第27陣修羅場のお風呂場
出発してから三十分後、目的地へと到着。泊まる宿は、当然今のようなホテルとかではなく、隠居とかで使えそうなこじんまりとした宿だった。
というか宿が山の中にあるから、もしかしたら本当にそういう目的のために、あったりするのかもしれない。
「というかここにいるの俺達三人だけなんですか?」
「そうですよ? ここはいざという時の為に建ててもらったものなんです」
やっぱりそうらしい。
(一つ屋根の下に、男一人と女二人)
このシチュエーションなんかデジャヴを感じるのは気のせいだろうか?
「でもここ、滅多に使わない建物のように見えますけど、結構中綺麗ですね」
早速中に入ると、埃一つないのを見て俺は言った。
「月に一度は掃除をしてもらっているんです。ですから快適に使用することができます」
「へえ」
建物自体古い感じがしたのに、中はここまで綺麗となると、まだまだ使えそうだ。
「城から三十分か……いいなここ」
「もしかしてヒッシー、ここに住みたいとか言い出さないよね」
「いや、流石にそこまでは思っていないけどさ。住むなら心地がいいだろうなって思って」
大自然に囲まれている中で、何も考えないでボーッとしながら毎日を過ごしてみたいと思ってしまったの本当だけど。
「さてと、荷物も置きましたし、少し三人で散歩に行きませんか?」
「散歩ですか? こんか山の中を散歩したら迷いそうな気がしますけど」
「そこは心配しなくても大丈夫ですよ。ここら辺の地理は、私達が詳しいですから」
「そうそう。任せてよヒッシー」
二人が自信満々に言うので、一度宿を出て近くを散歩する事に。
(この二人がいれば迷うことはないか)
何度かここを使用したこともあるそうだし、結構眠いけど散歩して目を覚まそう。
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大自然を満喫しながらの散歩は、今までそんな経験すらしたことのない俺にとってはとても真新しいもので、実に豊かな時間を過ごすことができた。
(こういう散歩もたまには悪くないよな)
宿に戻って来たのが、それから三時間後だった事を除いては。
「ゼェ、ゼェ。ノブナガさん、これ休暇ですよね?」
「はい。特訓も含めた、立派な休暇ですよ」
「それは……もはや、休暇じゃない……です」
「毎年二回は行っているんですけどね」
ノブナガさん、それ休暇ちゃう。運動部の合宿や。
「だらしないなヒッシーは。私は全然平気なのに」
「何でお前は平気なんだよ」
「鍛え方が違うからかな」
「この前イエヤスにボロ負けしていたお前が、よく言えるよ」
「そういうヒッシーだって、魔力が切れてたくせに」
「何をー!」
「まあまあ、二人とも。お昼が済んだら今度は先ほどの道を走りに行きますから、今は体を休めましょうよ」
「だからノブナガさん、それもう休暇や旅行レベルのものじゃないですから!」
結局午後もこの調子で休暇は続き、夕方前にはもう歩けないくらいになっていた。
「の、ノブナガさん。もう、俺、限界、です」
「時間もいい頃合いになりましたし、この辺にしておきましょうか。お疲れ様です」
終了宣言を聞くなり、俺は畳の上に倒れこんだ。まさか休暇と思っていた旅行が、運動部の合宿並のものになるとは、誰が想像しただろう。
(運動不足とか、そんなレベルじゃないぞこれ)
朝から今まで休む間もなく、続いたせいで全身が筋肉痛。おまけに明日もあるらしいので、城に戻った後自分などうなっているか大体予想できてしまう。
(武人を舐めてた……)
忘れてはいけない。ここは戦国時代なのだ。
「お疲れヒッシー」
そんなヘトヘトな俺に、疲れた顔をなに一つ見せないヒデヨシが声をかけてきた。
「今はそのお前の元気さが羨ましいよ、ヒデヨシ」
「私はもうすっかり慣れたからね」
「慣れたって言う割りには、昨日はかなり喜んでたけど?」
「そ、それは、つい条件反射で」
「条件反射ってお前な……」
明らかにあの反応は条件反射とかそんなもんじゃないだろ。
「まあ、とにかくお疲れ様って事で、お風呂入りに行こう」
「お、お風呂?」
「どうしたの? 別に珍しい話じゃないのに」
