第91陣炎の中の影
作戦が始まってから少しして、私達はまず抜け道へとやって来た。そこは草の茂みの中を通るような細い道になっていて、ボクっ娘が言っていたように挟み撃ちなどをされたらひとたまりもない。
「いい? ここを抜けたらまずはどこかへ隠れて、それから祭壇を探すよ」
「安全に隠れられる場所はあるんですか?」
「一応抜け道を出てすぐのところに、ほとんど使われていない小屋があるから、そこを使うよ。ただ、安全性に関してはボクは保証できないよ」
「とりあえず抜けてから考える、そういう事ですわね」
「そういう事」
道を進みながら作戦を立てていく。一度入ってしまうと何が起きるか分からないので、それなりの覚悟は必要なのは皆分かっている。
だけど不安は隠せない。祭壇の場所も分からないし、ヒスイ様の無事も確認されていない。その中でたった三人で、ヒスイ様を救出できるのか心配だ。
「そろそろ出口だよ。皆準備はいい?」
ボクっ娘が私達に声をかける。少し進んだ先に、僅かではあるけど光が灯っているのを私も確認した。この出た先に、戦いが待っている。私は一度気を引き締めて、抜け道から出た。その先で私達を待っていたのは、一面に広がる自然。田畑もあるので、見た感じではどこかの農村だ。
「とりあえずまずはあの小屋に行こう」
全員が抜け道から出たのを確認して、ボクっ娘が私達を近くの小屋へと案内する。中は人の気配もなさそうだし、とりあえずここを第二の行動拠点として使えそうだ。
「久しぶりに来ましたけど、ここは本当変わっていませんわね」
一息つきながらネネさんが呟く。彼女にとって何年ぶりかの帰郷になるのだけれど、やはり懐かしみとかはあるのだろうか?
「ここは本当に何も変わってないよ。村のしきたりだって、何だって。それでもボクはここが好きだよ」
「私も……お父さんとお母さんの事がなければ、きっと嫌いにはならなかったです。でも、何で罪のない人が生贄にされなければならないのか、私には理解できませんわ」
「まあその点に関しては、ボクも同意だけどね」
二人の会話を黙って聞きながら、私は小窓から外の景色を見る。一見すると何ともない普通の里なのに、どうしてそんな事が行われなければならないのか、私も理解できなかった。
(ましてや、今度の被害者がこの世界の住人ですらない時点で、絶対変ですよ)
そもそもヒスイ様に何の罪があって、こんな目にあわされなければならないのか。疑問ばかりが頭の中に残る。
「それにしても、この小屋は他の誰かが使う可能性とかはないんですか?」
「もう長年使われてない建物だから、使う用途なんてないと思うよ。現にここには何も置いてないでしょ?」
「まあ、そうですけど」
それにしたって長い間ここに居座るのは難しい事。百年祭りが明日に迫る中、一刻も早くヒスイ様を見つけ出さないと。
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ミミやここに眠る魂達の為にも動こうと決めたはいいものの、全てが壁でできているのでどこかから出られそうにもなかった。
(この鎖も邪魔だし、なんとかしないと)
少し休んだおかげで体力は回復したので、天力を使用して鎖を断ち切る。これで手が自由に動かせるので、魔法も自由に使えるだろう。まあそれでも根本的な解決には至ってないけど。
『大丈夫?』
そんな俺を見てミミが声をかけてくる。
「まず外に出なきゃ意味ないけど、どうやって出ればいいんだろ」
『それなら、私一ヶ所だけ隠し扉があるの知っている』
「隠し扉?」
思ってもいない脱出への道が、ミミの案内によって見つかる。そこはこの祭壇の地下がそうであったように、この空間の隅に僅かな大きさだけど扉があった。留め具がついているが、それくらいなら魔法でなんとかなる。
なるほど、ここを通れば外に。
「って事は、ここでお別れだなミミ」
『うん。久しぶりに人と話せて嬉しかった』
「そっか。俺が全てを終わらせたら成仏しろよ」
『できるか分かんないけど、やってみる』
留め具が全て外れ、扉が開く。中はかなり暗いが、ちゃんと道にはなっているみたいだ。
「じゃあ、行ってくる」
『うん』
最後にそう会話を交わして、扉の中へ入る。
(さて、こんなふざけた事終わらせに行くか)
そして一歩ずつ歩き出すのであった。
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翡翠の救出にノブナガさん達が向かっている間、残された私とヒデヨシは、なんとなく寂しい夜を過ごしていた。
「時間的に明日がその日だけど、ヒッシー達大丈夫かな」
「大丈夫に決まっているでしょ。翡翠はそう簡単に死ぬ人間じゃないから」
「じゃが、あの里は危険な所であるのは事実なのじゃ」
私達二人の会話にイエヤスが入ってくる。
「そういえばその忍びの里は徳川家の傘下に入っているって聞いたけど、そこってどんなところなの?」
「妾も詳しくは知らぬが、かなり掟の厳しいところらしく、百年祭りというのにも色々噂が立っておる」
「噂?」
「あの里は祭りというのは表向きで、実は罪を犯したものへの粛正を行っているらしくてのう。百年に一度というのも、嘘という話じゃ」
「粛正ってつまり、もしかして人殺しとかしているの?」
「妾も詳しくは分からぬがのう」
話を聞いていくうちに私の中の不安が広がりを見せる。今からその目にヒスイが合おうとしているなんて、私には考えられなかった。
「ヒナッチ、どうしたの?」
「やっぱり私も行かなきゃ」
「駄目だよヒナッチ、私達は待ってないと」
「分かっているけど、でも……」
いてもたってもいられない私は、立ち上がって向かおうとした所で、誰かが部屋に入ってきた。
「伝令! ヒデヨシ様大変です」
「どうかした?」
「城下町の一角で火事が発生しました」
「火事? 消火に向かわないと」
「はい」
一人では人手不足だと思い、私達も一緒についていく。どうや規模はそんなに大きくないらしく、消火に時間はかからない。だけどその火事以上に、私はある事に気がついた。
(あれ? 中に誰かが……)
その炎の渦の中にあるはずのない人影が見えた。誰かが逃げ遅れたのかと思い、急いで私はそこに水をかける。だが炎が消えた先に、誰もいなかった。
「どうしたのヒナッチ」
「いや、今火の中に人が……」
もう一度見てみるけど、やはり誰もいない。気のせいだったのかな。
(何だったんだろ今の)