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第121陣命尽きるその時まで

 大切な人に刃を向ける事に躊躇いがないかとないと言われれば、ある。


「ヒスイ様、まさかこんな形であなたと再び手合わせをすることになるとは思っていませんでした」


「ノブ……ナガ……サン」


 けどそこで躊躇ってしまったら、助けられる人も助けることができない


「あなたがこうなってしまった理由はあなたの師匠に聞いています。ですから、私はどんなあなたでも、受け入れて」


「ニゲ……テ……」


「必ずあなたを助け出して見せます」


 だからもう迷わない。私は彼の為に、桜木翡翠の為にこの刃を取ろう。


「行きますよ、桜木翡翠!」


 ■□■□■□

 これは私の中の私怨なのかは分からない。


 だけど彼女のせいで沢山の血が流れた。


「ノブナガがこの場所に来ると思っていたのですが、まさかあなたが出てくるとは思っていませんでした」


「私じゃ役不足?」


「いえ、舞台は十分に整っていますから。まずはあなたをこの手で殺して、彼を更なる闇で飲み込みます」


「そうはさせない!」


 彼女は絶対的な闇なのかもしれない。私じゃ到底歯が立たないのはとっくに理解している。それでも私は、いつまでも逃げている自分ではない。ヒッシーの為に、ノブナガ様の為に、この世界の為に、私は相棒のハンマーを手に取る。


「強がったところであなたの知っているヒスイはもう帰ってこないのに、皮肉なものですね」


「ヒッシーが帰ってこない? 何を言っているの」


「そのままの意味ですよ。仮に戻って来たとしても、もう彼は彼ではなくなります」


「何を馬鹿な事を」


 私はマルガーテに対してハンマーを振りかざす。だけどそれはあっさりと避けられてしまう。すかさず私は第二撃のモーションに入る。


「馬鹿で愚かなのはあなた達ですよ。いいですか、彼は……」


「え?」


 だけどマルガーテの放った次の一言に、私は思わず手を止めてしまう。


「やはり動揺しましたね。あなたの負けです」


 それを見逃さないと言わんばかりにマルガーテの手から強力な魔法が放たれ、直撃を受けた私は吹き飛ばされる。


(ノブナガ様、ヒッシー……)


 吹き飛ばされ、頭を強く打ってしまった私は、意識が朦朧となりながら、マルガーテを睨む。本当だったらもっと時間稼ぎをするつもりだった。だけど、たった一撃。たった一撃で私は……。


「ただの人間が私に挑むなんて百年早いんですよ。もし私に勝ちたいなら、それに値する力を手に入れる以外にありません」


(私何もできなかった……。ごめんなさい……)


 ■□■□■□

 あの時……。


 大切な人に手をかけてしまったあの時、俺の中で保っていた何かが全て崩れた。


「よかった……サッキー。目を……覚ましたんだね」


「サクラ……俺は…俺は……」


「いいの……。サッキーが……元に戻れたなら、私はそれでいいから……」


「よくない! サクラ、駄目だ死なないでくれ」


「死なないよ……。託すんだよ」


「託す?」


「サッキーってずっと教えてくれなかったけど、この世界にやって来たのって……」


 こんな俺が生きながらえるより、サクラみたいな英雄が長く生きた方がよかったのに、俺がまた生き続けることになってしまった、サクラを失うくらいなら、この命をまた失ってもいい。


「元の世界で命を落としたからなんでしょ?」


「どうしてそれを」


「折角の二度目の……命なんだから……大切にしないと。だから……私の……残った命を……託すね」


「サクラ、駄目だ! 死なないでくれ、サクラぁぁ!」


 全部忘れていたかった。サクラの事も、俺が彼女の命を奪ったことも。


 そして俺が既に死人であることも。


 あれから何年たっても当たり前のように生きていたから、気づけなかった。生きていることが当たり前になっていて、大切な事と一緒に全てを消し去っていた。


(なんて酷い男なんだ俺は……)


 サクラに託されていたものすらも忘れて、今日のこの日まで生きていた。そんな俺の中には今何も残っていない。


『残っていないなんて事はないですよ、ヒスイ様』


(……え?)


『私の大好きなあなたは空っぽな人間じゃありません!』


(ノブナガ……さん)


 こんな俺はどうやってこの先生きていけばいいんだ。


 ■□■□■□

 強い、私はそう直感した。元から私以上の力があったヒスイ様が、闇に飲まれたことによって更に力が増してしまっている。今のこの状況で、私が彼に勝てる確率は……。


「オレハ……カラッポなニンゲンだ……」


 戦いの最中、ヒスイ様から声が漏れそれが私の耳に届く。それは今まで聞いたことがない彼の痛みだった。


「オレハ……サクラも……ダレモ……マモレナカッタ……」


「そんな事はありません! ヒスイ様は何度も私達を助けてくれたじゃないですか!」


 それが本当に彼の言葉なのかは分からない。だけど私はそれを否定するように彼に向かって叫んだ。届かなくてもいい、少しでも彼に私の言葉が届くなら、精一杯叫んで彼に届けたい。


 私のこの想いを。


「たとえ闇に飲まれたって、どんな罪を犯してしまっていたって、ヒスイ様……いえ、ヒスイは私達の知っているヒスイなんですよ! それを否定しないでください」


「ノブナガ……サン?」


 一瞬だけヒスイの動きが止まる。私はその隙を見逃さず、すかさず一太刀、ヒスイから学んだ一撃を彼に与える。


「だから闇なんかに負けないで、私達に戻ってきてください、ヒスイ!」


 私の思いを込めた一撃が、彼の体に確実に刻み込まれた。


 もしこれで駄目なら……。


「ぐぁぁ……ああああ」


 もう私に戦う力は残っていない。でも彼が最後にでも私を思ってくれているなら、


「オワ……リダ……」


 私はそれを信じる。彼の中にある光を。


 この命が尽きるその時まで。


(ヒスイ……)


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