第26陣ボクっ娘とネネ
「休暇?」
「はい。城の警備などがありますので、全員でとまでは言えませんが、たまには戦以外で城の外に出るのもいいかなと思いまして」
間もなくタイムスリップして一ヶ月経つある日、城の皆を呼び出したノブナガさんがそんな事を言い出した。
「また突然の話ですね」
「最近色々ありましたから、たまには息抜きも必要かと思いまして」
「それで誰が行くんですか?」
「私とヒスイ様とヒデヨシさんで一泊二日で、少し遠くの宿に泊まる予定です。それで私達が帰ってきしだい、残りの方には行ってもらう形になります」
どうやら休暇の使い道も決まっているらしく、三人で旅行に行くことになっているらしい。
「あ、そういうタイプの旅行なんですね」
「わーい、ヒッシーとノブナガ様と一緒に旅行だー」
喜びの声を上げるヒデヨシ。勿論俺も嬉しいのだが、メンバーがメンバーなだけに、少し不安だ。
(まだあれから一週間しか経ってないけど、大丈夫かな)
というか、残っている組の方がむしろ心配だ。普段絶対に垣間見えない三人が、揃って城の警備だなんて、いつかのヒデヨシとネネと一緒に過ごした三日よりも、酷いかもしれない。
「あの、ノブナガさん。一番不安な組み合わせを残して大丈夫でしょうか?」
一応その旨を小声でノブナガさんに聞いてみる。
「大丈夫ですよきっと」
「そこはきっとなんですね」
「不安はありますけど、いざとなれば皆さん強いですから」
「ミツヒデやネネならともかく、リキュウさんは戦力にならないのでは?」
「心配いりませんよ。以前にも話しましたけど、ああ見えて強いですからリキュウさんは」
「そういえばそんな事言ってましたね」
けど、本当に大丈夫なのかな。
「出発は二日後の朝。楽しみにしていてくださいね、お二人とも」
結局誰からも異議は出なかったものの、少しだけ俺の中には不安が残るのだった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
休暇までの間、戦がない限りは俺は自身の鍛錬に励んでいた。
(この前みたいに魔力が切れたら、意味がないからな)
元の世界に戻ってからも、時々俺が行なっていたのが体内に宿る魔力を、更に増やすための一種の座禅。一応こんなところでも簡単な魔法陣を書くことができ、俺はそこに座って体内の魔力を増やしていた。
(足りないものは増やせばいい。そしてもっと強くならないと)
静かな時間だけが過ぎて行く。
周りにもこの時だけは邪魔しないでほしいと言ってあるので(行う前に必ず皆に伝えてある)、集中して鍛錬に励むことができる。
「ふぅ……」
そして一時間ほど経った後、俺は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「で、何か用か? ボクっ娘」
「ふぇ」
ホッと一息ついた後、俺はどこかにいるであろうボクっ娘に声をかけた。
こういう集中している時にも、誰かがこっそり入ってきた事くらいすぐ分かる。しかもよりによってやって来たのが、先の戦いでネネを連れ去った徳川の忍。
「いつから分かっていたの?」
「儀式始めてすぐだ」
「ちぇえ、つまんないの」
そう言うとようやくボクっ娘が姿を見せた。格好はこの前会った時と変わらない。
「相変わらずだね。この前は大変だったのに」
「どっかの誰かさんの、お偉いさんに散々な目に合わされたからな。それで用があってきたんだろ?」
先日ノブナガさんに彼女との接触を怒られたばかりなので、あまり長く会話をしたくない俺は要件を聞く。
「特に用はないんだけど、ちょっとだけ確認したいことがあってね」
「確認したい事? わざわざ敵陣にまで来て何を確認したいんだよ」
「あのネネって子の事だよ」
「ネネの事?」
そういえばすっかり忘れていたが、この前徳川と衝突したのは確かネネが連れ去られたことによるものだった。何故連れ去られたのか、一番分かっているはずの本人が喋る気配もないので、あえて気にしていなかったのだけが、
「その反応だと知らないみたいだから、一応教えてあげるね。そのネネって子は……」
「私の見てない所で、私の話をするのはあまり好きじゃないんですけど」
ボクっ娘が何かを言おうとした所で、噂をすれば影と言わんばかりに、ネネが部屋に入って来た。しかもかなり怒っている。
「あなた徳川の忍ですわよね? 今すぐ出て行ってくれませんか? これ以上余計なことを喋るというなら、今すぐヒデヨシお姉様を呼びます」
「そこはノブナガさんじゃないのかよ! ていうか、ボクっ娘は一応顔見知りなんだから、大丈夫だよ」
「サクラギヒスイ! 私はあなたがヒデヨシお姉様を傷つけたことは絶対に許しません。もしこれ以上何か聞こうとするなら、ただじゃおかないですわよ」
「ただじゃおかないって、何をする気だよ」
「そんなの勿論決闘ですよ。私にはあなたを殺す理由があるのですから」
「殺す理由って……。まあ、そこまではしたくないから、大人しく従うよ」
結局思わぬ乱入者によって、重要な事を聞けずに終わってしまった。
「気をつけてね、師匠」
ボクっ娘はさいごにそう一言残して去っていく。
(気をつけるって、ネネの事なのか? でも何で……)
ネネの様子がおかしいのは明らかだ。けど本人はそれに触れる事を明らかに拒絶している。
無理に聞くつもりはないが、このまま何もなしというわけにもいかない。
(どうしたものかな……)
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休暇当日。一泊二日ということで、朝から出発することになったので、俺は眠い目をこすりながらノブナガさんの部屋を訪ねた。
「眠そうですねヒスイ様」
「ちょっと一昨日から考え事が続いていて、なかなか寝つけないんです」
「旅行前に考え事なんて、楽しめるものも楽しめなくなりますよ?」
「それは分かっているんですけど……」
まさかよりによって、このタイミングで気になる話が出て来るなんて思っていなかったし、あの日以来ネネとも話ができていない。
(あいつが話すとは思えないけどな……)
「ヒッシー、折角の休暇なのにそんな調子じゃ、面白くないよ」
「俺自身も考え事している場合じゃないのは分かっているけどさ、気になることが一つあるんだよ」
「今はそれは置いておいて、もう出発しますよ?」
「あ、はい」
三人揃い、準備も整ったので、荷物を持ってノブナガさんの部屋を出る。移動手段は馬なので、さほど時間はかからないらしい。城を出る道の途中、ヒデヨシが小声で話しかけてきた。
「ねえヒッシー」
「ん?」
「ヒッシーが悩んでいるのって、もしかしてネネの事?」
「やっぱり分かってたのか?」
「一昨日ネネがヒッシーの部屋に向かうのをチラッと見たの。だから何かあったのかなって」
「あったといえば、あったけど」
どうやらヒデヨシには見え見えだったらしい。た
「この前の徳川軍との件もあるから、その探りたい気持ちは分かるけど、多分答えてくれないと思う。ネネはそういうのは話したがらないタイプだから」
「ああ、何となくそれ分かるかも」
現にあそこまで拒絶されたのだから、相当言いたくないのだろう。だからこそ気になるのだけど。
「私もずっと気にしていたけど、ネネは私達に言えない位の何かを抱えているんだと思う。だけどそれを無理に聞くのは、良くないと思う」
「やっぱりそうだよな……」
ネネの気持ちは分かる。俺だって話したくないことは沢山だ。それを他人が踏み込んでくるのも嫌なことも。
「二人とも、コソコソしてないで早く行きますよ」
気づいたらノブナガさんはかなり先を進んでいた。俺とヒデヨシは話しを打ち切り、ノブナガさんの後を急いで追うのであった。