「いや、確かにそうだけど」
すごく今更な話になるかもしれないが、一応この時代にも風呂という概念は存在している。決して現代のような温泉とかではないが、体の疲れは取れるくらいの物だ。だが俺が驚いているのは、決してそこではない。
「二人で入るとか、そんなんじゃないよな?」
「ここのお風呂は二人入れるくらいの大きさはあるから、二人でに決まっているでしょ?」
「決まっているって、つまりそれは混浴をするって事なんだぞ? 普通はないだろ」
「私は平気だもん」
「いやいや、俺が平気じゃないんですけど」
現代でも普通にしない事だし、そういうイベントは故意的に起きる物ではなく、自然に起きるようなイベントなだけあって、普通に恥ずかしい事だと俺は思う。
(ノブナガさんもいるのに、こればかりは……)
「それにヒッシー、一つ勘違いしていると思うけど、私は決して諦めてないからね」
「へ? 何を?」
「ヒッシーとの結婚の話。ヒッシーがどんな時代から来た人間であっても、絶対に諦めないから」
ヒデヨシが口にした諦めないって言葉。この前の話で、流石に諦めてくれたとばかり思っていた俺にとっては、予想外でしかなかった。
(何でこうなったんだ)
そもそもの話、何故彼女に求婚された理由も分からない。勿論直接聞けるような話じゃないし、かといってヒデヨシが話してくれるわけもない。
(誰か求婚について詳しい人教えてくださいさい)
「とーにーかーく、ご飯ができる前に一緒に入ろう? お風呂」
「風呂に入るのは構わないけど、混浴はお断りだからな」
結局ヒデヨシの根強さに負けた俺は、ヒデヨシとお風呂がある場所に向かうことになったのであった。
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湯船は体に溜まった疲れを癒してくれる。
特に今日は全身が痛いので、効果が的面だ。
そんな夕暮れ時。
「やはりお姉様は私との混浴が望ましいんです!」
「何であんたがここにいるのよネネ!?」
「ヒスイ、今日こそ決着つけますよ」
「お前は敵軍だろうが! ヨシモト」
俺は今まさに修羅場というやつに、ご対面していた。
時間は遡ること五分前。
「俺は一人で入るから、早く入れよヒデヨシ」
「嫌だよ! 私はヒッシーと一緒に入るの!」
意地でも混浴をしたがるヒデヨシを俺が意地でも嫌がっている時の事だった。
「もう、どうしてヒッシーはそこまで私を嫌がるの? 男の子は誰もが羨ましがるのに」
「いや、確かに嬉し……じゃなくて、俺そういうの耐性がないんだって。だから頼むからヒデヨシが先に入ってほしいんだ」
「むぅ、つまらないなヒッシーは。そこまで言うなら」
「わたくしがお姉様と一緒に入りますわ」
本来なら安土城にいるはずのネネが、突如乱入してきた。しかも全裸の状態で。
「ね、ネネ?! 何であんたがここに……」
ズドーン
だが驚いたのも束の間、突如天井が突き破られ、何者かが俺達の間に乱入。
(しまった、このタイミングで敵襲か)
「前回は決着つかずに終わってしまいましたので、今度こそ決着をと思って彼女を追ってきて正解でした」
「ヨシモト?!」
何と現れたのは、色々あったヨシモト。彼女とは恐らくネネの事だろうか? いや、それは今どうでもいい。
「お姉様、さあ私とお風呂に」
「何で私が好き好んであんたと入らなきゃいけないの? 私はヒッシーと……」
「ヒスイは今から私との決着がありますから、お二方でどうぞごゆっくり入ってきてください」
「さあ行きますわよお姉様」
「引っ張らないでネネ。せめて入るなら服とヒッシーを」
「ってお前も何で俺の服を引っ張るんだよ」
ネネに引っ張られるヒデヨシに引っ張られる俺。勿論全員衣服を着たまま。
しかもそのまま風呂場に突入してしまった為、一歩間違えたらお風呂場にドボンだ。
「てか、何でこんなに力があるんだよネネに」
「分からないわよ」
「さあお姉様、ご一緒に」
「敵を目の前に逃亡とは情けないですよヒスイ!」
お風呂が間近に迫った所で、何故か裸になったヨシモトが俺の手を引っ張る。ドボンする直前なので、ある意味助かるのだが、何故裸になった?
