第31陣 誓い
眠ってしまったヒスイ様を近くの木に寝かせた私は、家康が倒れている場所へと戻った。
「起きているんですよねイエヤス」
「やはりお主にはお見通しじゃったか、ノブナガ」
「あの程度で簡単に倒れる人ではないと分かっていましたので」
声をかけられた家康はむくっと起き上がる。
「しかし随分と優秀な兵を得たのう信長」
「得たというよりは、拾ったと言った方が近いんですけどね」
「兵を拾うとはまあ、面白い言葉を使うようになったのう」
しばしの談笑。ここが今戦場とは思えないほど、私達は力を抜いていた。
「まあ、今回はお主達の勝ちじゃ。目標に逃げられてしまっては、戦う意味がないからのう」
「だったらどうして、二人が逃げることに成功した時点で、撤退をしなかったんですか?」
「最近つまらん戦が多くて、飽き飽きしておったのじゃ。だから少しばかりちょっかいを出させてもらった」
「随分と余計な真似をしてくれますね、あなたは……」
私は呆れながら首を振る。だがそれに対して家康は、
「じゃがこれで一つハッキリしたことがある」
「ハッキリした事?」
「あのヒスイとやらを我はほしくなった。じゃから今度会った時は、倒すのではなく奪わさせてもらう」
宣戦布告をしてきた。ヒスイ様を奪い取るという、宣戦布告を。そして彼女は、目を覚まさないボクっ娘を担ぎ、その場を去ろうとする。
「そんな事は、絶対させません。ヒスイ様は私達が守ります」
「よい、それでこそ我がライバルにふさわしい」
家康は最後にそう言い残し、今度こそ去って行った。
(ヒスイ様は、何があっても渡しません。絶対に。この命に代えてでも、守り通して見せます)
私は心に強くそう誓い、ヒスイ様を担いでその場を後にした。
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「ノブナガ様、よく無事に戻られました」
「すいませんミツヒデ、心配をかけてしまいましたね」
その後は特に何も起きることなく無事私は安土へと帰還。真っ先に出迎えてくれたのは、ヒデヨシさんとネネさん、そして第二班として向かう予定だったミツヒデだった。
「ノブナガ様、ヒッシーにまた何か」
「怪我とかはしていませんよ。ただ慣れないことが多かったから、疲れてしまったみたいです」
「よかった……」
背中に背負ってるヒスイ様について皆に説明すると、安堵の息が流れる。
(皆ちゃんとヒスイ様のことを心配してくれていたんですね)
その大きな変化は私としても嬉しい。ネネさんでさえも彼の無事に嬉しそうにしている。
(今回の休暇はとても意味があった、って事ですね)
「どうかされましたかノブナガ様。顔がほころんでいますよ」
「ちょっと嬉しくなったんですよ」
「嬉しい? 何がでしょうか」
「それは内緒です」
家康との戦いはあったものの、私の心はすごく晴れやかだった。
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最初は二人きりだった旅。
だけど道を進むに連れ、一人、二人、そして三人と仲間が増えていった。勿論その間には色々な出会いと別れを繰り返していた。
「なあサクラ、もうすぐ半年なんだな」
「何が半年なの?」
「旅を始めてだよ」
「そっか。もう半年なんだね」
そして気づかない内に時間は過ぎて行き、魔法使いになってから半年が過ぎた。
「色々あったよな。この半年」
「うん」
ある日の晩、偶然二人きりになった俺とサクラは、その半年を振り返っていた。
「もう半年か……なんと言うかあっという間だったな」
「最初はあんなに元の世界に帰りたがっていたのにね。随分と丸くなったよね」
「う、うるせえ」
半年前にこの世界に突如呼ばれた時には、信じられなかった。どうして自分がこんな目に合わなければならないのか? 下手したら死ぬかもしれないだなんて、すぐに逃げ出したくなった。だけど、彼女が……
サクラが俺を支えてくれた。
勇者だからとか、そんなの一切関係なしに支えてくれた。だからここまでやって来れたと言っても過言ではない。
「今更だけどありがとうな、サクラ」
「何よ突然。気持ち悪いなサッキーは」
俺はこの時この時初めて彼女に感謝の言葉を述べた。俺にとって彼女は心の支えだった。
その支えは、いつの間にか好きとい感情に変えていた。
ただ、その想いに気づいたのは、全てが終わってからだった。
(どうして今になって、気づいたんだろう)
全てが終わって、サクラを失って、そこでようやく気づいた。自分の気持ちに……。もっと早くに気づいて、もっと早くに伝えて、もっと強くなって彼女を守りたかった。だけど、もうそれは叶わない。
それはもう消えない後悔。
それはもう届けられない想い。
だけど想いはまだ残っている。
届かない想いだけはずっと残っている。
だから俺は……。
もう人を好きになることなんて、できなくなってしまった。
後悔するくらいなら。
失って傷つくくらいなら。
ずっとこの気持ちのままでありたい。
それが俺がヒデヨシの申し出を断った本当の理由だった。