第41陣敗走の跡
魔王の娘 マルガーテ
彼女はその名に馳せないほどの実力を持っていた。
「ヒデヨシ、下がれ!」
「っ、ありがとうヒッシー」
それは俺とヒデヨシがたとえ二人で挑んでも敵わないほどの圧倒的力。
「弱いですね」
マルガーテが呟く。悔しいが今の俺達の力だけじゃ届かない。
(魔王軍とこんなに力の差があったのか……?!)
唇を噛んだところから血が滲む。かつて魔王軍と戦ったときはサクラや沢山の仲間がいたからだ。けど今こうして一人になって、改めて自分の実力を思い知る。
「やはりお仲間がいなければ、ただの魔法使いにすぎませんね」
「あまり舐めたこと言うと痛い目見るぞ」
「その強がりも意味がないことだと分かるべきでは」
強がりなのは分かっている。もう彼女に対して打つ手がないのも分かっている。
それでも、
「ミツヒデが受けた痛みをお前に返さないと、何の意味もない!」
「ヒッシー……」
「ヒスイ、様……」
俺の言葉にヒデヨシ、そしてミツヒデを抱きかかえているノブナガさんが反応してくれる。彼女達も同じ気持ちだ。
「諦めの悪さも飽きました。そろそろ終わりにしましょう」
マルガーテはそう言うと、自分の頭上に闇の球体を出現させた。
「ダークスフィア」
「っ、まずい。ヒデヨシ、ノブナガさんを」
場を覆いつくせるほどの大きさのあるそれは、俺やヒデヨシが止める間もなく投げ放たれ、そして爆ぜた。
(この技、は……)
かつての魔王も同じ技を使っていた。絶望的な大きさの球体を地面に投げつけ、辺り一帯を一瞬にして焼け野原にしてしまう最大魔法の一つ。この魔法に対応するすべを俺は持っておらず、唯一対抗できるのは勇者一人だった。
(ノブナガさん、ヒデヨシ……)
全身を焼き尽くされるような痛みに意識を持っていかれながら、二人のことを思う。最後の一瞬、二人を護れるように障壁を張ったが、それが役に立つかは分からない。
(二人だけでも無事ならそれで……)
薄れゆく意識の中で、俺は二人の無事をただ願うことしかできなかった。
■□■□■□
「ふぅ、これで目的も完了ですね」
すべてが終わった後、手を払ったマルガーテという女性はその場を去ろうとする。私は何とか保てた意識の中で、彼女の前に立つ。
「待ち……なさい!」
「あなたは確かに織田信長でしたね。まだ戦える力が残っているとは」
「ヒスイ様、が守てくれたんです。だから、この力でミツヒデの、仇を」
フラフラになりながらも、震える手で武器を持ち彼女に向ける。しかしマルガーテは無視して私の横を平然と歩いて行った。
「ど、どこに行くんですか? 私はまだ」
「その体で戦えるとでも?」
「戦えます! 刺し違えてでも私はあなたを」
「勘違いしないほうがいいですよ? あなた程度では刺し違えることすらできない。ましてやそのような体では」
「ぐっ」
何も言い返せない。私が戦わないといけないのに、体は震えまともに武器を手に持てない。その中で、私が彼女と刺し違えるなんてできる事は......できない。
「今日のところは見逃してあげます。しかし次会ったときは今日のようにはいかないと覚えておいてください」
そう言い残すとマルガーテはその場から消える。残された私は、近くで倒れているヒスイ様、ヒデヨシさん、そしてミツヒデの亡骸を運んだ。
その最中、
「ノブナガ、さん......」
「ヒスイ様、意識が」
「すいません、俺、何もできなくて」
意識が戻ったのかヒスイ様に謝られてしまった。多分ミツヒデのことを言ってくれたのだと思うけど、彼が謝る必要はどこきもなかった。
「謝らないでください。私も実力不足だったんですから」
「ノブナガさん......」
今回の戦いで私は痛感させられた。私はまだまだ実力不足ということを。誰かを守るにはまだ力が足りないことを。
(ミツヒデ、私はあなたとの約束、守れないかもしれません)
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マルガーテとの戦いに破れミツヒデも失い、戦いの疲れからか俺は長い間眠っていた。
(俺なら魔王軍とまともに渡り合えるって思っていた。それがただの思い上がり、俺はやっぱりサクラ達に助けられていたんだ。だから......)
力がなかった俺はマルガーテに負け、大切な仲間を守れなかった。
魔法を使えるからって、いい気になっていたけど守れるはずのものも守れない。
何が誰かを守るための力だ。
何が魔法使いだ。
『それは違うよ、サッキー』
どこからかサクラの声がする。何が違うんだよサクラ。
『サッキーはこれまで沢山の人を守ってきた。それだけでも充分だよ。それはこれからもできる。だから諦めないで』
これからも? 俺はこれからも誰かを守れるのか? こんな俺が?
「……」
長い夢から目が覚めた。久しぶりに見たノブナガさんの部屋。視界の片隅にはノブナガさんが俺を見ている。
「ヒスイ様、よかった目を覚ましてくれたんですね」
そして目を覚ました俺に気づき、安堵した表情を浮かべながら声をかけてくれる。
「ノブナガさんも、無事でよかったです」
俺も辛うじて出る声で、それに答えた。
「ヒスイ様のおかげです。貴方が私達を守ってくれたから」
「守っただなんて......そんな。俺に力がなかったからミツヒデは」
そこまで言って俺は言葉を止める。
「ノブナガさん、その、目......」
「こ、これは、その......」
かなり泣いたのか、ノブナガさんの目は真っ赤になっていたからだ。
多分誰よりもミツヒデの死を悲しんでいる彼女が、まだ傷が残る身体を一生懸命に動かして看病してくれている。
自分の感情を押し殺してまでも彼女は強くあろうとしている。
「ノブナガさん......我慢しないでください。俺をもっと頼ってください」
そんな彼女が少しでも甘えられる人間でいたい、俺は今の彼女を見てそう思った。
「ヒスイ……様?」
「もし俺が目を覚ましたから無理矢理泣き止んだのなら、もっと泣いてくださいノブナガさん。ここでなら誰も見てませんから。それに俺も……」
俺はボロボロの身体で彼女を抱き締める。
「こんな身体で頼れって言っても説得力はないかもしれないですけど......」
「泣きたい……ですけど……もう泣けないんです。もう一人で何度も何度も泣きましたから。だから……」
そう言いながらノブナガさんはそっと俺に体を預けてくれた。俺は痛む身体を何とか我慢しながら、それを受け止める。
「だからせめて、今だけは……ヒスイ様の側でずっとこのままでいさせてください」
(これくらいしても......怒られないよな......)
マルガーテに敗れミツヒデを失ったこの日、俺は初めてノブナガさんを助けたような気がした。




