第51陣恋人初夜 前編
「ヒスイ様!」
俺を見つけると真っ先に飛び付いてきたのはやはりノブナガさんだった。
「ちょ、ノブナガさん、あぶな」
俺は勢いのままに彼女に押し倒されてしまう。
「ヒスイ様! 本当にヒスイ様なんですよね?!」
「はい、ノブナガさん。ようやく......ようやく、帰ってきました」
「よかった、本当によかった......!」
涙を流しながら喜ぶノブナガさん。そんな彼女を見上げていると、軽蔑な目を向けている人達が二人。
「ねえこれどう思う、ヒナッチ」
「うぐぐ、悔しいけどこれはどう見ても......」
なにか俺の知らないところで二人は意気投合していたらしいが、無視をしよう。
閑話休題
「じゃあノアさんは」
「はい。確認はできませんでしたが、恐らくもう二度と会えないと思います」
一年越しの再会も程ほどにして、俺は三人にここまでの経緯を話した。
「ノアさんって、ヒッシーの師匠だった人だよね? どうして突然そんなことに?」
「それは......俺にもよく分からないんだ。師匠は何も話してくれなかったし」
その中で俺にも師匠と同じことが迫っていることは隠すことにした。本当のことを話せば絶対に混乱するだろうし、ノブナガさん達を悲しませたくない。
(折角の再会が、こんなことになるなんてな......)
「それでヒスイ様がここに来たのは、サクラさんを追いかけてきたのと、この世界でまた何かが起きようとしているから、ですよね」
「はい。確証を持ったことは言えませんが、間違いなくまた一年前のことが起きる可能性があります」
「ということは私達が戦うのって」
「ああ。魔王の娘マルガーテだ」
一年前に倒し損ねた因縁の相手。ミツヒデの事がある以上、もうこの世界も関係がないなんて言えない。
「それが私達が倒すべき敵、ですか」
「でもノブナガ様、最近領土を広げているタケダ軍とかトクガワ軍とか、そちらの処理もしないといけませんよ?」
「これからのことも含めて、軍議を一度開きましょう。こうして再会も果たせましたし」
「なら、まずは城に帰りましょう」
全員が立ち上がり、城の方へと歩きだす。その途中で桜が話しかけてきた。
「何か、翡翠も結構苦労してたんだね。ノブナガさんに色々教えてもらったけど、沢山戦って沢山傷ついて......私何も知らなかった。ごめんね」
「謝る必要はないよ。それより桜こそ、巻き込んで悪かったな」
「そっちこそ謝らないで。私少しだけ嬉しいんだよ?」
「嬉しい? なんで?」
疑問を浮かべる俺に、桜は少し先を歩いて振り返ると笑顔でこう答えた。
「だって翡翠、ほとんどの時間を異世界で過ごしているでしょ? だからやっと、同じ時間を長く過ごせるなって思うと、少し嬉しいの」
「......」
その彼女の言葉に俺はどう答えればいいか分からない。彼女はきっとこの先も二人でいられる時間が続くと思っている。
けどこの先に待っているのは......。
「どうしたの?」
「あ、いや、俺も嬉しいよ。だから必ず無事に日本に帰ろうな」
「うん!」
■□■□■□
安土城に戻ると改めてネネ達に歓迎され、桜も含めた六人でささやかな宴が開かれた。
「ほら、ヒッシーも呑んで」
「馬鹿、俺はまだ未成年だ」
「未成年? 何それ」
「そういう概念ないのか、この世界......」
宴といえばやはりお酒らしく、無理矢理飲ませようとするヒデヨシ。
「ヒスイ様、折角の宴なんですから、呑んでくださいよぉ」
それに悪ノリしてきたのは、意外にもノブナガさんだった。
「一年! 私達は貴方を待っていたんですよぉ? だからぁ、少しは私の言うこと聞いてください!」
「ノブナガさん、もしかして酔っています?」
「酔ってなんかぁいません」
普段のリキュウさんみたいな口調のノブナガさんに、俺は苦笑いを浮かべながらも、一人寂しそうにしている桜の席に向かう。
「こういう場所、苦手か?」
「苦手じゃないよ? ただまだ慣れていなくて」
「最初はそうだよな。突然こんな場所に連れてこられたら、誰だってそうなる」
「翡翠は慣れたの?」
「流石にな」
桜の隣に座ると、ノブナガさん達を眺めながら俺は桜のコップに飲み物を入れる。
「ノブナガさんかぁ」
コップの飲み物を口にしながら桜は呟く。
「ノブナガさんがどうかしたか?」
「翡翠、ノブナガさんのことが好きなんでしょ?」
「......まあな。ノブナガさんがさっき言っていた通り、告白もした」
それどころかプロポーズもしたわけだが。
「ノブナガさんすごく優しい人だよね。まだ数日しか一緒にいないけど、よく分かる」
「何だよ藪から棒に」
「翡翠、もしかしてさノブナガさんと結婚して、一緒にこのままこの世界で過ごそうとしてない?」
「なっ」
図星を突かれ動揺してしまう。
「やっぱり......ノブナガさんのさっきの反応を見て、本気で翡翠のこと待っていたみたいだし、翡翠もノブナガさんのことを好きなら離れる必要ないもんね」
「それは......」
「だからさっきの言葉は嘘なんだよね? 私と一緒に帰りたくないんだよね?」
「ちが、そうじゃなくてだな」
本当は帰れない理由が別にあるのだが、話すことを躊躇う。
「いいよ、無理しないで。翡翠の気持ちは分かっているから」
「桜......」
「その代わり、責任をもって私を地球に帰してね」
桜の言葉に、何も言えない。彼女を巻き込んだのは俺にも責任がある。けど約束ができない。
(それまでに俺の命はもってくれるのか?)
先行きが見えない未来に、俺は不安を隠し切れなかった。
■□■□■□
宴も終わり皆が眠りにつく中で、俺は一年ぶりのこの世界の夜でうまく眠りにつけなかった。
そんな夜に俺がふと訪ねたくなったのは......。
「あ、ヒスイ様」
ノブナガさんの部屋だった。
「すいませんノブナガさん、もう寝るところでした?」
「いえ、まだ眠れそうになかったのでヒスイ様が来てくれて助かりました。どうぞ、入ってください」
「お邪魔します」
俺は通されるがままノブナガさんの部屋に入るが、あることに気がつく。
(よく考えたら告白してから初めて二人きりの夜、か? しかもノブナガさんの部屋だなんて)
「どうかしましたか? ヒスイ様」
「あ、い、いや、何でもないです。ちょっとだけ緊張して」
「緊張って、今まで何度も私の部屋に来たことは」
そこまで言ってノブナガさんも気づいたのだろう。少しだけ頬を赤く染めた。
「す、少しだけお話ししましょうヒスイ様」
「は、はい」




