして言うんですか」
「嫌だった?」
「嫌じゃないですよ。ただそんなこと言われたら……寂しくなるじゃないですか」
だから俺は今でも忘れてない。あの世界のことも師匠のことも、皆のことも。
(これから先も絶対に忘れやしない。そうでないと俺は……)
彼女への贖罪を果たしきれない。
■□■□■□
「ではヒスイ様にとって、その異世界というのは素晴らしい所だったのですね」
「はい。色々な事がありましたが、俺にとってあそこはかけがえのない場所です」
全てを話し終えたあと、ノブナガさんがそんな風にまとめる。結構長い話になってしまったせいで、大分遅い時間になってしまっている。
(なんか祝杯というより俺の昔話になってしまったな)
皆最後まで聞いてくれたからよかったけど。
「あ、もうこんな時間ですか」
「すいません。俺だけずっと長話しちゃって」
「いいんだよヒッシー。聞いてて楽しかったから」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいですけど、なんか申し訳なくて」
「いいじゃないですか。今日の主役はヒスイ様なのですから」
「そんなものでしょうか?」
「そんなものです」
まあ俺も話していて悪い気はしなかった。むしろ久しぶりに師匠との思い出を振り返れたし、気分はよかった。
「さて、時間も時間ですからそろそろ解散しましょうか」
「そうだね。今日はお疲れ様ヒッシー」
「おう、お疲れヒデヨシ」
ノブナガさんがそう切り上げると、皆それぞれ部屋を出て行く。皆が出ていくのを見送ったあと、俺も最後にノブナガさんの部屋を出ていこうとしたところで、ノブナガさんに呼び止められた。
「あ、ちょっと待ってくださいヒスイ様」
「ん? どうかしましたかノブナガさん」
「ヒスイ様に一つ頼みたいことがあるのですがよろしいですか?」
「俺に頼みたいことですか?」
「実は一週間後に、私三日ほど城を離れなければならない用事ができたんです」
「一週間後にですか?」
「はい。どうしても外せない用事なので、私がいないその三日間、城の守備をヒスイ様に頼みたいんですがよろしいですか?」
「俺に城の守備を?」
「ミツヒデは私と一緒についていきますので、他に頼れる方がいないんです。もしもの事があったら困りますので、お願いします」
「それは別に構わないんですけど、俺なんかにできるでしょうか?」
突然の提案に俺は少し戸惑う。ヒデヨシ達もいる中で、どうして俺が選ばれるのか少し疑問だ。
「ヒデヨシが教えてくれましたが、どうやらヒスイ様の指揮が素晴らしかったらしいじゃないですか。そのような方ができないなんて事はないはずです。お願いします」
「別に俺は現状況を把握した上で、最善の策を判断したなんですけど……。分かりました、俺に任せてください」
「ありがとうございます」
「じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさいヒスイ様」
ノブナガさんのその一言を聞きながら俺は部屋を出る。
(なんかここまで頼られると、もっと頑張らなきゃいけない気がするよな)
ノアさんもいつか言っていた気がする。頼られたからにはそれ以上の結果を出せって。今ここで魔法を使えるのは俺だけだし、もっと向上していけばもっと頼られるようになるに違いない。
そう、いつだって前を見て進めばいいんだ。しておけばよかったって後悔しないくらいに。
(それが分かっていれば、あんな事だって起きなかったはず)
俺は今でも後悔し続けている事が一つある。あの冒険の中で、負ってしまった一生拭う事ができない傷。
誰かに許して欲しいわけじゃない
誰かに癒して欲しいわけじゃない
そのどうしようもない傷は、俺の心を蝕み続けている。
(サクラ……)