第25陣未来を生きる者
何もかもが不安ばかりの中始まった世界再生の旅。だが旅が始まってすぐ、当時高校生の俺には乗り越えなければならない事があった。
「え、えっとサクラさん? 二人で一部屋ですか?」
「二部屋も借りるほどお金がないから、仕方ないの。あ、邪な考えをしていた。殺すからね?」
「は、はい」
高校生と言ったら、まさに思春期。女の子と二人きりで同じ部屋で寝泊まりするなんて、色々耐え難い。
(えーい、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、だ)
その為か何度命を落としかけた事か。男という生き物は、本当に怖いね。
「もう、次やったら今度こそ命がないわよ」
「ごめんなさい、反省しています」
「嘘ばっかり」
「はい、嘘です」
シャキーン
「新しい魔法使い探さないと駄目かな」
「じょ、じょ、冗談だからその剣をしまってくれ」
側から見ればありきたりな日常。けど俺たちは世界を救うという使命が課せられている。
「サッキー、後ろに敵!」
「分かってる!」
その中にある僅かな日常は、俺、いや、俺たちにとってかけがえのない時間だったのは確かだった。
そして新しく仲間が増えたのは、その十日目。ある村を訪れた俺達は、一人の少女と出会った。
「すごい、傷が……」
「消えていく」
彼女は村唯一の治癒術師だった。その実力は、恐らく世界で五本の指に入っても間違いないくらいだった。
「私リアラと言います。世界で傷ついた人達の傷を癒す為に旅をしているんです」
彼女も俺達と同じく旅をしていたらしく、偶然この村に立ち寄ったらしい。折角なので共に世界を救う旅に出ないかと誘ってみたところ、
「こ、こんな私にそんな大きな役目を果たせるか分かりませんが、よろしくお願いします!」
これを何と彼女はあっさり承諾。
二人だった旅が、新たに一人増え、三人になったのだった。
ただし、
「本当サッキーは懲りないわね。次こそは打ち首がいいかな」
「そうですね。その時は是非私も協力させてください」
「お二人共マジでごめんなさい。だから勘弁してください」
俺の思春期はまだまだ続きそうだった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
そこまで話したところで、俺はある事に気がついた。
「あれ? もしかしてノブナガさん、寝てますか?」
「すぅ……」
話し込んでしまったせいか、ノブナガさんがいつのまにか眠ってしまっていた。
「って、どうしよう。ここ俺の部屋なんだけど……」
元の部屋まで運んであげたいが、あくまで俺は病人の身。ノブナガさん一人を抱えて運ぶなんて体力は、どこにも残っているはずがなかった。
「だからって起こすのも可哀想だし、このままにしておこうかな」
ただ、ここで一つの問題が発生する。布団が一つしかない為、どちらかが布団で寝るしかないのだ。
勿論ノブナガさんを優先して、布団に寝かすのだけど、俺はまだ風を引いている身。流石に何も無しで寝るのは、風邪の悪化に繋がってしまう。
「うう、寒い」
今更の話だが、ここの季節は今何なんだろうか?雨は降るし、寒暖差も激しいし、どれかの季節に当てはまるようには思えない。
(体感的には梅雨か、秋頃だと思うんだけど)
「って、今はそんな事考えている場合じゃないか」
とりあえずノブナガさんは布団で寝かして、俺は部屋にあったありとあらゆる物を重ね着して、うずくまった。
畳の上に仰向けになって寝てもいいのだが、こうしてうずくまって壁に寄りかかっていた方が、寒さは何とかしのげる。
(おやすみなさい、ノブナガさん)
俺は心の中で、そう呟き眠りに着いたのであった。
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世界は悲しみに包まれた。
勇者が命を張って世界を守ってくれたことに。
勇者サクラは永遠に世界にその名を刻まれた。
誰もがその名を忘れぬように。
世界は一人の少女と仲間によって救われたことを忘れないように。
勿論俺達もその名を刻むことになるのだが、俺はそんな名声や名誉なんていらなかった。だってその名誉ある少女を殺したのは俺なのだから。魔族でも魔王でもなく、俺なのだから。
「おかえりなさい、ヒスイ」
「師匠、俺……」
「話は聞きました。とんだ災難でしたね」
「災難で済む話じゃないです。俺は人殺しなんですから」
「そんな、人殺しだなんて。いつかは来るべき運命だったんですよ、きっと」
「運命だなんて、そんなのおかしいですよ!」
気がおかしくなりそうだった。どうして誰も自分を責めないのか、と。俺がいなければ、サクラは死ぬことはなかった。
それなのに、仲間も、国王も、誰も俺を責めたりしない。だから辛かった。優しい言葉をかけられるのが。
(俺は、何一つ頑張れてないのに)
頑張ったね、おかえりなさいとか言われるのが、すごく辛かった。
だからいっそのこと、死んでしまえばいいと思った。
俺はその日間違いなく生きる意味を見失った
「サッキー……めだよ……サッ……ー」
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「っ! はぁ……はぁ……」
また夢を見た。
あの、全ての終わりを迎えた日の夢を。
どうしようもない絶望に包まれたあの日の夢を。
「ってあれ?」
昨日はうずくまって眠ったはずなのに、何故か俺は布団で寝かされていた。
「目が覚めましたか? ヒスイ様」
「ノブナガさん? 俺確かその辺で寝てたはずじゃ」
