第28陣信じる形
ノブナガさんが去った後も眠れないでいた俺は、どうしたものかと悩んでいると、思わぬ人物が目の前に現れた。
「何情けない顔をしているのです? お姉様のことを考えているなら、すぐにやめてほしいですわ」
それはネネだった。彼女とは昨日の事もあって、二度と話せないのではないかと思っていたが、彼女の方から話しかけてくるとは予想外だった。
「何だよネネ、帰ったんじゃなかったのか?」
「帰れと言われて帰らないのがこの私。あなたとは今一度話をしておかなければならないと思ったのです」
「話?」
勝手に隣に座るネネ。そして彼女はそのまま、話を始めた。
「先日、あなたはあの忍から私の秘密を聞こうとしましたわね。あれの理由を教えてほしいのです」
「理由って言われてもな。単純にお前が何故徳川軍に狙われたのか、それだけが気になっただけだよ」
「確かに私が不覚を取って、迷惑をかけたのはお詫びいたしますわ。でもそれとこれとは、訳が違うと私は思いますわよ」
「違くはないだろ。現にボクっ娘はお前には重大な秘密があるから、狙ったって言ってたし、それを教えてくれようともした。だからそれが原因だと考えたって、おかしな話じゃないだろ」
「確かにそうかもしれませんわ。しかしそれを知った所で、あなたには何の意味もなさないはず」
「俺個人では意味がないかもな。だが、これが織田軍として考えたらどうなる? お前はこの前と同じようにまた捕まって、俺達が助ければいいのか? それだったら、予め理由を知っておいて、お前の守備も固めておいた方が楽だろ?」
「それは確かに、そうかもしれませんわ」
最もらしい理由を並べて、何とかその道を開いてみる。ヒデヨシ以外にほとんど心を開かないネネの秘密を聞くのは、今しかないと思った俺は、迷わず彼女に尋ねた。
「なあネネ、教えてくれないか? お前がどうして徳川から狙われているのか。その秘密を」
「あなたの言葉は確かに正しいかもしれませんわ。しかしそれを教えたところで、何か変わるとでも?」
一種の賭けに出た俺にネネはそう答えた。
「何者変わらないかもしれないな。だけど、お前もいつまでも隠す理由があるのか?」
「勿論ありますわよ」
「じゃあ何だよ、その理由って」
「もしこの秘密がお姉様に知られたら、私はお姉様のお側どころか、この城にもいられなくなってしまう。それだけは嫌なの」
「だったら尚更話しておくべきじゃないのか?」
「何故?」
「いつまでも黙っている方が、逆に不信を与えて、かえって居づらくなるだろ? いられるとかいられないとかお前だけで決めないで、もっと周りを信じてみるのもいいんじゃないかと思うよ俺は」
「周りを信じる……私が……」
人間何が一番辛いって、孤独でいる事だ。誰かに自分の秘密を話せないという事はつまり、孤独につながる。
つい最近まで自分がそうだったのだから、ネネの気持ちは痛いほど分かっているつもりだ。
「まあ話す気がないなら、俺は寝るぞ。お前もさっさと城に戻らないと、ノブナガさんにまた怒られるぞ」
長く外にいた影響もあって、すっかり眠くなってしまった俺は、諦めることにして部屋へと戻ろうとする。
「待ってほしいですわ」
そんな俺をネネは、何かを決意したかのように呼び止めた。
「ん? どうかしたか?」
「あなたにはこの前の戦での借りもありますし、その、信じられるか試してみたいから、特別に話しますわ。ただし、お姉様達には私自身が話すという条件付きです」
素直に分かったと言えないのか、色々理由をつけたものの話してくれるらしい。
「分かった、約束する」
俺はようやくネネが、心を開いてくれたことに一安心した。
「べ、別に心を開いてなんかいませんわ!」
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その日彼女から語られたのは、俺の予想を越えたものだった。
「つまりお前は、ボクっ娘と同じ忍だって事か?」
「そうですわよ。それも元徳川の」
「徳川のって、何で今はここにいるんだ? まさかスパイとか?」
「違いますわよ。私は徳川から逃げ出してきた忍、先日の件は私を無理矢理連れ戻そうとしたんですわ」
「なるほど」
