第49陣禁忌の力
「いったい何が起きたんだ?」
突然姿を消した桜。彼女が消える直前、勾玉を持っていたが......。
(あれってもしかして、ノブナガさんが失くしたって言ってた......)
なら彼女の行った先も検討もつく。俺は桜を追うためにあの世界を繋ぐもう一つの勾玉を探すことにしたのだが、
(何でこういう時に限って、見つからないんだよ)
二日経ってもその手がかりは零だっts。たった一つの手がかりと言えるのものなのに、それを見つけ出せずにもどかしい日々だけが過ぎていく。桜の事もそうなのだが、ノブナガさん達との約束もある。何としても見つけなければ……。
『全く。他に頼るべき仲間がいるのを、忘れていませんか?』
突然久しぶりに聞く声がどこからか聞こえてくる。この声は……。
「師匠?」
何度も助けてもらった俺の恩人でもあり、師匠でもあるノア師匠の声だった。でもどうして急に?
『大切な弟子がまた困っているみたいなので、助けに来ました、というのは建前上ですけど。ヒスイも何かを感じ取っているのではないですか』
「何かって……。もしかして桜の事ですか?」
『そのサクラという方は私は存じませんが、異変は起きてしまったのですね?』
「はい。実は……」
声は聞こえても、姿は見えない師匠に、ここまでの事と考えられるある可能性を話した。
『やはりそうでしたか』
全て話した後、何かを予知していたかのようにそう答えた師匠。もしかして向こうでも何かが起きているのだろうか?
『正直なところヒスイが言っていることに、確実性な答えは出せません。ですが、再び異変が起こってしまったのは間違いではないかもしれません』
「でも、あいつは死んだはずでは?」
『本来なら倒したはずなんですよ。私もそれを目視していますから。ただ……』
「ただ?」
『私達の想像以上に、魔族というのは強力な蘇生力を持っているかもしれません』
「強力な……蘇生力?」
師匠の話を聞いているうちに、頭が段々こんがらかってくる。でもあいつが生きていると仮定すれば、ここまでの事の辻妻が合ってしまう。
「じゃあやっぱりあいつは……」
『生きている可能性は非常に高いかもしれません』
それは再び訪れる、悪夢の始まりでもあった。
■□■□■□
それが事実だとしたら、このまま無視することなんてできないので、どうにか出来ないかと俺は尋ねてみた。
『その為に再びヒスイの前に現れたんですけどね。ただ、それをするならいくつか条件があります』
「条件?」
『まずはもう一度私達の世界へやって来る事。そのゲートは私が繋ぎますから』
「分かりました」
多少の遠回りになってしまうが、確実に向かえるなら少しだけ時間を使ってもいいと思う。
『次に二つ目、前回とは違って私は手助けに向かえません。今度はあなた自身で、最後の闇を払ってください』
「俺だけで、ですか」
『そんな不安がる必要なんてありませんよ。あなたには仲間がいるじゃないですか』
「でもノブナガさん達は……」
先の戦いで俺逹はミツヒデを失いという大きな事件にあってしまった。ノブナガさんにとっても、俺や皆にとっても大切な仲間を失うという事は、かなり辛いものだった。
それがもしもう一度起きてしまったら、と考えるとノブナガさん達に協力してもらう事は、気が引けてしまう。
『いいですか、ヒスイ。あなたが挑もうとしている相手は、一人で挑めるようなものではないんですよ? 逆にあなたが命を失ったら、皆が悲しんでしまいます。それでもいいのですか?』
「それは……」
『それも含めて三つ目の条件です。一年前のように過度な魔法を使いすぎると次何が起きるかわからないので、魔法の使用を禁止します』
「え?」
その条件は予想外だった。確かに一年前は魔法の使いすぎで倒れてしまったけど、今回は魔法を使わないで済みそうな相手ではない。そうだと師匠だって分かっているはずなのにどうして……。
『詳しい理由については、こちらの世界に来てから説明します。以上のことを踏まえた上で、明日世界をつなげますので、それまでに覚悟をしておいてください』
「あ、ちょっと、師匠」
色々聞きたいことがあったが、その前に師匠との会話が切れてしまった。彼女はどんな真意があって、今の三つの条件を出したのか、俺には分からない。
魔法でしか挑めない相手に、どうして魔法の使用を禁止にするのか、本当は答えて欲しかった。一体何を彼女は隠しているのだろうか?
