第32陣 彼女の結末
徳川との闘いから二日後。俺はようやく長い眠りから覚めた。よほど疲れていたのか、かなりぐっすりと眠っていたらしい。
「もう、ヒッシーは無茶するんだから」
「無茶なんかしてないぞ俺は。こういう状況は慣れっこだしな」
「慣れてる割りには、すぐに眠ってしまいましたけどね」
「もうからかうのはやめてくださいよノブナガさん」
一泊二日の休暇も終わり、またいつもの日々に戻った。とは言っても、敵襲とかはない限り鍛錬しながら普通に話をしている。その中で、ノブナガさんは一つ不思議な質問をしてきた。
「そういえばヒスイ様って、現在好きな人はおられないのですか?」
「ど、どうしていきなりそんな事を聞くんですか?」
「以前ヒスイ様の異世界の話を聞いた時、まるでその方が好きみたいな話し方をしていましたから」
確かにそんな話をノブナガはしたけど誰が好きとか嫌いとかそんな話まではしてなかった(むしろ、ノブナガさんは途中で寝てしまっている)。
それだというのに、なんで女性というのは、こう勘がいいのだろうか?
(でもノブナガさんが言うその方って、もう教えたはずなんだけど)
「俺って、そんな話し方していましたか?」
「はい。とても分かりやすかったです」
「なになに、ヒッシー好きな人いるの?」
「いや、そうじゃなくて。それにノブナガさん、その方の事って、その話をする前にどうなったか話しませんでしたか?」
「そうでしたか? そんなにハッキリとは聞いてないんですけど」
「言われてみれば……」
思い返せばあの時は感情的になり過ぎて、誰の事なのか、とかそんな話はしなかった。なるべく思い出したくなかった事なので、無意識で彼女の事は避ていたのかもしれない。
「俺が好きな人は……いました。けど、もう会えないんです」
「会えないって、もしかしてヒスイ様があの時言っていた……」
「そうです。俺の好きな人は、俺を庇って死んでいきました。自分の気持ちを伝えられないまま」
「そんな……」
「本当に最後の最後で詰めが甘いんですよ俺は。守ると決めたのに最後に命を張って守られて、自分の想いも伝えられなくて」
そしてそれを今になっても引きずっていて。自分とはさても情けない事くらいは自覚している。
「だから決めたんです。誰かを傷つけたり失ったりするくらないなら、誰かを好きになるのはもうやめようって。ヒデヨシの求婚を断ったのは、それが理由の一つでもあるんです」
「ヒッシー……」
「この前イエヤスと戦った時も俺は思ったんです。どんなに魔法っていう強力な力があっても、肝心の俺が強くなければ誰も守れない。イエヤスに言われてしまうくらいなんですから、俺はまだまだ弱いんですよきっと」
だからまた誰かを失いそうで怖い。
だから好きになれない。
俺は全然強くなんてなれていないんだって。
「でしたらヒスイ様、私から一つ提案します」
そんな俺の話を聞いたノブナガさんは、口を開くなりこんな事を言ってきた。
「提案?」
「こんな事を言うのはどうかと思いますけど、ここの城の者は皆女性ですから、その、誰かと仮のお付き合いをしてみてはいかがですか?」
それは俺の想像を越えた提案だった。
「いや、だから誰かを好きにはなれないって……」
「だから仮なんですよ。どうせ私達はいつ死ぬか分からない身ですから、その来たる日まで側にいて、そして守り続ける。そうすればいつしか、トラウマだって消えているはずです」
「でも……」
何か急にラブコメ展開になっているけど、ちょっとその設定はキツイ気がする。
(ここは過去の世界。誰がどういう結末を迎えるか、ある程度把握しているんだよな……)
それまで守り続けながら付き合い、そして最後を迎えるまで一緒にいる。そんな事をしたら、余計にトラウマが生まれる気がする。
(結局は死ぬわけだから、トラウマを克服する手立てにすらならないよな)
その条件でトラウマを消す方法があるとしたら二つ。
歴史を変える、もしくは死の直前までに帰る方法を見つけること。
どちらも可能性は極めて薄い。前者なんて、まずあり得ない。
(やっぱり無理だよな、そんなの)
「うーん、ノブナガさん。それはちょっと無理が……」
どう考えても無理だと踏んだ俺は、却下しようとしたが、次の瞬間。
「あ、あれ」
俺の意識が突然途切れた。まるで俺はこの世界から拒絶され、強制的に眠らされた、そんな感じだった。
「ひ、ヒスイ様?!」
「ヒッシー!」
ノブナガさんとヒデヨシが叫んだ気がする。だが俺の耳にその声は届かなかった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「うっ、何だったんだ今のは……」
それからしばらくして、途切れた意識を俺は取り戻したのだが、そこは見たこともない場所だった。
「ここは?」
先ほどまでとはいた場所とは全く違う、一言で言うなら宇宙空間みたいな場所。俺はそのど真ん中にいるのだが、何が起きたのかサッパリ分からなかった。
『ようやく……ようやく繋がった』
「え?」
どこからか声が聞こえる。俺はその声にどこか懐かしいものを感じた。
「この声……もしかして……」
俺がその名を告げる前に、再び俺の視界は暗転。
そして再び視界が開かれた先で待っていたのは、ノブナガさんとヒデヨシの姿があった。
(何だ今の?)
