第55陣招かれざる客招かれて 前編
徳川家康がいる岡崎城への出発の朝。出発の準備をしていた俺の部屋に思わぬ来客があった。
「師匠、久しぶりだね」
「ぼ、ボクッ娘?! な、なんでお前がここに」
それは徳川の忍、ボクッ娘。一応彼女との再会も久しぶりではあるが、忘れてはいけないのは彼女は敵であり、この場所に本来居てはならない人物だ。
「もうつれないなぁ。久しぶりの再会なのに、酷いよ」
「お前は徳川の人間だろ? ここにいたらマズイだろ」
「別に、何にも問題ないよ? それにボクは招待しに来たんだから」
「招待?」
「イエヤス様のところへの招待だよ」
ーー十分後。
「どういうつもりなのか理解できませんが、いいでしょう。その招待に乗ってあげましょう」
「の、ノブナガさん?!」
「へえ、乗ってくれるんだ。ボクも以前とは違って敵だから、罠かもしれないんだよ?」
「罠でも結構。ここで拒否する理由はありません。ですよね? ヒスイ様」
どういう意図があるのかは知らないけど、ノブナガさんは何も心配いらないとばかりにこちらに頷いてきた。
「ノブナガさんがそこまで言うなら、俺はそれに従うだけですけど」
「じゃあ決まり。馬車の用意は手配済みだから、それに乗って向かおう」
ちょっと予想外の形で岡崎へ向かうことになってしまったが、果たしてこれでいいのか少し不安になる。
(明らかな罠だよな)
「ヒッシー、ノブナガ様、無事に帰ってくるよね?」
そんな不安を悟ってか、見送りに来た面々は全員不安そうだった。
「翡翠、やっぱりやめておいた方がいいんじゃ」
「心配するな桜。ノブナガ様がああ言った以上、俺達は信じるしかない」
「お姉さまを泣かすことがあったら許しませんわよ。それにこれは私からの忠告です」
そう言うとネネは誰にも聞こえない声で耳打ちをしてくる。
「あのボクッ娘は忍びとして一年前より遥かにかなり腕を上げていますわ。油断だけはしてはいけませんわよ」
「……分かった」
同じ忍びだから分かることがあるのか、ネネのアドバイスは意外にも真面目だった。俺も小さく頷きネネから離れる。
「そろそろ行くよ。イエヤス様を待たせてるし」
「ああ、今行く」
「行って来ます皆さん」
俺とノブナガさんは馬車に乗り、安土を出発する。
「本当に大丈夫、なんだろうな?」
「イエヤス様の名にかけてそこは約束するよ。ただしその先の事はボクは保証しないけど」
「その先の事?」
恐らく戦国同盟のことを指しているのだろうが、この話をしたのはつい先日のこと。なのに何ですでに情報が漏れているんだ?
(俺が戻って来たこともどうして……)
あまりの早すぎる情報戦に、俺は疑問を持つ。
(まさか誰かがこの情報を流しているのか?)
それはつまり織田家の中に裏切り者がいる事になる。疑ってはいけないと分かっていても、心の中にある疑問は消えない。
「どうかしましたか? ヒスイ様」
「いや、ちょっと思うことがありまして」
「思う事?」
「あとで……話します」
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
馬車旅の間は一応何も起きずに時間だけが過ぎていき、
「もうすぐ着くよ」
ボクッ娘のその声で目を覚ました俺は、馬車の外を見る。
「ようこそ岡崎城へ。ボクは一応歓迎するよ」
安土と同じように城下町がそこには広がっていた。ただ安土城より少し大きい印象だ。
(これとは別にもう一つ城を作っているのか)
「イエヤス様はすぐにお会いしたいらしいので、このまま城まで案内するね」
馬車を降りるとそのまま岡崎城の中へと入る。城内は安土城とそこまで大きく変わった印象はない。
「イエヤス様は天守閣で待ってるよ。ほら、来て」
感想とか色々言う前に、半ば強引に決められた道を歩かされる。
「向こうとしても敵を迎え入れえいますから、緊張はすごいんでしょうね」
ノブナガさんは小声でそんな事を漏らす。
「俺にはイエヤスの意図が分かりません。敵を招き入れるくらいだから何かしらの罠があってもおかしくありません。なのに、ここまで何も起きていません」
「そうですね。いざという時は武器を取れる準備だけはしておいてください」
「はい」
城内に入ってから五分ほど歩いたところで、ボクッ娘の足が止まる。
「ここだよ。この先にイエヤス様が待ってる」
立ち止まったのは城の中でも一番大きくて横に広い襖。
「この先が……」
「天守閣」
いかにもイエヤスがいそうな場所ではあるが、油断はできない。俺はノブナガさんに言われた通り太刀の柄に手を添えて、その襖が開かれるのを待った。
「イエヤス様、お二人をお連れしました」
「入れ」
中から返ってきた声はやはりイエヤスの声。ここまで聞いてようやく嘘でないことが確信できた。
イエヤスが襖の奥から姿を現すまでは。
「久しいのうノブナガ、ヒスイ」
天守閣で待ち受けていたのはイエヤスで間違いない。しかしその周りには銃……この時代では火縄銃を構えた徳川の兵が俺たち二人を歓迎していた。
「随分なご挨拶ですね、イエヤス」
「敵の総大将であるお主を、歓迎する訳がなかろう。特に魔法使いが帰ってきたとなれば別じゃ」
当然の対応といえば当然なのだが、少しだけ悔しい。
(火縄銃、本来なら織田信長が手にするものだったから油断していたが、まさか既にイエヤスが入手しているなんてな)
「さて、お主らは今日、我に何の用事があって訪れた?」