(とりあえず明日を待つしかないよな)
師匠と話しているうちに、すっかり外は夜になってしまったので、明日の準備だけを整えて俺は早めに就寝する事にした。
一方その頃、
「ヒスイ、ごめんなさい」
翡翠との会話を切ったノアは一言そう謝罪を述べた。確かに魔法を一切使わないという条件は、かなり厳しい話だ。だけど彼には、魔法以上の力をあの世界で学んでいた。
仲間を失うのだって、簡単な出来事ではない。ましてや好きな人ですら失っている彼にとっては、もう誰かを失うのは嫌なはずだ。だから一人で挑みたいという彼の気持ちも理解できる。
(でもそうしないと、あなたは……)
大きなため息を吐いて空を見上げる。すっかり暗くなってしまった空には、綺麗な月だけが彼女を照らしていた。
■□■□■□
翌日、俺は約束の時間までに全てを済ませ、その時を待っていた。
(魔法は使うな、何て無理な話だよな……)
昨日の師匠の言葉を改めて思いかえす。俺は今まで魔法使いとして、二つの異世界で戦ってきた。その俺から魔法を取ってしまうということは、ただの人間に戻れという事を意味している。
ただの人間の状態で、今度こそ決着をつけるだなんて蟻が人に挑むくらい難しい話だ。
(それを受け止めろなんて、そんなの無理に決まっている)
何故師匠がそんな事を言い出したのか、あっちに行ったら改めて聞かないと。
『そろそろ時間ですよヒスイ。準備はできていますか?』
全ての準備が整ったところで、まるでタイミングを見計らったかのように、師匠の声が聞こえる。
「勿論準備万端です」
『ではあなたの部屋の扉と、こちらの世界を繋げましたので入ってください』
「はい」
手荷物を手にとって、部屋の扉に手をかける。またしばらくこちらの世界に戻ってくることはないけど、きっと大丈夫だよな。
「じゃあ行ってきます」
誰もいない部屋に最後にそう言って、俺は部屋の扉を開けた。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
戦国時代にやって来て迎えた初めての朝。昨晩聞こえた謎の声が気になって、なかなか寝つけなかった私は、眠い目をこすりながら朝食を取る為に部屋を出た。
「あ、もしかして君がヒッシーの幼馴染の人?」
部屋を出たところで背の小さい子に声をかけられる。彼女もここに住んでいる武将の一人だろうか?
「そうだけど。あなたは?」
「私は羽柴秀吉。これでもヒッシーとは結構仲良しだったんだ。よろしくね」
羽柴秀吉という事は、彼女はかの有名な豊臣秀吉らしい。風林火山で有名な本来の豊臣秀吉は違い、どちらかというと小動物みたいに可愛らしい印象を受ける。
「私は日向桜。知っての通り翡翠とは幼馴染なんだけど、もしかしてヒデヨシさんのいうヒッシーって、翡翠の事を言っているの?」
「そうだよ。その方が呼びやすくていいんだ」
「へえ、そうなんだ」
何をどう文字ったらそうなるのかは多少疑問だけど、本人がそう呼びやすいと感じているなら、何も言う必要はないかな。
「それでヒナッチはどうしてこの世界に来たの?」
「えっと、何か勾玉が突然光り出して、気がついたらここにいたんだけど、詳しい理由は分からないの」
「じゃあヒッシーと同じ感じなんだ」
「そうなの。ところで、そのヒナッチって私のあだ名?」
「うん。今考えたんだ」
今までそんな名前で呼ばれたことのない私は、どこからそんなあだ名が生まれてくるのか不思議に思う。というかヒナッチってそこはかとなくチャラい感じがするんだけど。
「これから大変だと思うけど、よろしくねヒナッチ」
「う、うん。よろしくねヒデヨシさん」
「さん付けしなくていいよ。皆呼び捨てで呼んているから」
「でも、初めて会ったし」
「ヒッシーも最初からさん付けしてなかったから、平気平気。私だって変なあだ名で呼んでいるんだし」
「変なあだ名って自覚はあったんだ」
そんな感じでヒデヨシさんと会話している間に、朝食を取るであろう場所へと到着する。
(有名な戦国武将だから、話しづらいと思っていたけど、どうやら大丈夫そう、かな)
昨日のノブナガさんといい、今のヒデヨシさんも気軽に話しやすい感じの人柄だった。翡翠から話は聞いていたけど、これならやって行けそうな気がする。
「お姉様〜、おはようございます」
朝から彼女に遭遇するまでは、の話だけど。
(もしかして、ここって百合の世界?)
