第48陣再び繋がる世界
彼がいなくなって一年が経った。
「ノブナガ様、またこんな場所にいらっしゃったのですか?」
一年の月日は私にとって、すごい長いものに感じられた。彼がこの世界からいなくなってから、私の心にポッカリ穴が開いてしまったような日々が、ずっと続いている。それほど私にとって、いや私達にとって彼の存在は大きなものだった。
「少し考え事をしていて......」
この日もある場所でいつも一人で考え事していると、ヒデヨシさんに声をかけられる。
「いつもそうじゃないですか。皆心配していますよ?」
「分かっていますよ。私自身がしっかりしないといけない事だって」
たまに私はこうやって一人でどこかへ行ってしまい、ヒデヨシや他の皆を心配させてしまっている。
(本当は軍を統べる私がしっかりしないといけないのに、何をしているんでしょうか……)
「ヒッシーなら約束を破ったりしませんよ、絶対」
ヒデヨシさんが言っていることもよく分かる。彼は必ず約束を守ることは知っている。だからこそ、私は不安を覚えてしまう。
「ヒスイ様が信じられないわけじゃありません。ただ……不安なんです」
「不安? 何がですか?」
「……」
「ノブナガ様?」
「あ、えっと、すいません。皆さんが心配しているんですよね。今帰りますから」
「は、はい」
必ず戻ってくると約束したなら、私もそれに応えなければならない。たとえこの先、何が起きたとしても。
■□■□■□
一日、一日が過ぎていく内に私の心は靄が増すばかり。だけどそれとは御構いなしに、また一日、二日と時間だけが進む。だけどそんなある日の事。私の部屋に突然伝令が入ってきた。敵がまた攻めてきたのかと思い、話を聞くとどうやらそうではないらしい。
「女の子、ですか?」
「はい。安土城付近で倒れていたので保護しました」
一人の少女を助けた、それだけなら別におかしくはない話だと思って、最初は聞き流そうとした。日常茶飯事とまではいかないけど、そういう事は何度か起きていた。
「でもそれだけなら、わざわざ伝令で伝えなくてもいいと思うんですけど」
「それだけじゃないんですよ。実は」
だけどそれ以上に何かを伝えようとしている、とりあえず聞いてみることにする。
「その少女なんですが、一年前にいらっしゃったヒスイ様が所持していた服装などと、ほぼ同じ物を着ていらっしゃるんです」
「ヒスイ様と? それじゃあもしかして……」
「その少女も、私達の世界とは別の世界に住んでおられる方の可能性が高いです」
「ヒスイ様と同じ異世界から来た少女、ですか」
(もしかしてヒスイ様と何か関係があるのかも)
その子の事が気になった私は、客間の方で寝かしてあると聞いたので、早速向かってみることにした。
■□■□■□
(あれ……ここは?)
ずっと閉じていた目をようやく開くと、見たことのない天井が目の前に広がっていた。
(そういえば勾玉がいきなり光り出して、それから)
現状を掴め切れていない私は、ここまでの事を思い出した。
(確か私は勾玉を翡翠に渡したときに突然光り出して、思わず目を閉じたんだっけ......)
それで目を覚ましたら、こんな訳が分からないところに来てしまった、らしい。
「そういえばあの勾玉は?」
とりあえす体を起こしてみる。右手にはあの勾玉を持ったままだった。
「これって一体何なんだろう......」
勾玉を暫く眺めていると、部屋の襖が開く音がする。
「あなたが倒れていた方ですか?」
同時に一人の和服を着た女性が部屋に入ってきた。
「倒れていたって言われても、私記憶にないんだけど」
とりあえず答える。正直あれから今に至るまでの事はほとんど分からない。だからこっちが聞きたいところだ。
「そうでしたか。あら、その手に持っている物は……」
女性が私の手にある物を見ながら言う。
「その勾玉、どうしてあなたが持っているんですか?」
「どうしてって言われても、幼馴染の部屋に落ちていた物を拾っただけなんだけど」
「その幼馴染は今どこにいますか?」
「知らないわよ。むしろここがどこなのか分からないんだけど、教えてくれない?」
何か私が持っているのが変みたいな言い方されて少し納得がいかない。そもそもこの勾玉があったせいで、こんな知らないところにいるわけだし、彼女は何者なのだろうか?