ほんの数秒間みたあの空間、誰かが俺をあの場所に呼んだみたいなそんな気がした。
(でも人の意識を無理矢理飛ばせるなんてそんな手法、あの世界でならともかく、今俺がいるのは)
「ヒスイ様! よかった、目を覚ましたんですね」
「もう、心配したよヒッシー」
全てが突然起きたことだったので、俺は呆然とする。
「ヒッシー?」
「ヒスイ様?」
そしてようやく出て来た言葉が、
「サクラ?」
あれから一度も使うことがなかった名前だった。
時間的に僅か一分の出来事。だけどそれは、俺の中でずっと焼き付いて離れなかった。
(あの場所、あの声。一体何なんだ)
「ヒスイ様、今の名前……」
「あ、す、すいませんノブナガさん! ちょっと頭が混乱していて……」
つい口走ってしまった名前に怪訝そうな顔を浮かべる二人。ただそれ以上の言葉は浮かばなかった。
あの空間で聞いたサクラの声。
死んでいるはずの彼女の声がどうして今になって……。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「はぁ……」
外もすっかり真っ暗になってしまい、俺は城の外で一人ため息をついていた。
「そんな所で座ってたら〜、風邪ひきますよ〜?」
そんな俺に誰かに声をかけられる。何だか久しぶりにこの声を聞いた気がする。
「ちょっと考え事してたんですよ。リキュウさん」
顔は向けずに、返事だけをする。
「考え事ですかぁ? よかったら私が相談に乗りますけどぉ」
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
「そうですかぁ。でもあまり無理しすぎると、ノブナガ様が心配しますよぉ?」
「無理は……してませんから。ただ、思い出していただけなんです」
最近やたらとあの異世界での事を思い出す。自分から話したことはあったりしたけど、ほぼ毎日のようにあの日々のことが夢に出ている。決して忘れたいわけではないのだが、思い出すたびに彼女の顔が浮かび上がってきて、胸が苦しくなるのを感じる。
「思い出す事が辛いのですかぁ?」
「そういう事ではないんですけど、何か思い出したくないことまで思い出してしまって」
「それが辛いんですね?」
「はい」
俺はあの一年間、様々な思いをしながら過ごしてきた。全てが辛い事ばかりではなかったのだけれど、それでもサクラを失った事は、俺にあまりに深い傷を与えてしまった。
「じゃあ少しお茶でも飲みますか?」
「え?」
「お茶を飲めば少しは落ち着きますよ?」
「でも……」
「遠慮はいりませんからぁ、さあ」
「あ、ちょっと」
利休さんに腕を引っ張られ、離れへと連れて行かれる。
(俺が遠慮しているのは、あのお茶を飲まされる事なんだけどな……)
利休に連れられて久方ぶりにやって来た離れは、以前来た時とは違い静けさに溢れかえっていた。
「ぶっ」
ただいくら静まり返っていようが、お茶の苦さは変わりはしない。
「お茶が苦手なら最初から言ってくださいよぉ。勿体無いじゃないですかぁ」
「いや、そういうわけではなくて」
(あれ、なんかこのやり取りに酷くデジャヴを……)
「そうじゃないなら、もっとたくさん飲んでください」
「い、今俺はそんなに喉が……」
「の・ん・で・く・だ・さ・い」
「はい……」
ほらね。
何とか苦いお茶と戦っていると、突然利休さんはこんな事を言い出した。
「それで、サクラギ君はノブナガさんの事をぉどう思っているのですか?」
「ぶっ」
今度は別の意味で吹き出してしまう。あまりに突飛つしたした質問に、俺は慌てふためいてしまう。
「な、何でそんな話にいきなりなるんですか!」
「だってぇ、さっきの話よりそっちの方が気になるじゃないですかぁ」
「だったら、何で俺の話を聞いたんですか……」
「気分ですよぉ、気分」
どうやら最初から目的はそっちにあったらしく、利休さんはさっきの話を振り返ろうとは一度もしなかった。
(これ完全に計られたな)
だがその質問に答えなんて用意していない。なので、適当に答えてみることにした。
「別に俺はノブナガさんの事をどうとか、そんな事思っていませんよ。彼女は命の恩人なだけであって、そういう感情が生まれてこないんです。それにノブナガさんは……」
「ノブナガさんは?」
「俺の知りうる限りでは、もうじき死んでしまいます」
本能寺の変。
明智光秀が織田を裏切り、本能寺を強襲。結果信長は自ら命を落とし、その主犯格である光秀は羽柴秀吉によって殺される。
それが彼女……ノブナガさんの待つ悲しい結末だった。