そうだとしたら、とんでもない世界なんだけど。
■□■□■□
昼になってノブナガさんが城下町を案内してくれるということで、ヒデヨシさんも引き連れて城の外に出た。
「わぁ、すごい」
城下町に入ってまず私の目に入ったのは、いかにもその時代を感じさせるような、素晴らしい街並みだった。
(本当にタイムスリップしたみたいに感じるけど、あくまでここは異世界なのよね)
まさか自分が、戦国時代が主体と思われる異世界にやって来るなんて思ってもいなかったので、その感動は何倍にも増した。
「いいとこでしょ? 自慢の街なんだよ」
「うん。すごいよ。私こんな所来た事ないから、すごい新鮮」
「何度戦をしようと、この街並みだけは守ろうと思うんです」
しみじみに言う二人。確かにこの街並みは守るだけの価値がある。だけどそれよりも一つ気になることがあった。
「そういえば私も、戦に参加するべきなんですか?」
「勿論ですよ。私達が基礎からしっかりと教えてあげますから、サクラさんにも出来る限り参加してもらいます」
それはこの世界では当然の答えだった。私もその事は理解できていたのだけれど、いざその言葉を聞くと少しだけ怖くなる。
「心配しなくても大丈夫だよヒナッチ。ノブナガ様はすごく強いし、いざとなればヒッシーだって来てくれる。だから頑張ろう」
そんな私を見たヒデヨシさんに励まされる。
(そういえばノブナガさんはともかく、翡翠も戦ってきたんだっけ......)
今この場にいなくても、いつかは彼と一緒に戦う日が来るのかもしれない。その時私は、彼の力になれるのだろうか?
「さてと、その話はこの辺りにして行きますよ、サクラさん」
「は、はい」
ただしその答えは今は出そうになかった。
■□■□■□
再び師匠が住む異世界へとやってきた俺は、とりあえず師匠を見つけ出す。
「ちゃんと来てくれたのですね、ヒスイ」
「勿論ですよ。ノブナガさん達にまた会えることもできますし、それにちゃんとした理由を聞いていませんから」
「理由?」
「何で俺は今後魔法を使ってはいけないか、その理由ですよ」
どうしてもその条件だけ頷けない俺は、改めて師匠に尋ねる。何か隠し事をするような人じゃない彼女が、俺に何か大事な事を黙っている事がどうしても引っかかっていた。
「その理由については……とりあえず一度荷物を部屋に置いてきてください」
誤魔化すように話をそらす師匠。恐らく話す気はあるのだろうけど、どこか躊躇いを感じる。
とりあえず案内された部屋に荷物を置いた俺は、すぐに部屋を出る。本来ならもう少しゆっくりしてもいいのかもしれないけれど、時間が有り余っているわけでもないので、すぐに話を聞くことに決めた。
「どうしてヒスイは、そんなに理由に拘るのですか?」
「どうしても何も、師匠が隠し事をしているからじゃないですか。何で師匠が挑んでやっとの相手に対して、魔法を使わないで戦えだなんて無茶なことを言うんですか」
「それにはちゃんとした理由があるんです。けど、それをあなたに話すには少し早い気がするんです」
「少し早い? それはどういう……」
「ごめんなさいヒスイ」
理由を言及する前に、突然師匠が頭を下げて謝ってきた。そのあまりに突然すぎることに、俺は動揺を隠せない。
「い、いきなり謝らないでください。師匠は何も悪いことなんか……」
「本当ならもうあなたを巻き込まないで、今回の件は終わらせたかった。だけど奴らは勇者の仲間であるあなたに目をつけてしまった。私があなたに教えた魔法は……魔法は……」
そこで言葉を詰まらす師匠。俺が使っている魔法に何の意味があるんだ?
「あなたのその魔法は……なんですよ」
「え?」
今何て?
