第43陣勇気の言葉
「師匠、俺……」
俺はその光景を見て、先程のことをすっかり忘れて知らぬ間に涙を流していた。
「男のくせに泣いている場合ですか、ヒスイ。あなたには助けるべき人がそこにいるんでしょ?」
「はい。闇触にやられた女の子一人を、俺は今助けています」
「それでいいんです。マルガーテは私が止めておきますから、ヒスイはそちらに専念してください」
「は、はい!」
急いでヒデヨシの所へと戻る途中、リキュウさんには大丈夫だと声をかけた。そして視界の端に微かに見えたノブナガさんには、
「ノブナガさん、ここは大丈夫です! だから城に戻っていてください」
「でも私……」
「いいからお願いします!」
そう伝えヒデヨシの元へと戻る。少しずつではあるが闇触は消え始めている。これならもしかしたら、治せるかもしれない。
(いや、かもじゃない。治せるんだ俺なら)
自分にそう言い聞かせ、俺はヒデヨシの治療に再度取り組むのであった。
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ヒスイが治療を始めてすぐ、ノアルとマルガーテの戦いは繰り広げられようとしてした。
「自分の親を殺された逆恨みで、ここまでするとは思いませんでしたよマルガーテ」
「恨みがあるからこそ、私は世界の全てを手に入れたいんですよ。父が果たせなかった世界征服は、私が果たすべきなんです。下劣な人間どもは、私が支配する世界の中で生き続ければいい。それだけの話」
「そんなのはあなたのエゴに過ぎません」
他の人の安全を考慮して外へ出た二人。本来なら交わるはずのない二人だが、実は因縁の戦いでもあった。
「闇を纏いし剣よ」
闇の魔法を使いしもの。
「光を纏いし剣よ」
光の魔法を使いしもの。
『いでよ!』
ヒスイが魔法使いになる前から既に行われていた二人の戦い。
「今日こそここであなたを倒させてもらいますよマルガーテ」
「あなたにつけられたこの傷が疼くのも今日が最後にさせてもらいます。ノアル、あなたを倒して!」
そしてその決着が、二人にとっては別の世界となるこの場所でつく。
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ヒデヨシの治療を続けながらも俺は、師匠の事が気になって仕方がなかった。何故あのタイミングで彼女がここに現れたのか、謎だけが残る。
(そういえば師匠、マルガーテと因縁があるとか言ってたような……)
少しだけ耳にしたことがあるのだが、どうやら師匠の故郷が彼女によって滅ぼされたとか。あくまで噂ではあるのだけれど。
(って、集中しないと)
残された時間も多くはない。早くヒデヨシを……。
「あれ……」
「ヒスイ様?」
急に力が入らなく……。
「大丈夫ですか、ヒスイ様!」
倒れそうになった間一髪のところでノブナガさんが支えてくれた。
「ノブナガさん、帰ったんじゃ……」
「そろそろ交代の時間でもあったので、リキュウさんに帰ってもらったんです。それよりヒスイ様こそ大丈夫なんですか?」
「大丈夫です……。少し目眩しただけなんで」
「リキュウさんから聞きましたよ。全く休んでないらしいじゃないですか」
「休んでいる時間がないと思ったんです。だから少しくらい無理しても……」
再び体を動かそうとするが、なかなか力が入らない。
(ここにきて魔力が......)
魔力を補充できない世界で散々魔法を使ってきたツケが今さらやってくるなんて、神様は何て残酷なのだろうか。
「ヒスイ様!」
「やらなきゃ……。やらないと……」
ヒデヨシが……。
『サッキー』
意識が朦朧とする中でサクラの声がする。
『頑張って』
今まで何度も俺を励ましてくれたその言葉。
『サッキーには仲間がいるんだから、大丈夫。だから信じて』
どんなに窮地でも力をくれたその言葉。
『私も付いているから、頑張って! サッキー』
俺はサクラが一緒なら......。
「まだ……やれる」
なんだって乗り越えられる。
『サッキーならやれるよ、絶対!』
彼女が与えてくれた勇気の言葉は今になっても俺を突き動かしてくれるのだった。
「ヒスイ様、これ以上無理したら……」
ノブナガさんが心配そうに声をかけてくれる。
「ノブナガさんがいるから大丈夫です。できれば体を支えてくれませんか?」
「……はい!」
俺はノブナガさんに支えられながらヒデヨシと今一度向き合う。
「もうひと踏ん張りだ、頑張れよヒデヨシ」
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そしてそれから更に一時間後。
「これで……終わった」
ヒデヨシの体からは闇触は完全に消え失せた。俺の魔力はもう残っていない。
「ヒスイ様、お疲れ様です」
「ありがとうございます……。でもまだ、ノアル師匠が」
「その心配はいりませんよ、ヒスイ」
「え?」
首だけ動かして声が聞こえた場所を見る。そこには傷はつきながらも、しっかりと立っている師匠の姿があった。
「師匠、よかった。マルガーテを倒したんですね」
「はい。何とか」
その言葉を聞いて俺は一安心した。
これで、これで戦いは終わったんだ。
「よかっ……た」
俺はノブナガさんに支えられたまま、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして戦いが終わって三日後。
「それじゃあヒスイ様は……」
「はい。残念ですけど」
「何とかならないんですか? このまま終わりなんて、私にはできません」
「ノブナガさんの気持ちは分かりますが、もうどうにもならない所まで来ています」
俺は未だに意識を取り戻せずにいた。
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「ヒスイはそもそもこの世界に来てから、かなりの負担を体にかけていました。本来なら魔法なんて使えるはずのないこの世界で、体内に宿る魔力だけで戦い続けるなんてあり得ない話なんです」
ヒスイ様の師匠、ノアルさんから事情を一通り聞いた私は、ただただ言葉を失うばかりだった。
「ヒスイ様はそれを分かっていて?」
「ハッキリとは言い切れませんが、恐らくヒスイは分かっていたのかもしれません。いつかはこうなるって」
彼は私達とは違う不思議な力を持っているのは皆が知っている。けど、そも力がどういう影響をもたらすのかは知らなかった。
(だから私は彼が無理をしていることさえも気づけずに......)
