第2陣新しい物語
牢屋の錠が再び開かれたのは、それから約三時間くらい経った後(だと思う)、やって来たのはこの世界の織田信長だった。
「申し訳ございません、ミツヒデが大変無礼なことをしました」
「い、いや、いいんですよ。むしろ得体の知れない俺を拾ってくれただけでも、感謝ですから」
やって来たノブナガさん(敬意を込めてそう呼ぶことにした)の第一声があまりにも丁寧だったので、俺もつい敬語で喋ってしまう。何というかほんわかした雰囲気だなこの人。
(あの有名な織田信長と同一人物とは思えないな)
本当にあの織田信長と同じ人物とは思えない。
「そんな感謝されるほどのことはしていませんかよ。ただ、あまりにも不自然でしたので」
「不自然? それはどういう事ですか?」
「詳しくは上の方でお話致します。どうぞ付いてきてください」
そう言いながら牢の鍵を開けてくれ、城内へ俺を案内してくれた。
「うわぁ、すげえ」
異世界での城は何度も見たことがあるけど、あれらはどちらかと洋に近かった。でもこの安土城は、まさに日本の和を感じさせてくれてとても素晴らしい写真とかでしか見たことがないものをこうして実際に触れられるなんて、俺はなんてラッキーな人間なんだ。
(タイムスリップしたからこそ味わえるよさだよな)
ここが本物の戦国時代かは分からないけど。
「そういえばまだ、あなた様のお名前を伺っていませんでした」
思わず感動している俺に対して、ノブナガさんは振り向かずに尋ねてくる。
「あ、俺ですか? えっと俺は桜木翡翠って言います。呼びにくいと思うので、翡翠でいいです」
「ではヒスイ様と呼ばさせていただきます。私はミツヒデから聞いていると思いますが、オダノブナガと申します。以後、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
(やっぱりか……)
この金髪美女はあの織田信長。
そう、あの織田信長だ。
(ここが戦国時代なら、この信長も戦場で戦うのかな)
むしろ争いとか望まなそうな人に見えるから、とてもじゃないけど想像がつかない。
「到着しました。どうぞこちらへ」
そんなこと考えている内にノブナガさんにある部屋に通される。
(うわ、やっぱり畳部屋だ)
平安時代に和風の文化を取り入れられて以来、どの時代にもかかせないのが畳や障子といった、今では定番とでも言える日本独特の和風様式。部屋の中心には囲炉裏があり、部屋の温度が丁度いいくらいに調整されている。
「少々肩身の狭い私の部屋ですが、どうぞお座りください」
「あ、はい」
俺は囲炉裏を挟んでノブナガさんの正面に座る。ここが彼女の部屋なだけあって少しだけ女性の部屋の香りがする。
「どうかされましたか?」
「あ、えっと、少しだけ落ち着かなくて」
「畳の部屋は苦手ですか?」
「あ、そういうわけではないので大丈夫です」
まさか女性の部屋に入ったからって緊張してしまっているなんて言えない。
(それにしても……)
改めてノブナガさんの目の前に座って彼女の美しさがハッキリしてくる。さっきは戦場だったので鎧を着ていたが、今は和服を着ていて、色々と際どいところが見え隠れしている。
いわゆる大人の女性だった。
「では早速ですけどヒスイ様、一つ尋ねてよろしいでしょうか?」
「は、はい! な、何ですか?」
俺が思わずボーっとしているとノブナガさんは早速本題に入ったので、慌てて返事をする。
「こんな事を聞くのは失礼かも知れませんけど、ヒスイ様はこの世界の人間ではありませんよね?」
「え、あ、そ、それは……」
いきなり核心をつかれ、俺は戸惑う。この世界の人間ではないというより、この時代の人間ではないのだが、それをどう答えるべきか迷う。
「その反応からすると、やはりそうなんですね」
「え、えっと、正確には違うんですけど……だいたい合っています」
悩んだ末に俺はそう答える。
「ではどうしてヒスイ様は、私達の世界に?」
「それが分からないんですよ。俺はただ昼寝をしていただけであって、目を覚ましたらこの世界にいたんです。だからどうしてこの時代に来たのかも不明で……」
「なるほど。そうですか……」
