第96陣憧れの人
帰ってこないノブナガさんの影響で、織田軍の士気は著しく低かった。それは勿論俺もで、間をみては探しに行っていた。
(ノブナガさん……)
今もあの後何が起きたのか思い出せていない。気を失ってしまったからというのがあるかもしれないけど、でもそれ以上に何かを忘れているような。
「ヒッシー、入るよ」
これからの事を部屋で考えていると、ヒデヨシが部屋に入ってくる。彼女も心配で眠れていないのか、目をこすっている。
「大丈夫かヒデヨシ、あまり寝れていないんだろ」
「そういうヒッシーだってそうでしょ?」
「まあ、そうだけどな」
勿論それは俺達だけに言えることでもないのも、分かっている。皆彼女がいたから、こうして統率が取れていたわけで、それがいなくなったなんて事があれば、それも崩れてしまう。
「ノブナガ様、どこ行っちゃったんだろ」
「それは俺も分からないよ。でも絶対に生きているのは間違いない」
「そうだけど、私ノブナガ様がいたからこうしていられたのに、その人がいなくなると急に怖くなるの」
「それはやっぱり、ノブナガさんを一番に信頼していたからか?」
「うん。ノブナガ様みたいに強くなりたいって憧れが私の中にはあるの。それを支えとして、ここまで戦ってきたのに……私何もできないんだ」
よほど苦しいのか、ヒデヨシは徐々にその声を弱めていく。聞いたところによると、俺がいない間桜を慰めてくれていたのはヒデヨシらしく、桜自身も感謝していた。
「お前も本当は不安だったんだなヒデヨシ」
「うん……。ヒッシーが行方不明になってからずっと。私一人じゃこの城を守れるだけの力もなかったし、生贄なんて言葉聞かされたら更に不安になってて……」
「それでもお前は、桜を支えてくれていたんだ。感謝してるよ」
「いいの。ヒナッチは私の友達だから」
「そっか。ありがとうな」
正直な話桜の事に関しては一抹の不安があった。あの時一瞬だけ寒気がしたのもその影響なのかもしれない。
(俺には出来ない事だけれど、ヒデヨシなら出来るのかもな)
俺ですら触れることが出来ない彼女の闇。もしかしたらそれを拭えるのは、ヒデヨシなのかもしれない。
まあ今はその事は置いておくとして、
「とにかくノブナガさんを早く見つけないとな」
「そうだね。ヒッシーは心当たりがないの?」
「あるとしたら、あの里くらいしかないけれど、もう一度向かうわけにはいかないだろ」
「でも、そこにしかないんだよね?」
「多分な。何とかなればいいんだけど」
頼みの綱でもあるボクっ娘は既にイエヤスと、自分達の場所に帰ってしまっているし、ネネは当然連れて行けない。だとしたらどうすれば……。
「でもさヒッシー、こうして悩んでいるのも私達らしくないんじゃない?」
つい考え込んでしまう俺に、ヒデヨシがそんな事を言う。
「確かに……そうかもな。悩んでいるくらいなら、行動する。それが得策なんじゃないかな」
「だったら動こう。ノブナガ様を何としても私達で見つけないと」
「ああ」
何故かその言葉が俺の迷いを消すことになった。ただそれが、俺達らしいやり方だということは賛成だし、俺とヒデヨシは早速動き始めていた。ここに欠けている大切な人を探し出すため、俺達の新しい物語が幕を開けようとしている。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「あれ……ここは……」
目をさますと私は炎の中で眠っていた。あの老忍者との戦いで燃え盛る屋敷。そして私の目の前には、屋敷の出口の扉と、その扉の前で横たわるヒスイ様の姿がある。
「ヒスイ……様……起きてください。このままだと私達……」
呼びかけても返事がない。何かのはずみで気を失ってしまったのだろうか。だとしたらすぐに目を覚ますことが難しい。ここは私が何とかしないと。
「ヒスイ様、自分で火をつけたんですから、責任とってくださいよもう」
何とか体を起こし、彼と共に屋敷を出ようとする。だが最後の扉を開こうとした瞬間、ここまで何とか形を保ってきた屋敷が完全崩壊する。
(どうしてあと一歩なのに)
だけど次に私が考えたのは、せめて彼を先に逃がすことだった。私はギリギリのところで彼を屋敷の外から出す。ただし、私はもう間に合いそうにない。
「ノブ……ナガ……さん?」
実に嫌なタイミングでヒスイ様が目を覚ましてしまう。どうせならこのまま眠っていた方がよかったのに、何て彼は不運なんだろう。
「ヒスイ様……ごめんなさい」
彼の顔が完全に見えなくなる前に、私は彼に謝罪した。そしてほぼ同じタイミングで、屋敷は炎の海と化し私を飲み込んでいくのだった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
そこまでの記憶はハッキリしていた。あの時私は確実に死んだと思っていた。だけど何故か私は今生きている。目を覚ました場所はどこかの小屋だった。
(ここは……)
身体を起こして辺りを見回す。すると近くに誰かがいるのを発見する。
「あ、目を覚ましたんですね。よかった」
その人は何かの作業をしているらしく、私が目を覚ますのを確認するなり、再び作業に戻った。
「あの、あなたは? もしかして私を助けてくれたんですか?」
「はい。ヒスイの友達だと聞いておりましたので、助けさせてもらいました」
「え? ヒスイ様の事知っているんですか?」
「勿論。一緒に旅した仲間ですから」
「一緒に旅した仲間?」
それってもしかして……。