第30陣 徳川包囲網突破作戦
今回の突破作戦において、重要になってくる事は一つ。
いかに戦わずしてこの包囲網を突破するか。
しかもネネを守りながらの突破だ。慎重に動かなければ、失敗に繋がりかねない。
「あの、ノブナガさん」
「何でしょうか?」
「ここって出入口はいくつありましたっけ」
「正面口と裏口の二つです。ただ、裏口から出た場合は少し遠回りしないと城への道へは行けません」
「なるほど」
つまりどこから出ようが道は一つしかないということになる。さて、こんな状況でどうやって突破するか。
(俺が先にここを出て、魔法で一気に兵を減らす、という手もあるけど)
残念な事に先程までの合宿で、大きな魔法を使えたとしても一発くらいしかない。そう、俺達は全員特訓の疲れがかなり残っている。
敵まさしくそこを狙っていたのかもしれない。そうだとしたら、敵は完全に長期戦のつもりで攻めてきたに違いない。ここに直接攻めようとしないのは、それが理由だ。
(だけど俺達には長期戦は無理だ)
援軍も呼べない以上、籠城する余裕も時間も俺たちにはない。
「何かいい作戦はあるの? ヒッシー」
「いや、正直難しい状況だ。敵の狙いは明らかに長期戦。でも今の俺達に、その体力はあるか?」
「あまり言いたくないけど、私そんなに体力残ってない。すぐ帰るって分かってたから、結構全力で動いちゃったから」
「すいません、私が過密スケジュールにしたせいで。ここまでの予測はしておくべきでした」
「謝らないでくださいよノブナガさん。ノブナガさんは何一つ責任はありませんから」
(顔には出してないけど、ノブナガさんも疲れているよな)
それも含めると、より効率的な作戦が求められて来る。
「とりあえず思いついた作戦はあります」
そこでまず俺が思いついたのが、行動班を二つに分けること。
ネネを守りながら一気に山を下る組。
それを援護しながら、少しずつ山を下る組。
前者はネネを安全な場所まで連れて行く役割と、できれば援軍を呼びに行く役割を担う。これに成功すれば、戦況は大きく変わる。
後者はそれを援護する役割を担う。長期戦とまではいかないが、先のグループの安全が確認できるまでは、敵を引き止めらなければならない。そして確認できた後は、自分達も撤退して行き、あわよくば援軍と合流するという手立てだ。
いわゆる殿というやつだ。
「それはかなり効率がいいと思いますが、問題は誰がどの役割を担うか、ですね」
一通りそれを説明し終えると、ノブナガさんが口を開く。彼女が言うとおり、そこが一番重要になってくる。
「ネネは決まっているとして、果たして敵を引き止めるまでの体力が残っている二人がいるか、ですよね」
「一人は私が担いますが、ヒスイ様とヒデヨシさんはどうなされますか?」
「ネネの事はヒデヨシに任せます。俺はノブナガさんと一緒に敵を食い止めます」
自分がどうするかは最初から決めていたので、役割は割とあっさり決まる。
「いいのヒッシー。かなり疲れている様子だけど」
そんな俺の選択に、ヒデヨシが心配してくれる。確かに彼女の言う通り、俺もかなり疲労が溜まっているが、今は気にならない。
「心配するなヒデヨシ。あんなに格好つけておいて、自分だけ真っ先に逃げようなんて思わない。だからネネの事は頼んだぞヒデヨシ」
「うん、分かった。任せておいて」
「じゃあ作戦も固まった所で、改めて作戦を開始します。私とヒスイ様がまず先陣を切るので、お二人は後をついてきてください」
ノブナガさんが扉を開き、俺達がその後へ続く。外で待っていたのは大量の兵士達と、その先陣に立ついつしか見た人物。そう、徳川家康本人だった。
「まさか大将自らが奪いに来るとは、随分派手な作戦ですね、イエヤス」
「また会えて嬉しいのう、ノブナガ」
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「イエヤス……」
ネネが憎しみを込めて呟く。それを見て家康は、
「と、その後ろにおるのは我を裏切った忍。そやつにはちゃんとした罰を受けてもらわなければならぬ。大人しく渡してくれんかのう。さすればお主らをこの場は見逃してやる」
やはりネネの引き渡しを要求して来た。だがこちらは当然受けるつもりはない。
「残念だけど渡すわけにはいかない。ネネは俺たちの仲間だからな」
「お主はいつかの戦人じゃな。威勢はよろしいが、妾に指一本も触れられぬお主に何ができる」