(色々見えて目のやり場が……)
って、馬鹿か俺は!
「もうさっきから騒がしいですよ二人とも!」
あまりにうるさかったのか、そこにノブナガさんが到着。
「って、何ですかこの状況は!」
風呂場にノブナガさんの声が響き渡る。
「やばっ。大将がいるなんて、早く逃げないと」
ノブナガがいる事までは予想していなかったのか、ヨシモトは慌ててその場を去ろうと俺の手を離す。
「あっ、馬鹿」
ヨシモトのおかげで落ちないで済んでいたので、急に均衡を保っていた力が、一気にネネに行き……。
バシャアン
三人もろとも、服をきたままお風呂にダイブしたのでした。
「……えっと、ノブナガさんこれは……」
「ちゃんと説明してもらいますからね?」
「はい……」
ノブナガさんの笑顔がいつも以上に怖い。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「これはどういう事ですか! ネネさんならともかく、何故敵のヨシモトがいるんですか!」
騒ぎの後、ノブナガさんに俺とヒデヨシとネネが揃って説教を受ける事に。ヨシモトはというと、どさくさに紛れて逃亡に成功。
ここで捕まったら自分達以上に酷い目に合わされていたに違いないので、それが良かったのかもしれないけど。
「すいません、ヒデヨシが意地でも二人で入りたいって聞かなくて。ネネは知りませんが」
「ヒッシーだって、何だかんだで入ろうとしたくせに、そういう時だけずるいよ!」
「そうです。私はお姉様と一緒に入る予定だったのですから、余所者は引っ込んでいるべきですわ!」
「誰が余所者だ! そもそもな」
「言い訳は無用です! ヒスイ様とヒデヨシさんは、夕食抜き、ネネさんは今すぐ城に戻って大人しくしていてください!」
『そんなー』
夕飯抜きは冗談かと思いきや、ノブナガさんは本気だったらしく、その日俺とヒデヨシはお腹を空かしたまま就寝の時間を迎えることになったのだった。
(ひもじい……)
そして夜遅く、当然の如く空腹で目を覚ましてしまった俺は、半分死にかけの状態で縁側に座っていた。
「勝手にご飯食べたら、怒られるよな絶対」
お腹がグゥと鳴る。朝からあれだけ体を動かしたのだから、お腹だって減るのは当たり前なのに、これじゃあ訓練というよりは、ただのの拷問だ。
「布団にいないと思ったら、こんな所にいたんですね、ヒスイ様」
一人空腹と戦い続けていると、俺の隣に座りながらノブナガさんが声をかけてきた。
「もしかして起こしちゃいましたか?」
「いえ、私は少し考え事をしていて、寝れなかったんです」
「考え事ですか?」
「ちなみにヒスイ様は? もしかしてお腹が減ってとかではありませんよね?」
「全くもってその通りですよ。ノブナガさん」
「そんなの自業自得じゃないですか」
「ですから、俺は何も悪く……」
「それではどうしてヨシモトをすぐに追い出そうとしなかったんですか? もしくはどうして私を呼んでくれなかったのですか?」
「それは……」
ぐうの音も出ない。
「彼女は私達の敵ですよ? それを相手にどうしてヒスイ様は、平然としていられるのですか?」
「平然だなんて……」
俺たちがしていた事は、簡単に言うならば、悪ふざけのような感じのもの。ただそこに敵を招いてしまったのは大きな誤算だった。
「ヒスイ様はもう何度か戦を経験しているから分かっているとは思いますが、今回みたいに油断していると命を落とす危険性があります。それで一つの軍が崩れてしまう可能性だってあるんです」
「そんな大げさな」
「大げさではありません。たった一つの油断が、大きなミスにつながる可能性があるんです。だから分かってほしいんです。私達がいるのは戦場であることを」
「あ、ノブナガさん!」
ノブナガさんはそう一言残して、寝室に戻って行った。呼び止めようとするものの、伸ばした手も届かずに空を切る。
ノブナガさんが言った事は大げさじゃない
(それは俺も分かっているんですよ、ノブナガさん)
自分の小さなミスで、一生償えない傷を抱えてしまうことを。それなのに、これだとまるで、
(俺は何も分かってないみたいじゃないか……)
一番それが身に染みているのは俺自身のはずなのに……。