第53陣恋人初夜 後編
ノブナガさんの命がもう短い
そのあまりに残酷な現実を突きつけられた俺は、言葉が浮かんでこない。ましてやノブナガさんにそんな顔をされてしまっては、俺が彼女にしてあげられることなんて少ない。
「流石に驚きましたか?」
「驚いたなんてレベルじゃないですよ。だってノブナガさん、一年前までそんな様子は見られなかったのに」
「人間歳を取ればいつかは死はやって来ます。私がたまたま早かっただけなんですよ」
ノブナガさんはそう言うが、近距離のためその言葉の端々に鼻を啜る音が聞こえる。
「その、病気というのは治せないんですか?」
「私もドウザンさんに何度も尋ねましたが、今の私達にはその技術がないようです」
「技術がない......」
なら俺がと言い出したかったが、俺はその言葉を飲み込む。
一つ忘れてはいけないのは、俺は医者ではないこと。だから病気が治せる技術なんて持ち合わせていない。あくまで魔法でできることは、闇蝕のような魔法で解決できるもの。ノブナガさんの病気を治せるような便利なものではないのだ。
「織田軍はこれからどうするのですか?」
「これはあくまで予定ではあるのですが、ヒデヨシさんに託そうと考えています」
「ヒデヨシに?」
「彼女になら私の意志を継いでくれると思っています。そしてその隣にはヒスイ様、貴方がいてあげてください」
ノブナガさんはその言葉を最後に、俺に背中を向けた。彼女の後ろ姿を見ながら俺は考える。
(このままで大丈夫なのか? 俺は本当にノブナガさんを助けることはできないのか?)
その問いに答えは返ってこない。けどこのまま何もしないなんてできない。
(今度その、ドウザンっていう人を訪ねてみるか......)
そう心に決めて俺は目を閉じる。するとすぐに眠気がやって来た。
(明日から大変だなこれ)
色々と衝撃的なことがあった初日はこうして幕を閉じた。師匠を失い、ノブナガさんさえも失おうとしている中で、俺はこの先どうすればいいのか、その答えはまだ出そうにない。
■□■□■□
「あれ、どうしたのヒナッチ、こんな夜遅くに」
「そういうヒデヨシだって、酔いは醒めたの?」
「どちらかといえば醒ましに来た感じかな」
深夜。
一年ぶりにヒッシーに再会した喜びと、お酒が抜けなかった私は、少し夜風にあたろうと外に出るとヒナッチがすぐ側で空を眺めていた。
「もしかして眠れないの?」
「うん、少し」
「やっぱりヒッシーのことが気になる?」
「べ、別にそうじゃないよ。ただ......」
「ただ?」
「少しだけ寂しいなって......」
ヒナッチはそう言いながら、安土城の天守閣の方を見る。あそこにはノブナガ様が眠っている部屋がある。
「ヒナッチってやっぱりヒッシーの事好きだったの?」
「よく分からない。けど翡翠が別の誰かを好きになったって思うと、やっぱり少しだけ寂しいかな」
(ヒナッチも私と同じか......)
けど私は、彼女と違って二人がくっついた事が嬉しかったりもする。
(ノブナガ様ってそういう縁がないから、想い人ができたのはやっぱりちょっと嬉しい)
それが自分が好きだった相手でも。
「ねえヒデヨシ」
「ん―?」
「私この場所に居てもいいのかな?」
不意にヒナッチが不安そうにそんな言葉を漏らす。
「こんな世界で翡翠のように戦う力も大してないのに、世界に居続けるのがすごく不安。あの二人を見てると心が締め付けられるし、本当にここにいても大丈夫なのかなって」
それは常に戦いの中で生きてきた自分には、答えが出そうにない疑問だった。でも戦い抜きにして考えるなら、その答えは簡単だった。
「私はヒナッチにここに居てほしいかな」
「え?」
「私だけじゃない。ノブナガ様もヒッシーも同じだと思う。不安なのは分かるけど、誰もヒナッチに居てほしいって思ってるよ」
「どうして? 私この三日間何もしてないのに」
「そんなの関係ないよ。ヒナッチはもう充分仲間だよ。一緒にあの星空も見たんだから」
「ヒデヨシ......」
「だから何も不安がる必要はない。私達は仲間。居ていいとか居ない方がいいとかそういう話は無し!」
私はヒナッチを励ますように、背中を優しく叩いてあげる。
「......ありがとう、ヒデヨシ」
私の想いが伝わったかは分からないけど、ヒナッチの返事は少しだけ嬉しそうだった。
■□■□■□
一夜明けて。
「おはようございます、ヒスイ様」
「相変わらずノブナガさんは早起きですね......」
あわよくば早起きしてノブナガさんの寝顔を眺めようとしたが、ノブナガさんに起こされる形で迎えた二日目。
ノブナガさんは桜達が起きたのを確認すると、リキュウさん含めてヒデヨシ達をノブナガさんの部屋に集めた。
目的は昨日話した軍義を開くため。
「皆さん、朝早くに集めてすいません。しかしヒスイ様の昨日の話を聞いて、早急に対策を取りたいと思い、軍義を開かせてもらいました」
マルガーテがこの世界にまだいる以上、早急な対策をとる必要があるのでこの軍義は非常に重要なものになる。この場にいる全員もいつになく真剣な表情だった。
「ノブナガ様、昨日も言いましたがマルガーテの方もそうですが、徳川や武田といった敵勢力もなんとかしないと思います」
最初に発言したのはヒデヨシ。内容は昨日も言った通り、両方の対策をどう取るべきなのか。俺も考えてはみたものの、マルガーテの力は強大なのでそちらに戦力を割くことになる。
となると、別方面が手薄になってしまうのだが。
「それについては秘策があります」
「秘策?」
「敵を仲間に引き込むんです」
「敵を仲間に?」
「何ですかそれ」
全員が疑問を浮かべる中、ノブナガさんはこう宣言した。
「明日、私はヒスイ様を連れてイエヤスの元へ向かいます」
「徳川家に? どうしてですか?」
「同盟を組むんですよ」
「同盟?」
「私達では戦力が足りません。なので武田や上杉、徳川と言った方々に力を貸してもらい、共に戦うんです。名を戦国同盟。それで闇に立ち向かいましょう」
『戦国同盟?』
場にいる全員の声が重なる。誰もがこの時思ったであろう。
(色々と無理がある......)
「さりげなく俺巻き込んでいませんか?」
「勿論。ヒスイ様には交渉で頑張ってもらいますから」
「そんな技術持っていませんよ?!」
ノブナガさんが突然宣言した戦国同盟
不可能だと思われた同盟が、思わぬ形になっていくとはこの時誰一人として思っていなかった。