「あなたに教えた魔法、つまり私が使っているこの魔法は、本来この世界に存在してはならないものなんです。自分の身を削って強力な魔法を放つ禁忌の魔法、それがあなたに教えてしまった魔法なんです」
「禁忌の……魔法?」
この一見なんともない普通の魔法なのに?
「じゃあ一年前俺が倒れた本当の原因は……」
「あなたを治療して分かったんです。あなたが倒れたのは魔力切れが原因ではない。魔法自体が原因なんです」
「そんな馬鹿な……」
つまり俺がこれ以上この魔法を使ってしまったら、
「本当の意味で死を迎える事になるんです」
それは俺にとって、いや魔法使いにとって到底受け入れられない真実だった。
■□■□■□
思わぬ真実を知ってしまった俺は、改めてこの魔法を使うということの意味を考える。
(この魔法は強力な分、術者の命を削る。それを今後使うとなると……)
この前のように目を覚ますことができなくなってしまう。それはノブナガさんやヒデヨシ、桜や師匠達皆を悲しませる事になる。そんな魔法を俺は使えるのだろうか。
「師匠、俺は……」
使えない、という答えが普通だ。でも命をかけないと挑めない相手に俺は挑もうとしている。皆を守るために。だったら……。
「それでもこの魔法を、俺は使おうと思います」
「え? どうして……」
「一年前師匠も同じように守ろうとしてくれたじゃないですか。だったら俺も同じようにして守りたいんですよ。ノブナガさんもヒデヨシも、桜も師匠も。俺がこの魔法を使うのはその為なんだと思うんです」
「ヒスイ……お願いですから、無理だけはしないでください……。これ以上誰かを失うのは、私嫌なんです」
「分かっています。無理だけはしません。必ず生き抜く事を約束しますから。だから魔法を使うことを許してください」
迷いなんてなかった。俺はかつてこの世界で魔王を倒すために旅をし、その中で沢山の人を助けてきた。それが使命だとか、正義感とかそういう事じゃない。
ただ誰かを守りたい、ただそれだけの純粋な気持ちが俺を動かしていた。それは今だって変わりない。命を懸けて誰かを守れるなら、俺はその道を進む。かつて彼女が俺を守ってくれたように。
「分かりました。ヒスイがそこまで言うなら、許可をします。ただし、全てが終わったらもう一度その顔を私に見せてください」
「はい」
俺と師匠はそう約束して、いよいよノブナガさん達の元へ向かう準備を開始するのであった。
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それから半日が経った頃、全ての準備が整ったと連絡が入ったので荷物を全て持ってその場所へと向かった。
「いいですかヒスイ、このゲートをくぐったらノブナガさん達の世界にたどり着くまで決して立ち止まらないでください。世界を跨ぐ道はいつ何が起きてもおかしくはないので、入ったら駆け抜ける形でお願いします」
「分かりました」
やってきた部屋の真ん中には、大きな門みたいな形をした次元空間がある。あれを通ればいよいよノブナガさんと桜が待つ世界だ。
「無理だけはしないでくださいね。次は何が起こるか分からないですから」
「無理は絶対にしません。絶対に誰も悲しませたりしませんから」
「約束ですからね」
「はい」
最後に師匠とそう言葉を交わす。そして俺は異次元に足をかけた。
「じゃあ行ってきます、師匠」
「行ってらっしゃい、私の可愛い弟子」
そして俺は一気に駆け出した。
一年前の約束を果たすため。
桜を連れて帰るため。
そして全てを終わらすため。
俺はもう一度あの場所へ向かう為に、駆け出していった。
翡翠の姿が完全に見えなくなった後、部屋に一人残されたノアは一人涙を流していた。本来なら自分も向かいたかった。可愛い弟子を一人で向かわせるのなんて本当は嫌だった。だけどそうするしかなかった。何故なら……。
「ありがとうヒスイ、私は最後にその姿が見れて幸せでしたよ……」
私自身の命も、もう残り少ない。彼よりも何倍もこの魔法を使ってきた私の命は、間もなく尽きる。その前に可愛い弟子の顔を見れて、彼女は幸せを感じていた。
「ヒスイ……」
徐々に視界が霞み始める。この門を作るために魔法を使ったからなのかもしれない。だからせめて最後に一言だけ、彼に届いてくれれば……。
「大好きです……」