それなら確かに辻づまが合う。でもあそこまでして彼女を連れ戻そうとした理由は、もしかしたら他にもあるのかもしれない。
「お姉様には脱走した際に、森を一人さまよっていた時に助けてもらったのよ。だからその辺りの事情は知らなくて」
「だから隠していたって事か」
「そういうことですわ」
ネネとしては、この事をずっと知らないままで、ヒデヨシと一緒にいたいのだろう。
「だとしたら、ちゃんと話すべきだろ。丁度二人とも起きているし」
「え?」
けど残念ながらその願いは破れてしまう。何故なら今の話を聞いている人達がいるからだ。
「もう、分かってて話してたんですか?」
「バレてないと思いましたか? 俺人の気配を感じ取ったりするの、得意なんですよ?」
「だから言ったじゃないですかノブナガ様。ヒッシーならすぐバレるって」
部屋から出てくる二人。ネネはというと、驚きを隠せないでいた。
「お、お姉様と、の、ノブナガさん、もしかして今の話全部……」
「勿論聞いていました」
「もしかして二人が聞いているのを知っててあなた」
「それはあくまで偶然だよ。まあ、これで話す手間が省けたんだし、お前の口からノブナガさんにちゃんと話しなよ」
「で、でも私は……」
予期せぬ展開に震えだすネネ。けどノブナガさんは、彼女の頬に優しく手を添える。
「もう一度話してくれませんか? ネネさん。私はあなたの口からちゃんと聞きたいです」
そして優しく語りかけるノブナガさん。ヒデヨシもちゃんと聞きたいのか、先程から黙っている。俺はネネがもう一度話をできるように、一度その場を離れた。
(まあこれで、一件落着かな)
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十分くらい軽く散歩した後再び戻ると、もう話は終わったのか、いつもの雰囲気に戻っていた。
「あ、おかえりヒッシー」
「もうどこに行っていたんですか。明日も朝早いんですよ?」
「すいません。少しばかり散歩していました」
色々言われながら寝室に戻る。時間も時間なので、ネネも今日は泊まって行くらしい。
(さてと、今度こそ寝るか)
皆布団に入り、俺も静かに目を閉じる。何だかんだで色々あった一日だったけど、無事に終わりを迎えられそうだ。
「ねえヒッシー、起きてる?」
いよいよ眠りにつこうとした時、ヒデヨシが小声で俺に話しかけてきた。
「もう寝るけど、どうかしたか?」
「ヒッシーはどうしてネネの話を聞こうと思ったの?」
「特に理由なんてないよ。ただ、いつまでもモヤモヤしているのは、お前だって嫌だっただろ?」
「それはそうだけど。まさか本当に聞き出せるなんて思ってなかったから私」
「俺も朝の時点ではそう思っていたよ。お前が言っていた通り、そんな簡単には話してくれるような人間だって分かってたからさ」
けどネネは話してくれる気になった。誰かを信じたいという確かな一歩を彼女は踏み出した。
それはまごう事なき事実だ
「誰かを信じる事って簡単ではないけど、いざ信じてみるとあっさりしているんだよ。自分はこんな事で悩んでいたのかって」
「それはヒッシーもそうだったから?」
「そうかもな」
「何かヒッシーって、不思議な力を持っているよね」
「不思議な力? 魔法じゃなくて?」
「うん。何というか人を引き付ける力みたいなもの」
「人を引き付ける、ねえ」
俺自身はそんな事思ったことないんだけどな……。
「まあいいや。明日も早いし寝るね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
こうして色々あった休暇初日は、幕を閉じたのであった。
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(信じる、か)
ヒッシーとの話を終えた私は、やはり眠れずに天井をボーッと眺めてた。
(ネネの事流石に驚かされたけど、私達を信じてくれた結果なんだよね)
ヒッシーもネネも私の知らない秘密を抱えている。そしてその秘密を話す事はとても勇気がいる事で、誰かを信じられなければできない。
「お姉さま、起きていますか?」
「ネネ? うん、起きているけど」
「少しこのままでいいですから、お話をしませんか?」