「ここは私達の城、安土城です。そして私は織田信長です」
「オダ……ノブナガ?」
それってあの戦国武将で有名な? でも女性だったっけ? あれ、この話をどこかで聞いたような……。
「あ」
そういえばこのシチュエーションに遭遇した幼馴染が一人いた。勾玉の事を含めて考えると、もしかしてここって翡翠が言っていた……。
「どうかされましたか?」
「あの、もしかして桜木翡翠っていう人知っている? 私の幼馴染の名前なんだけど」
「え?! ヒスイ様を知っておられるのですか!」
急に織田信長に詰め寄られる私。この反応を見ると、やっぱりこの世界は……。
「今も言ったけど、翡翠は私の幼馴染なんだけど……」
翡翠が二ヶ月近くいたっていう異世界。
「ヒスイ様は今どこにいるんですか? もしかしてあなたと一緒に……」
「わ、分からないわよ。この勾玉が勝手にここに連れてきたんだから」
そして私は今、その世界に翡翠に代わって来てしまったらしい。
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「つまりこの勾玉が原因で、サクラさんはこちらの世界へ来てしまったのですね?」
「うん。ざっくり説明するとそんな感じ」
この目の前にいる織田信長が翡翠と顔見知りと分かった私は、ひとまず自己紹介を含めてここまでの事情を彼女に説明。流石は有名な武将というべきか、すぐに理解してくれた。
「という事はまた私達の世界と、あなた達の世界は繋がってしまったんですね。本来の形ではなく」
「本来の形?」
「ヒスイ様が私達の世界に来られた時も、実は第三者が意図的に起こした事だったんですよ。恐らくその時にもこの勾玉が使われたと考えられるんです」
「じゃあ今度は、その方法で私が来させられてしまったって事?」
「サクラさんを狙っての事なのかまでは定かではありませんが、何かしらの意図を私は感じます」
「なるほど」
何だか難しい話な気もするけど、とりあえず今言える事があるとすれば……。
「つまり私も誰かに狙われているって事?」
「そうとは言い切れませんが、その可能性も無きにしもあらずです」
そう考えると心がざわつく。今まで誰かに狙われるなんて経験をした事がない私にとって、現状をどう対応していけばいあのか分からない。翡翠も今どうなっているのかも分からない中で、唯一頼りになりそうなのはここなのかもしれない。
「じゃあ私はなるべくここから動かない方が」
「よさそうですね。ヒスイ様とお知り合いである以上、私達も全力で守らせてもらいますけど」
「そんな全力で守らせてもらうなんて、大袈裟な」
「大袈裟ではないんですよ。一年前、私達は似たような事件で仲間を一人失っているんです」
「え?」
そんなに重い話なのこれ? それを翡翠は経験してきたの?
「だから大袈裟かもしれませんけど、私達はそこまでの事をやろうと決めたんです。これ以上仲間を失わない為にも」
「ごめんなさい、私そんな気も知らないで」
「いいんですよ。それに私達の世界は、それ以外でも命を守らなければならない事は沢山ありますから」
「それ以外って?」
何となくノブナガさんが言おうとしていることは分かる。何せここは戦国時代を基礎として作られている世界(だと思う)。その他として考えられるのは、一つしかない。
「それは勿論、戦に決まっているじゃないです」
私の質問にノブナガさんは、何故か満面の笑みでそう答えたのであった。
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詳しい事などは明日から始める事になり、ノブナガさんは部屋から出て行った。ここをしばらくの自分の部屋として使っていいと言われたので、やる事もないので私は布団に戻り眠りにつくことにした。
「まさか自分も狙われる事になるなんて思わなかったなぁ」
翡翠からこの世界での事はある程度聞かせてもらっていた。でもその中で、先ほどのノブナガさんのような重い話はほとんどなかった。まさか私の知らない所で彼は、想像以上に辛い経験をしているなんて思いもしなかった。
(もしかして一個前の冒険の時も本当は……)
もう翡翠とは長い付き合いになるのに、未だに理解できてないところがある。彼は辛いことは抱え込んでしまうタイプであるがために、私の知っている倍以上は辛い事を経験している。
(話してくれたっていいのに)
だから私はいつもそう思っている。どうしてそこまでして、耐える必要があるのだろうか。私には到底理解できない。
(でも今なら、この世界でもっと翡翠の事知れたりするのかな)
そんな事を僅かに期待しながら、私はゆっくりと眠りについたのであった。
『……ナサイ……』
眠り始めて二時間後、突然頭の中に声が聞こえた。
「だ、誰?」
あまりの事に声を出すが、返ってくるのは静粛のみ。
「気のせい、かな?」
とりあえずもう一度眠りにつこうとする。だけど、一度目を覚ましたせいでなかなか眠れない。
ナサイ。
僅かに聞こえたその三つの単語ゆ思い出す。なさい、って何かをしろって意味だけど、果たして本当の意味はなんなのだろうか?
謎の声の言葉の意味を考えていると、次第と睡魔がやって来たので、それに再び身を任せて、私の初日はあっさり終わりを迎えたのであった。