「ノブナガさん、でしたっけ?」
「はい」
「私からひとつ頼みがあります」
ノアルさんは私に向き合ってこう告げる。
『ヒスイの命は、もう限られてきています。だから彼を元の世界へと帰してあげてほしいんです』
彼が元の世界に帰る。
それは彼の魔法という力に、今まで何度も助けられてきた私達に、いやこの織田軍にとってあまりに大きすぎるものだった。
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「そんな……ヒッシーが私の為に……」
先に目を覚ましたヒデヨシさんに、そこまでの事情を話すとショックを隠せない様子だった。
「ヒデヨシさん、悲観しているだけじゃだめですよ。彼の意識が戻るのを信じて待ちましょう」
そんな彼女に私は、励ましの言葉をかける以外何もできない。今は彼が目を覚ますのを待つしかないし、その先のことは本人と話して決めなければならない。
「でも……ヒッシーずっと無理していたし……。ミツヒデさんの時だって、怪我を負っていますよ。もしものことがあったら......」
「だからって諦めるんですか? どんな危ない時だって彼はちゃんと目を覚ましてくれたじゃないですか。だから今回だってきっと」
「そんなに心配なさらなくてと大丈夫ですよ、二人共」
更にマイナス思考になるヒデヨシさんに、ノアルさんが言葉をかけてくれる。私もヒデヨシさんと同じように不安に何度も陥入りそうになったけど、彼女がかけてくれた言葉は何度も私の力になってくれた。
「あなたはヒッシーの師匠の……」
「ノアルです。ヒスイがようやく目を覚ましたので、お二人を呼びに来ました」
『本当ですか?!』
「はい。他の方も既にお呼びしたので、来てください」
ヒスイ様がやっと目を覚ました。その言葉を聞いた私は心から喜んだ。だけど、それと同時に、
『ヒスイの命は、もう限られてきています。だから彼を元の世界へと帰してあげてほしいんです』
別れが少しずつ近づいているという現実に、私は悲しくてたまらなかった。
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どれだけ俺は暗い闇の中にいたのだろうか。ヒデヨシを助けて、マルガーテも倒して一安心した後、何かの糸が切れたかのように俺は意識を失った。
それから俺はどれくらい眠っていたのだろうか。
「ヒスイ様!」
「ヒッシー!」
いつの間にか目を覚ましていたヒデヨシと、最後まで俺を支えてくれたノブナガさんの姿をもう一度見たら、そんな事どうでもよくなっていた。
「ネネもリキュウさんも……。俺の事を心配してくれていたんですね」
二人だけでなくネネもリキュウさんもここに駆けつけてくれていた。
「当たり前じゃないですかぁ。あんないい場面で帰ったことを正直後悔しているくらいですからぁ」
「お姉様が助かって、あんたがいないなんてなったら、お姉様が悲しむのでさっさと目を覚まして欲しかっただけですよ」
「ははっ」
相変わらずネネはヒデヨシ一筋だけど心配してくれていただけでも嬉しかった。だからなのかもしれない、すぐにこんな言葉が出てきたのは。
「ありがとう」
今までなかなか言えなかった言葉が、今ようやく言えた。本当はもっと感謝しなきゃいけない事が沢山あるをだけどな。
「ヒスイ」
そして少しした後に、ノアル師匠が俺の名前を呼ぶ。未だに何故彼女がここにいるのかは謎のままだけど、またこうして再会できただけでもすごく嬉しかった。
「師匠、俺なんとか帰ってこれました」
「おかえりなさい」
こうしてミツヒデの死から始まった一連の事件は終結したのだった。