何か考え事を始めるノブナガさん。俺もこれ以上説明しようがない。少しズレはあるが、こう誤魔化す以外の方法がなかった
。
「ではヒスイ様は、自分がいた世界に戻る方法も分からないわけですね」
「はい。何もかもさっぱり」
そこまで答えたところで俺はさっきのミツヒデの言葉を思い出した。
場合によっては殺される可能性があると。
もしかしたらこの人は優しそうに見えて、本当は残酷な事を考えたりしているのだろうか。
「そういう事なら、私達が責任をもってあなたを保護させてもらいます」
「え?」
だけど俺の予想とは裏腹に、ノブナガさんはそう結論を出した。
「このまま放置するわけにもいかないですし、今のままのヒスイ様だと、確実に命を落としてしまいます」
「本当ですか?!」
予期せぬ提案に、俺は喜びの声を上げる。最初に出会った時に感じたように彼女はまさに天使だった。これでこの世界での衣食住は安泰――。
「ただし、一つだけヒスイ様には、テストをしてもらいます」
「テスト?」
「これから起きる幾多の戦を生き抜くための重大なテストです」
■□■□■□
テストすると言われ、ノブナガさんに連れられてきたのは兵士の訓練所。
戦国時代を生き抜くためのテスト。
事前に渡された簡易的な鎧を身につけてそのど真ん中に立たされた俺は、これから一体何をしようとしているのか察しがついていた。
(恐らくだけど、もしかしたら……)
これはアピールする絶好のチャンスなのかもしれない。
「ではヒスイ様、これよりテストを開始いたします。ミツヒデ、例の物をお願いします」
「了解いたしました」
少し離れたところで、ノブナガさんとミツヒデの声が聞こえる。
「サクラギヒスイ、これは貴様が生きるか死ぬか二択しかない重大なテストだ。生き残りたければ、これを乗り越えてみるがいい」
ミツヒデが俺に向けてそう言うと、広場の端にある巨大な扉が開かれ、巨大な影が現れた。
「うげ、何だあれ!」
歩くたびに砂埃と大きな音を鳴らしながら迫ってくるその影。足音の大きさが広場に鳴り響く中、俺は緊張しながらもその時を待っていた。そしてその影がすぐそこまで来て立ち止まる。やがて舞っていた砂埃が晴れ、その巨大な影が姿を現した。
こ、こいつは……。
「もしかして巨人?」
大きさ五メートルくらいに渡る巨大な人間だった。
(なんだってこんなに大きい人間が、この時代にいるんだよ)
いや、もしかしたら俺が知らないだけで本当はいたのかもしれない。そんな事はどっちでもいいが、
(一撃でも食らったら、確実に死ぬよなこの装備だと)
ボロボロな装備だとあの巨人の一撃を受けたら、耐えられる未来が見えてこない。つまり普通の人間なら、生か死か絶望の二択しか与えられないという、何とも不利な状況だ。
(こんなテストあってたまるかと言ってやりたいところだが……)
こんな状況、俺にとってはお手の物だ。これよりでかい怪物なんて見飽きるくらい見てきた。
「テストの内容は、この巨人から五分間生き残るか、もしくは倒すかです。では、始めてください」
ノブナガさんの開始の合図が聞こえる。それと共に、巨人は爆音を立てながら俺に迫っくる。俺はそれに怖気づに、それが俺の範囲にやって来るまで待機する。
「動きませんね彼。諦めたのでしょうか、ノブナガ様」
「いえ恐らく彼は……」
(リハビリの相手にはちょうどいい相手だな)
体の中に秘められている魔力たちを久しぶりに呼び覚ます。
その間に俺のほぼ目の前にやって来た巨人は、迫る勢いを使って、背中に背負っていた巨大な斧を縦に振りかざす。
「あえて動かずにその時を待っています」
「え? つまり」
「今から動き出しますよ」
ようやく体中に魔力が廻ったことを感じた俺は、斧を簡単に避け、巨人の腕を踏み台にして宙へと飛び上がり、すぐさま魔法の詠唱を心の中で始める。
(手始めに、簡単な火の魔法でも、っと)
誰しもが一番最初に覚える火の初級魔法、フレイムを唱え、すぐにそれを発動させる。無の空間から、直径一メートルくらいの巨大な火の玉が飛び出し、それを巨人の体にぶつける。
「何もないところから火が」
「何ですかあれは」
