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第136陣雨の中でただ一人

 あれから三日が経ってもノブナガさんは目を覚まさなかった。しかしまだ命は続いているらしく、俺はただ目を覚ますのを信じて見守る事しかできない。


(こんな時にヒデヨシは何をやっているんだよ……)


 ヒデヨシもこの三日間音沙汰もない。噂によればネネが探し回っているらしいが、それ以上の連絡はない。こんな時に限って俺達はバラバラになってしまった。


(ノブナガさんならこういう時どうするんだろう……)


 彼女の寝顔を見ながらそんな事を考えてしまう。ノブナガさんは今まで病気である姿を一切見せずにこの織田軍を引っ張ってきた。あまつさえ、余命が宣告されているのに俺を闇から救い出してくれた。


(本当に強いよこの人、俺なんかより全然)


 本人は俺の方が強いとか言っていたけど、こんなにも強い人を俺はこれまでの生涯、一人しか見たことがない。


(こんなに強い人だから、皆が付いてくるんだろうな)


 織田を引っ張れる素質が彼女にあったからこそ、今日この日があるのだと俺は思う。その強さと優しさを持っているから、俺も織田軍も強くなれた。


(それは俺達だけが思っている事じゃないんだよな。それを証拠に……)


 二ヶ月前にノブナガさんを助けようとここを離れた時の事を思い出す。イエヤスのところ以外にも色々な将軍達から話を聞いた。そこから不治の病を治す方法のヒントになるような話はなかったけど、その代わりにノブナガさんにまつわる色々な話を聞けた。戦場では敵ではあるけど、一人の人間とした見たとき、やはり彼女は敬意を払うべき人物なんだと。そんな人が病気で命が少ないと聞いたら、皆が皆多少ながらショックを受けていた。


「ノブナガさん、皆ノブナガさんが倒れたことをショック受けていました。俺達だけじゃなくて他の武将たちも。あなたは皆が尊敬している人物なんです。だからこんな所で本当はあなたに死んでほしくないんですよ。ましてや、こんな形で別れの言葉も言えないままなんて」


 俺はノブナガさんの手を取る。その手は少しだけ冷たかった。でもまだ命の灯は、その手からも感じられる。


「だからせめて、もう一度だけ目を覚ましてください。ヒデヨシもどこかへ行ってしまって、今俺はどうすればいいか分からないんです。だからお願いですから」


 手を握りながら俺は自然と涙を流す。この三日間一度も流れてこなかったものが、俺の頬をつたって床に落ちる。


「お願いですから、もう一度だけ目を覚ましてください……」


 そしてもう一度だけ俺にその声を……。


「ヒ……スイ?」


「え?」


 そう思った時、声が聞こえた。俺は慌ててノブナガさんの方に目を向けると、僅かながら目を開けているノブナガさんの姿があった。


「ノブナガさん!」


「ヒスイ……。私……」


「よかった、目を覚まして……」


「私……あなたに最後に伝えたい言葉があるから……少しだけ神様に時間をもらいました……」

「……え?」


「いいですか、ヒスイ……。この言葉を後でヒデヨシさんや皆さんにも伝えてください……。私の……最後の言葉を……」


 ■□■□■□

 雨が降っている。


 私の今の気持ちを表すように。


 周りには誰もいない、


 私は今一人ぼっち。


(私何やっているんだろ……)


 安土城から逃げるように飛び出してから二日。私は馬で二日間ずっと走り続けていた。けど雨が降ってきて、気づけば私はその足を止めていた。今この場所がどこなのか分からない。


(受け入れるつもりだったのに、また逃げ出して……。私って最低だな)


 ヒッシーはきっと怒っている。私があの場所から逃げ出してしまったことを。でも私は、すぐには戻れない。ずっと慕っていた人が亡くなる瞬間なんて見たくないからだ。こういう時看取るのが当然なのだけど、私はその場にいられるほど強くない。


(ごめんなさい、ノブナガ様、ヒッシー)


 私はもうあの場所に戻る事は……。


「私はちゃんと戻るべきだと思いますよ、お姉さま」


 そんな私の想いに答えるかのように久しぶりに聞いたような声が聞こえる。俯いたままの私は、顔を上げずにその声に返事をする。


「どうしてここにあんたがいるのよ、ネネ」


「お姉さまが心配で探してきたんですよ。このまま安土には帰るつもりはないんですか?」


「悪い?」


「悪いも何も、それは絶対に駄目な事だと思います。いくら辛いからと言って、逃げ出すなんてそんな事」


「別に私が何をしようと勝手でしょ! どうせもうすぐ、ノブナガ様もヒッシーも私の目の前から居なくなるんだから……。辛い思いをするくらいなら、私はずっとこの場所にいる」


「お姉様……」


「だからごめんねネネ。帰って」


 一人にしてほしいからネネを突き放す。雨が降っていることもあって、心がどんどん憂鬱になっていく。もう私は織田軍の人間でいる資格もない。大切な主の最後も看取れない人間なんて、あの場所には必要ない。


「私は帰りませんよお姉様。絶対に安土に戻ってもらいますから」


 突き放したはずなのに、ネネはまだそこにいる。いつも鬱陶しいと思っていた彼女が、今日は何倍も鬱陶しい。


「いくら言っても無駄だから。諦めた方がいいよ」


「それはお断りします。絶対にここから去りませんから」


 ああ、本当に鬱陶しい


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