第3陣百合百合戦国隊長就任
テストを無事合格し、織田軍への仲間入りをした俺に、城内に早速専用の部屋が用意されていた。
といってもやはり部屋の形式は変わらず、ノブナガさんの部屋より多少小さくなったくらいのレベルの部屋だった。
「うわぁ、畳の部屋なんて久しぶりだな」
こうやって畳の部屋で何もせずにボーッと寝転がっていられるのが、たまらない。
「平和だなぁ」
今自分が戦の時代にいるとは思えないくらい平和だ。これくらいの平和があの世界に元からあったら、絶対俺は魔法なんて覚えなかっただろうな……。
「ふわぁ……」
久しぶりに魔法を使ったせいか、一気に眠気に襲われる。そういえばこの世界に来てから、一度も睡眠を取ってなかったっけ。
「よし、歓迎会の前に一眠りするか」
準備が終わるまでは自由にしていいと言われたので、俺は眠気に身を任せて軽い睡眠をとる。
「いやっほー、お邪魔します―」
しかしその平和も、突如元気な声とともに消え去る。扉が開く音がしたと同時に、足音が俺の耳元まで届く。
「って、あれ寝ちゃってるのかな」
謎の声は、無視して目を瞑っている俺を寝ていると勘違いしているらしく(実際寝ているが)、このまま大人しく立ち去って……。
「仕方がない。とりあえず服を脱がして、その上から水をかけて目覚めさせようかな」
くれなかった。むしろ命の危険に晒されるところだった。
「待て待て、何だその発想は! 怖すぎるから!」
身の危険を感じた俺は、慌てて体を起こし、謎の人物から距離をとった。
「なーんだ、起きてるのか。つまんないの」
「寝てたらやるつもりだったのかよ」
「勿論」
「初対面の人に対してやる事じゃないよな絶対」
どうやら俺を起こそうとしていた人物は、この目の前にいるショートカットの金髪の小柄な少女らしい。
とりあえず命の危険を回避した俺は、やれやれと畳の上であぐらをかいた。
「どうした、座らないのか?」
「こうしていると人間を見下しているようで楽しい」
「はいはい、そうですか」
あまりに変わっている性格のため、俺は適当に受け流す。そもそも勝手に入ってきておいて、謝りもしなのしない時点で人間性を疑いたくなる。
「それで、勝手に人の部屋に入ってきて何の用だ? あと誰だ」
「何の用って。それは勿論からかいにきたに決まってるじゃん! どこから来た人間か分からない謎の武器を使う少年、そんな一生に一度会えるか会えない人物をからかわないわけにはいかないでしょ?」
「からかいに来ただけなら帰ってくれ」
「待って、ごめん。調子に乗った。自己紹介に来たの」
「ふぅん」
「私はヒデヨシ! ノブナガ様と一緒に戦っているの!」
「ヒデヨシ、ねえ」
彼女がヒデヨシなら、恐らく豊臣秀吉その人なのだろうけど、やはり女の子だ。
(ここではそれが全部当たり前なのか?)
いちいち反応するのもどうかと思うが、もうそれが当たり前と考えたほうがいいのかも知れない。
とりあえず彼女が本当に豊臣秀吉なのか確認する方法がもう一つある。
「あのさ、お前の苗字ってもしかして羽柴?」
「え? 何で知っているの?」
「そんな感じの名前をしてたから」
「名前だけで普通苗字分かる?!」
どうやら俺が考えていた事は当たっていたらしい。
「とにかく俺は桜木翡翠。適当に何とでも呼んでくれ」
「じゃあヒッシーで。私のことはヒデヨシ様って呼んでね!」
「誰が呼ぶか! あとその呼び方は恥ずかしいから勘弁してくれ」
変なあだ名をつけられ、思わずツッコミを入れてしまう。
(どう変換したらヒッシーになるのかさっぱり分からん。どちらかと言えばお前の方がそっちに近いだろ)
ヒデヨシの扱いに一人悪戦苦闘している中、遠くから何やら誰かを読んでいる声が聞こえた。
「ヒデヨシお姉さま~」
ものすごい足音と共に、ヒデヨシをお姉様と呼びながら入ってきたそいつは、走ってきた勢いをそのまま使って、俺なんか目にくれずヒデヨシに抱きつこうとする。
「ヒデヨシお姉さま。こんな所にいらしたんですねぇ」
「っと、いきなり危ないじゃない」
が、華麗にそれを避けられ顔面を壁に強打する。
「おいおい、大丈夫か?」
「ネネ、またあんた私を追いかけてきたの?」
「お姉様の為なら例え火の中、水の中です」
そんな俺の心配とは裏腹に、すぐに彼女は立ち上がり、次の態勢へと入ろうとしている。彼女の目はまさに餌を狙う獣の目。
鼻血を垂らしてなければ完全に彼女は獣だ。
(あら〜、そういうことか)
「さっぱり意味が分からないわよ」
「分からなくていいのです。私の愛は、誰にも理解されなくていいのですから」
再びヒデヨシに襲いかかるネネと呼ばれた女の子。その短い茶髪の髪の毛と顔立ちからして、体が小さいヒデヨシと比べると決して年下に見えないのは俺の気のせいだろうか?
