第98陣トラウマと発作
その事件は今からもう十年以上前の話になる。まだ俺も桜も幼い頃、桜はある事件に巻き込まれてしまう。
「放火魔?」
「ああ。あまりそっちでは流通していない言葉だと思うけど、ようは人の家を勝手に燃やして人の命を奪う最低な人間の事を言うんだ」
「じゃあヒナッチはもしかして……」
「そう。合ってしまったんだよ放火魔の被害に。そしてその事件は桜の家族の命だけを奪い、奇跡的に桜は生き残ってしまったんだよ」
まだ小さかった俺には、その事件の規模の大きさがどれくらいのものなのか理解できなかった。でも今思えばそれは、一人の人生を狂わす最大の事件だったのかもしれない。
「勿論犯人は捕まったし、刑もとっくに執行されている。けど、当の被害者には一生消えない傷になってしまったんだよ」
「それが今の……」
「そういう事。だからあいつには極力火を見せたくなかったんだけど、まさかそんな事が俺のいない間に起きているなんてな」
正直この事については俺も驚いた。今までそんな事も起きなかったのに、最近になってやたらと不幸なことばかりが起きている。やっぱりここもいつまでも平和じゃないって事か……。
「その為にもノブナガ様を早く見つけないとね」
「あ、ああ。そうだな」
ヒデヨシに改めてそう言われ、俺はさっきまで忘れていたことを再び思い出してしまう、
「どうしたのヒッシー、急に顔色悪くなっているけど」
「え? あ、これは……」
「もしかしち何かあったの?」
「いや、特にはなにも」
「なら、いいんだけどさ」
もしあれが本当なら、ノブナガさんが生きていることは絶望的かもしれない、そんな事ばかりが頭を巡っている。
(でも信じないと。きっとノブナガさんは無事だって)
俺は何度も不安にかられながらも、ヒデヨシと一緒に桜の看病を続けるのであった。
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桜が目を覚ましたのはその日の夜遅く。かなり落ち着きは取り戻したらしく、とりあえずお腹が空いたと遅めの夕食を取っていた。
「ごめんね翡翠、余計な心配をかけちゃって」
「心配するな。お前のこういう事は慣れてる。ただ、まさか俺がいない間にそんな事が起きているなんてな」
「あの時は平気だったんだけど、時間が経つと」
「思い出しちゃうのか。あの事を」
「うん……」
桜の事は今回だけが特別ってわけではなく、実は何度もこのように発作を起こしてしまっている。いわゆる炎というのは、彼女にとってはトラウマでもあり、発作を起こすキッカケになってしまうもの。
だから今までもらこういう事が起きないように気にかけてはいたんだけど、まさかこんな形で発作を起こすなんて予想外だった、
「こればかりは俺も仕方がない事だと思う。簡単には克服できるような事じゃないし、俺から何もしてあげられない事が悔しい」
「翡翠はそのままでいいの。ずっと私から離れてさえくれなければ」
「そうだな。それだけはこれからも変わらないと思うよ、きっと」
「ありがとう、翡翠」
とりあえず桜も無事意識を取り戻したと言う事で、俺は自分の部屋に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
「ん? どうかしたか?」
「こんな時しか相談できないんだけど、翡翠に聞いてほしい事があるの」
「聞いてほしい事?」
夜も遅いから手短にと言う事で、桜はある事を話し始めた。
「火の中にいた人影?」
「うん。私の見間違いでなければあそこに人がいた気がするの。しかもその影に私見覚えがあるの」
「それって?」
「あれは多分翡翠が言っていた、マルガーテって人だと思う」
「マルガーテ?」
「私もハッキリ見てないから分からないけど、もしかしたらそうなのかなって思って。それにもう一つ、それに関連した事なんだけど」
続いて桜が話した事は、ヒデヨシも聞いていた声の事だった。確かにあれはマルガーテと闇触と関係があるって俺も考えているけど、どうやら桜のはそういうのとは違う類のものらしい。
「助けろ? 声がそんな事言っていたのか?」
「うん。誰をとまでは言っていなかったけど、あれってよく考えると私に向けられている言葉じゃないような気がするの」
「つまり第三者が聞いていることを、たまたま桜の耳にも入ったって事か?」
「うん。何か言い方がそんな感じだったから」
「成る程なぁ」
そのマルガーテの話と桜が聞いたという声の話は、色々気になるけどとりあえず今日は寝る事にした。
「とりあえずその辺は、明日から考えるとして、おやすみ」
「うん、おやすみ」
桜の部屋を出て、自分の部屋へと戻ろうとする。だけどその途中でまたもや強烈な頭痛と今度は目眩にも襲われる。
「うっ……」
思わずその場に座り込んでしまう俺。とりあえず誰かに見られているって事はなさそうだから、一旦落ち着かせよう。
(この頭痛、記憶喪失の事とは関係なしって事なのか)
痛みが引いたのを見計らって、何とか歩き出す。
(もし関係がないとしたら、これは……)
自分の体に起きつつある異変に不安を覚え始めた俺は、今度こそ部屋へ戻って、少し遅い睡眠を取るのだった。