第5陣お茶の嗜み
タイムスリップ二日目
寝覚めは意外と悪くなく、自分がタイムスリップしているのを忘れてしまうくらいよく眠れた。
(不思議なものだな。普通は寝付けない環境なのに)
やっぱり畳の上で眠っているという安心感が、安眠に繋がったのだろうか。
「おはようございます、ヒスイ様」
「おはようございます」
「おっはーヒッシー」
「ヒデヨシもおはよう」
着替えを終えて部屋を出て少しした後、偶然ノブナガさんとヒデヨシに遭遇する。二人とも普段着なのか着物を着ていて、特にノブナガさんは、ヒデヨシとは違う大人っぽさがあって俺は数秒見惚れてしまった。
(って、俺は朝から何をやっているんだ)
「袴はいかがですか?ヒスイ様。男物を置いてないので急遽用意したもので申し訳ないんですが」
俺が先ほど着替えたのはノブナガさんが用意してくれた袴。今まで袴なんて着たことなかったので、着るのに悪戦苦闘した。
「いや、滅多に着るものじゃないですから、ちょっと着心地が悪いんですよ。そのうち慣れるとは思うんですけど」
「そういえばヒスイ様は先日、かなり変わっていらっしゃる服装をしていらっしゃいましたが、あちらはどういったものなのでしょうか?」
「あ、昨日の服ですか? あれはジーパンとTシャツっていうやつなんですけど、流石に分かりませんよね」
「じーぱん? 全然聞いたことない」
「分かったらある意味すごいと思うよ」
俺は着物とか袴は見慣れているけど、彼女達からすれば俺が着ている服は未知数のもの。替えの服を持って着てないから、プレゼントとかしてあげれないのが少し残念だ。
「そういえばさっきからずっと歩いていますけど、どこへ向かっているんですか?」
「どこって勿論朝食の場ですよ」
「その割には結構歩いていませんか? このままだと外に出てしまいますけど」
「外には出ないのでご安心ください」
「外には出ない?」
ノブナガさんの言っている意味が分からず、それから更に五分ほど歩いたあと、ようやく到着。
「あのノブナガさん、これはどういう……」
「どうも何も、れっきとした食事場所ですよ」
「外に出ないと言いましたよね? ここばっちり外なんですが」
俺が二人に連れられてやってきたのは、城から少し離れたこじんまりとした建物。ここの使い道を考えるとしたら、隠居生活をする時ぐらいだろう。
「あーそういえばヒッシーに何も教えていなかったっけ。毎朝ここですること」
「毎朝すること?」
「お茶会ですよ」
「お茶会?」
こんな朝から毎日やるのか? お茶会。
というか朝食は?
■□■□■□
建物の中に入ると、外見からしたイメージ通りの構造になっていた。昔修学旅行とかで行ったことがある、部屋が区分けされていない大きな畳張りの広間だけがある建物。
(さっきも思ったけど、まさに隠居するのにピッタリだよな。こういう場所)
「利休さん、今日も来ましたよ」
大広間にたどり着いてすぐ、ノブナガさんが誰かを呼ぶ。どうやらここに既に住んでいる人がいるらしいが、俺はその名に聞き覚えがあった。
そう、あの有名な千利休だ。
「はいはい~、少々お待ちを~」
奥からイメージと全く似つかない返事が返ってくる。すごくほんわかした雰囲気の声をしているけど、茶道の人ならこんな感じなのかもしれないと勝手なイメージ。
「今日はお早いですね~ノブナガさん~」
そんな事を考えていると、その利休が姿を現わす。
「予定より少し早めたんですよ。迷惑でしたか?」
「いえいえ~、そんなことありませんよぉ」
千利休であろうその人物は、ノブナガさん達とはまた違った黒色の少し短めの髪の毛をした、いかにも和服美人の女性だった。
しかもちょっと小柄なので、美しいというよりは可愛らしい方に分類される。
「よかった、ここに黒髪がいて」
「何か言いましたか、ヒスイ様」
「あ、何でもないです」
ここで会う人のほとんどの髪の色が変わっているから、ちょっと感動したなんて口が裂けても言えない。
「それよりそちらの方は?」
リキュウさんが俺を見て不思議そうに尋ねてくる。
「彼は先日隊長に就任なされました、不思議な力を使うヒスイ様です」
「いきなり隊長に就任ですかぁ。その不思議な力というものも私気になりますぅ」
「え、えっと、桜木翡翠です。よろしくお願いしますセンノリキュウさん」
少し硬めの挨拶をすると、リキュウさんは笑顔のまま俺にグイグイ寄ってきた。
「そんな硬くならないでいいですよぉ。ヒスイ君~」
「ひ、ヒスイ君?」
初対面の人にいきなり君付けで呼ばれるなんて始めてだ。おまけに距離が近い事もあってか、ドギマギしてしまう。
(すごいフレンドリーな人だな)
「あれ~、私まだ自己紹介していないんだけど、どうしてフルネームで分かるのぉ?」
「あ、えっと。それはですね……」
「私が名前を呼んだときに覚えたんですよきっと」
「へえ、もう覚えてくれたんだぁ。嬉しい」
「ま、まあ」
「そんなヒスイ君には大サービスしちゃおうかな」
「だ、大サービス?」
少し妖艶な言い方をしたので思わずいやらしい想像をしてしまう。
(それはまさか、早くも……)
俺の春はやって来てしまうのか?
「お茶の、大サービスだよぉ。楽しみにしててねぇ」
ですよねー。
「ヒスイ様、今何かいやらしい事考えていませんでしたか?」
「べ、別にしてないですから。いやらしい想像なんか絶対に!」
「してたんですね」
「あ」
このあと少しだけノブナガさんに怒られました。
■□■□■□
それから少しして、リキュウさんによって入れられたお茶を縁側に座りながら、俺はのどかな朝を四人で過ごしていた。
「ゲホッ、ゲホッ」
すごく苦いお茶とともに。
「あらぁ、お口に合いませんでしたか?」
「い、いやそうじゃない。こういうお茶飲むの初めてだったから、ちょっとむせちゃっただけ」
「ヒッシーお茶苦手なんだ」
「だからそうじゃないって」
「まだまだ私も腕が甘いんですねぇ。ごめんなさ~い」
「だ、だから気にしなくていいって」
少し涙目になりながら謝られ、俺は狼狽えてしまう。
(そんなつもりじゃなかったんだけどな)
「もうヒスイ様、いくらなんでも失礼すぎますよ」
「す、すいません。お茶を飲むのにあまり慣れてなかったので」
「いいんですよぉ。私別に気にしていませんからぁ」
笑顔でそう言うリキュウさんからは、黒いオーラを感じる。もしかしてこの人、かなり腹黒い性格の人だったり。
(やばい、怒らせたらまずい人怒らせたかも)
そのドス黒いオーラに、思わず後ずさる。でも逃げ場はないし、ここは何とかして、
「と、とにかく折角の朝なんだから、お、落ち着こう」
「ヒスイ様、それは自分に言っているのですか?」
「そ、そうじゃないですよ」
「ヒッシー、汗ダラダラだよ?」
「こ、これも、その」
ノブナガさんとヒデヨシさんに言い寄られ、完全に逃げ場を失ってしまう。
(な、何だこの状況は)
「本当ですかぁ。じゃあどんどん飲んでください、おかわりは自由なので」
「い、いやそんなに沢山は」
「飲・ん・で・く・だ・さ・い」
だがそんな俺に対してリキュウさんは追い討ちをかけるのだった。
「……はい」
今度からお茶を飲むときは気をつけよう。