「分かりません。でも、彼は私達の知らない何かを持っているのかもしれません」
本来フレイムは初級魔法なので、火の玉はさほど大きいものではないのだが、俺はそれすらも上級魔法並みの威力に変える力を持っている。
(久しぶりの魔法だから、衰えていないか心配だったけど、これなら大丈夫そうだな)
少しだけ安心する俺に対して、まともにそれを食らった巨人はというと、効果は絶大だったのかよろけて今にも倒れそうになっている。
「何かってなんですか?」
「詳しくは分かりませんが、例えるなら」
初めて魔法を見た人達は、今一瞬何が起きたのかさっぱり理解ができていないようだ。いきなり火が出てきたと思ったら、それが巨人にぶつかって倒れそうになっているのだから、何がなんだか分からないのは当たり前。
俺も最初はそうだった。けれど、ある人に魔法を教え込まれ、俺は今こうして立派な魔法使いになれたんだ。
(それじゃ、これで終わり)
次に唱えたのはこれまた初級魔法のアイスという氷魔法。頭上に巨大な氷の塊を出現させ、それを敵の頭に落とす。それを食らった巨人は、頭に食らったこともあってかその場フラフラし始める。
「私達に勝利をもたらす力、でしょうか」
俺はそれに追い打ちをかけるかのように、巨人の足元を凍らせて、足を滑らせて転倒させる。
するとあの巨人は二度と起き上がらなくなった。
(こんなものか。久しぶりに魔法を使うからどうなるかと思ってけど)
俺の実力はまだ衰えていなかったらしい。
「あ、あの巨人が一瞬で……」
「な、何が起きたんだ今」
全てが終わったのを察したのか、ノブナガさんと一緒にこの戦いを見ていた兵士たちが口々に感想を漏らす。俺は止めていた息を吐きながら、ノブナガさん達がいる方へ体を向けて一言こう言った。
「え、えっと、お、終わりました」
その瞬間、何故だか周りの兵士達から歓声が沸いた。
(そんなに歓声を上げるほどか?)
思わぬ反応に驚いているとノブナガさんが目を輝かしたまま俺のもとへやってきた。
「すごいですヒスイ様! 今のは何ですか一体」
「え、えっと、ちょっと説明すると長くなるんで、後で説明するって事でいいですか?」
「はい、勿論です。テストも当然合格ですし、是非我が軍の戦力になってください」
「あ、ありがとうございます」
余りの熱烈歓迎に、俺は少し戸惑いながらも彼女にお礼を言う。
こうしてテストに無事合格し、俺は晴れて織田軍の一員になることになった。別に望んでなったわけではないが、魔法が使える場ができて嬉しい。しかもそれが誰かの力になるというのなら尚更だ。
『魔法は自分の為に使うのではなく、誰かの為に使いなさい。そうすればきっと、あなたも立派な勇者のお供として成長できますから』
いつか師匠がくれた言葉を思い出す。異世界に来たばかりの頃の俺は、突然勇者のお供になる為に魔法を覚えろと言われ、かなり混乱してしまっていた。
そんな俺に師匠がかけてくれたこの言葉は、今でも忘れていない。それほど師匠の言葉は、俺に魔法の本質を教えてくれていた。
(またいつか会えないかな師匠)
そうすれば俺の成長した姿を見せる事ができるのにと思ってしまう。
「では、戻って歓迎会を開きましょう。ミツヒデ準備を」
「かしこまりました」
俺が師匠の事を思い出している間に、いつの間にか事が進んでいた。歓迎会だなんて大げさだなと思わず思いながらも、少しだけ嬉しかった。こんな自分の力でも、また誰かの為になって、誰かが喜んでくれるならこちらとしてもとてもありがたい事だ。
「さあヒスイ様、お部屋の準備を致しますので、中に戻りましょう」
「あ、はい」
あの時も誰かに喜んでくれることも多くて、それが力になったこともあった。そしてそれと同じ事が今新しい場所で起きている。それが運命なのかまでは分からないけど、きっと誰かが俺を必要としてくれたのだろう。だったら俺はその期待に応えたい。
「ノブナガさん」
「何ですか?」
「俺絶対に頑張りますから」
決意新たに、俺の新しい旅は始まりを迎える。
「期待していますよ、ヒスイ様」
「はい。絶対に後悔しないように活躍して見せます」
魔法使いが戦国時代を生き抜くという新しい物語が……。