それに確かネネって、秀吉の奥さんになる人だった気がするけど、明らかに愛の形が違う気がする。
簡単に言えば百合?
「あ、もしかしてあんたが噂の新人ね。私がいる限りお姉様には、一切手出しさせませんからね」
「いや、別に手を出す気は一ミリもないから」
「私はあんたがいる事ですごく危ない目にあってんだけど! あとヒッシーもサラッと酷いこと言わないでよ」
「そんな事ないですよ。私の愛は絶対安全です」
いや、ガチめの百合だこれ。
「その愛の形が絶対間違っているわよ!」
「いいえ、間違いではありませんわ。私はどれだけお姉様を愛しているか……」
何か一人で語りだすネネ。ライトノベルとかでは見かけたことあるけど、本物の百合ってこんなに怖いんだ。変なのに巻き込まれる前にここは、一旦逃げよう。
「俺はお邪魔なようなので、この辺で。あとはお二人でごゆっくり」
「あ、ちょっとヒッシーどこに行くの。決して私は百合とかそういうの興味ないから! だから助けて」
「お姉さま、どこへ行こうと言うのですか? 私の愛の言葉をしっかり聞いてください」
「聞く気ないわよ~」
ネネに抱きつかれて困っているヒデヨシの悲痛な声が聞こえるが、そんなの無視。人の睡眠を妨げた罰だ。
(俺の折角の新しい部屋が荒らされそうだけど、まあいっか。とりあえず今は)
そっとしておこう。
「ヒッシーの裏切り者ー」
■□■□■□
ガチ百合な二人から逃げ出してきた俺は、行くあてもないので適当に城内の散策をしていた。
(何というか、これがまさに城って感じだよな)
かつて異世界に行った時も城はいくつもあったが、この日本の伝統文化とも言えるこの城こそ、まさに本物だと思う。
さっきはゆっくり眺めることができなかったけど、この全体の白い壁と、木で出来ている床とのマッチングがすごく合っている。
(語彙力が足りない)
裸足で歩けるのもこの城の良さだろう。裸足で歩いてても何も違和感を感じない。
「まさか本物の城をこうして歩けるなんてな……」
日本の歴史の一部に触れながらも、これがまだ一部である事は外から見たときに分かる。果たしてどんな要素がここにあるのか気になるが、時間が足りない。
(部屋戻に戻れないしどうするかな)
「そんな所で何をしているんですか? ヒスイ様」
と、そんな事を考えながらボーッと歩いていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「俺の部屋に邪魔者が入って、部屋にいられなくなったんですよ。だからちょっと城の散策を」
振り返りながらそう応答する。
「邪魔者って、まさかヒデヨシの事ですか?」
やれやれとため息をつきながらノブナガさんはそう答える。
「あ、やっぱり分かるんですか?」
「当たり前じゃないですか。彼女はかなりの暴れん坊なんで困っているんですよ」
暴れん坊はどちらかというとネネの方な気もしなくもないけど、実際どうなのかは分からない。
「それでノブナガさんこそ何をしているんですか?」
「私も実は暇なんですよ。よかったらここをご案内してあげましょうか?」
「え、本当ですか?」
俺はノブナガさんの提案を受け入れ、案内をしてもらいながら城の散策をする。
「これだけ広いと覚えるの大変じゃないですか」
「作らせたのは私なので、ほとんどの構造は理解しているんですよ。まあ最初は迷子になってばかりでしたけど」
「まあ、この広さですからね」
「ヒスイ様にもちゃんとこの城の構造は覚えてもらいますからね」
「覚えられますかね俺」
「覚えなきゃ駄目です」
即答で返される。暗記能力にそんなに自信がないので、俺としてはかなり不安なのだが、ノブナガさんは引き下がらず俺は結局全部覚える羽目になってしまった。
(城の作りを全部覚えろ、か)
どれくらい時間がかかるんだろ。
■□■□■□
大体の案内が終わった後、ミツヒデから歓迎会の準備が終わったとの連絡が入ったので、二人で一緒に向かった。その会場はどこにあるかというと、
「何というか、俺の想像通りだな」
城の上階の方にある大きな縦長の座敷。歓迎会というよりは大物だけが集まるあの食事会の感覚を覚える。人数もあの場にいた三分の一にも満たないくらいの人数だし、これは果たして歓迎会と呼べるものなのだろうか?