「できるかできないかは、戦ってからじゃないと分からないだろ!」
挨拶代わりに一発大きな魔法をかます。属性は風。嵐とも呼べるその魔法は、周囲の敵を吹き飛ばした。
「な、なんじゃ今のは……」
家康を捉える事はできなかったものの、今の魔法の目的は、あくまで逃走ルートの確保。
「はぁ……はぁ……。今の内に二人は突破しろ」
「でもヒッシー、今ので体力が……」
「気にすんな。今はネネを逃がすことだけを考えて、先に行け!」
「ありがとう、ヒッシー」
「ありがとう、ヒスイ」
二人は礼を言うと、うまく敵陣をくぐり抜けて、包囲網は何とか突破。その二人を追おうとする兵は、先回りしたノブナガさんが倒す。
(よし、ここまでは作戦通り
「確かお主はヒスイと言ったのう。その命を切るのは勿体無いのじゃが、我の邪魔をした罪として、ここで討ち取らさせてもらおう」
ただ一つ予定外だとしたら、今の一発で家康を本気にさせてしまったこと。
(いや、勝ち目とかそんなの考えている場合じゃないな)
今の選択肢は一つ。
勝つしかない。
「勝負だ、家康!」
前回の戦の時、俺は家康に傷一つつけること出来ずに負けてしまった。だが負けっぱなしも性に合わない。今回こそ彼女を倒してみせる。
「はぁぁ!」
鞘から太刀を抜くと、一気に家康との距離を詰める。よし、この距離なら。
「なかなか素早い動きをしよるのう。じゃが、まだまだ甘い」
「なっ」
家康に切りかかろうとしたその一瞬、僅かにできた体の隙間を狙って、重い一撃が入る。
「がっ、は」
「お主は経験が浅すぎる。その奇妙な力があるとしても、我らを相手するだけの力がない」
何とかその場で踏みとどまるが、次なる一撃が俺に迫ってきた。
「ほれ、もう一撃」
「くそ」
俺は次の一撃がくるほんの一瞬のタイミングで、敵の動きを遅くする魔法を唱えた。
「何じゃ、これは。体が」
「今度こそ」
遅くなった家康の拳を避けるなり、俺は家康の背後へと回り、ガラ空きの背中に向かって刃を振りかざす。
「今しがった言ったじゃろ、お主は経験が足りない故に、隙を生む」
完全にもらったと思っていたが、剣は弾かれてしまった。予期せぬ人物の登場によって。
「ぼ、ボクっ娘?」
「少し久しぶりだね。師匠」
その人物とはボクっ娘忍者だった。確か彼女は徳川の忍なので、ここにいても不自然ではない。だけど俺は、驚きを隠せなかった。
「まだまだお主は甘いのう。常にこれくらいの事が起きることを予想しておかなければならぬ。残念ながら今回もお主の負けのようじゃのう」
ボクっ娘によって太刀はどこかに飛ばされてしまった為、今の俺には武器がない。
「まだ終わってない!」
(残りの魔力少ないから、保ってくれるか分からないけど)
弱音なんて言ってられない。
「まだ諦めぬか。しかしこのような状況で、何ができよう」
(力を貸してくれ、サクラ)
お前を守ることが出来なかった分の力を、今の俺に貸してくれ。
「素早さ強化、筋力増強。今の魔力ではこれが限界だけど、充分」
体を強化する魔法を自分にかけ、そして一歩踏み出した。
「え?」
「なっ」
その一歩は、普通の目では決して追えないスピード。そしてその間に俺は、二人に強大な一撃を拳で与える。そう二人には気づけない、ほんの僅か一秒の間に、俺は一度限りの勝負に出た。
「あれ? 師匠は?」
「まさかの敵前逃亡とは、情けな……」
そして全てが終わった後、俺がいない事に気がつく。だがそれと同時に、それはやって来る。
「ごっふ」
「い、イエヤス様?いかがなされて……きゃふっ」
時間差でやって来たその痛みは、二人に大きなダメージを与え、そしてその場に倒れ伏した。
(チャンスは一度しかなかった。だからここで倒せないなら……)
ヘトヘトになりながら飛ばされた太刀を拾いながら、倒れた二人を見る。体の疲れもあったせいで、確実に倒せるような一撃とはならなかったが、動く様子が見えない様子からすると、気絶させることはできたらしい。
「か、勝った……」
だが途端に体に力が入らなくなり、俺もその場に倒れそうになるが……。
「よく頑張りましたね、ヒスイ様」
「ノブナガ……さん」
いつの間にか兵の掃討を終えたノブナガさんに、受け止められる。
「俺……何とか勝てましたよ?」
「お疲れ様です、ヒスイ様」
ノブナガさんのその声を聞いて安心した俺は、そのまま眠りについた。
「やっぱり一番疲れてたのは、ヒスイ様だったんですね。本当にお疲れ様です……」