「さあヒスイ様、こちらに」
ノブナガさんに案内されて座ったのは、何と彼女の席の隣。
(ここに座っていいのか? 俺)
「我慢……これはノブナガ様の頼みだから我慢……」
すごくミツヒデに睨まれているし。
(これ、歓迎会の雰囲気じゃないよな、絶対)
ガチガチになりながら俺が座ると、その緊迫感は一気に増す。その中で早速ノブナガさんが口を開いた。
「ではこれより、ヒスイ様の第一攻撃隊、隊長継承式及び、歓迎会を行ないたいと思います」
ん?
「の、ノブナガさん。今なんて?」
「あれ? もしかして伝えられていませんでしたか? ヒスイ様は明日から我が軍の隊長として働いてもらうことに決まりました」
隊長? この俺が?
「い、いや、それはいくらなんでも突然過ぎませんか?」
「そうですか? 実力があるものが上に着く。それがここの常識ですよ?」
「いや、何となく言いたいことが分かりますけど……」
俺はまだこの軍に入ってから一時間ちょっとしか経っていないし、いくら魔法が使えるといってもそれがどこまで通用するかなんて未知数。二年くらいのブランクだってある。
「俺に、そういった地位は似合わないような気がするんだけど。
「何を悩むことがある。貴様のあの力があれば、どんな敵でも倒せるのだぞ」
会った時は散々言われたミツヒデに何故か背中を押される。最初に牢獄に閉じ込めたくせに、俺の力を知ったら手のひら返しかよ。
(いや、多分ノブナガさんが選んだからって言うのが理由だろうな)
彼女が素直にそんなことを言うような性格じゃないのは、最初に会った時に分かっていた。
「ヒッシー、なっちゃいなよ。ヒッシーの下なら私も働けるし」
「だめですお姉様は、私から離れないでください」
百合二人からも声が聞こえる。
(何だこのカオス空間)
俺に逃げ道はないのか。
「ヒスイ様、これは私からもお願いさせてください。ヒスイ様のあの力は、今の私達にとってとても重要なものなんです。いきなりの話すぎて受け入れられない気持ちは分かりますが、どうか……」
ノブナガさんからも何故か懇願される俺。しかも頭まで下げられてるし。ますます断りにくくなる。
『お願いします!』
更にノブナガさんに続いて、その場にいる全員が頭を下げて頼んでくる。
(総出で頼むほど切羽詰まっているのか?!)
織田軍といえば戦国時代を築き上げて来た実績があるはずなのに、何でまだ入ったばかりの俺にこんなに頼み込んでくるのか、謎なことばかりが多い。
(でも、ここまで頼まれると……)
かつて世界を救った時も、これくらい頼まれた。あの時は何もかも全てが初めての俺だったから、すごく拒絶していた。しかも世界の命運がかかっているから、そのプレッシャーにとてもじゃないけど勝てる気がしなかったのだ。
「ヒスイ様……駄目でしょうか?」
「ヒッシー……」
だけど今はこの頼みを受け入れてもいいかな、と思っている自分がいる。何せ脇役だった俺が、今度は軍を率いれるくらいの主役になる絶好のチャンスだ。
このチャンスを無視できない
男は誰だってヒーローに憧れる生き物なんだ。
「そこまで言うなら……。なりますよ俺が。第一攻撃隊、隊長に。力になれるか分かりませんけど……」
わぁぁぁぁ
俺のその一言で、一気に場が盛り上がる。
「ありがとうございますヒスイ様」
「い、いえ。こ、これくらいやらなきゃ、ここにいる意味がなかったんで」
歓迎会はまだ始まったばかり。