「すみません昨日は。気がついたら寝てしまっていたようで。でもヒスイ様より早く起きれたので、布団に移動させておきました」
「わざわざそんな事しなくてもいいのに」
「病人が何文句言っているんですか。これで体調が悪化したら許しませんからね」
「何か、そのすいません」
正論を言われて、俺は謝る事しかできなかった。
「まあ熱は大分下がりましたし、今日こそ行けるんじゃないですか」
「行けるって、どこにですか?」
「何とぼけているんですか。ヒデヨシさんのところに決まっているじゃないですか」
「ヒデヨシの所に? どうして?」
「謝りたいんですよね彼女に。この前の事を」
「あ」
完全に見抜かれていたらしい。とは言っても、朝は寝ぼけてて本当に忘れていたけど。
「ちゃんと謝らないと駄目ですよ? 女の子を振ったんですから」
「振ったって……」
(間違ってはいないけどさ……)
その日の午後、体調も良くなった俺は今朝言った通りヒデヨシの部屋にやって来た。
ノブナガさんは気を使ってくれたのか、部屋の前まで来た後、用事ができたと言ってどこかへ行った。
「高熱で倒れた時は、本当に心配したけど、無事に治ったんだねヒッシー」
「まだ完治ではないけど、昨日よりは熱が下がったよ。心配してくれてありがとうなヒデヨシ」
「そんなお礼なんて言わなくていいよ。心配して当然なんだから」
「当然……か」
(でも俺が城を出た時には、もっと心配してくれたんだろうな……)
あんな酷いこと言われても、仲間だって思ってくれる気持ちはすごく嬉しい。だから俺も、しっかりと言わなければならない。この前の話を。
「なあヒデヨシ、俺この前さ……」
「待ってヒッシー!」
「ん? どうかしたか?」
「私今ヒッシーが何を言いに来たのか分かってる。分かってるから少しだけ時間ちょうだい」
「時間?」
「分かっていてもやっぱり辛いから。心の準備をする時間がほしいの」
「……分かった。ただ、風邪がうつるとあれだから、なるべく早くな」
「分かってる……分かってるから待って」
ヒデヨシの申し出により、少しだけ待つことに。
そして五分後、
「よし、オッケー。いいよヒッシー、話を続けて」
「随分待たせたな。まあいいけどさ」
時間が経ってしまったせいで、少しだけ話しにくい感じになってしまったが、俺は今思っていることをヒデヨシに告げた。
「この前は悪かったな。急にあんな事言い出してさ。俺もいきなり結婚なんて申し込まれるとは思っていなかったから、ちょっと動揺していた」
「あの反応はちょっとどころじゃなかったよ。でも、まさかヒッシーがあんな事言うなんて思っていなかった」
「それには、ちゃんとした理由があるんだ」
ここからが本題。本来ならノブナガさんにも聞いてもらいたいことでもあるのだけど、今はヒデヨシにだけ聞いてもらおう。
「もしかしてヒッシー、他に好きな人がいるからとか? あ、ノブナガ様とかかな」
「それもあるけど、そうじゃないんだ」
「じゃあ他に理由があるの?」
「ああ」
俺はそう言って一息ついた後、ヒデヨシにこう告げた。
「まだ確証的な事は言えないけど、俺はこの時代の遥か未来から来ているんだよ」
「「え?」」
ヒデヨシの声と重なって、部屋の外からも声が聞こえた。
「ヒッシー、それどういう意味?」
「そのままの意味だよ。俺にとってここにいる人達全てが、歴史上の人物。どんな生涯を送ったのかまで分かるんだよ」
「私が……」
「歴史上の人物?」
今度は声すら重なっていなかった。ていうかわざわざ盗み聞きしなくてもいいのに……。
「だからここで結婚したら歴史すらも変わってしまうかもしれないんだ。だからな俺はヒデヨシの想いには答えられない」
「そっか……。ヒッシーも色々抱えているんだね」
「勿論俺が今言ったことはあくまで仮定の話だから、実際はどうなのかは分からない。だからもう一つの理由として、俺には好きな人がいるんだ」
「……そっか」
ヒデヨシには申し訳なかった。でも彼女は彼女の未来がある。俺はそれを壊すことなんてできない。
それに二つ目の理由の方が、もしかしたら彼女を傷つけたれないと思うと心が痛む。
「ヒッシーは未来から来ているとするなら、もしかして私が誰と結婚するのも分かっているの?」
「え? あ、ああ」
「教えて教えてー。私の白馬の王子様を」
「そ、それはちょっと無理かな」
「えー、どうして?」
その相手が、あなたが最も避けてる人物だからです。
「どちらかといえば白馬の王子様というより」
「というより?」
「や、やっぱり何でもない!」
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ヒデヨシとも何とか和解した数日後、体調もすっかり良くなった俺は、ヒデヨシと共にノブナガさんも連れて久しぶりの城下町スウィーツ巡りをする事になった。
「噂では耳にしていましたけど、ヒデヨシさんってかなりの甘い物好きなんですね」
「俺も初めて見た時はビックリしましたよ。付き合わされた俺が食い倒れしてしまうくらいでした」
現在三件目のお店に来ているわけだが、俺とノブナガさんは勿論ギブアップ。ヒデヨシは底知れずと言わんばかりに、俺達を無視して食べ続けていた。
「でもよかったです。いつものヒデヨシさんに戻って」
「え?」
「実はあの一件の後、ヒデヨシさんも元気がなかったんです。事情は知っていましたが、彼女も結構落ち込みやすいタイプなんですよ」
「そうですか……。でも話を聞いていたなら分かると思いますけど、こればかりは俺にもどうにもできない事なんです」
「ヒスイ様は、最初から知っていたんですか?私達が武将であるとか、どんな戦いがこの先あるのか、とか」
「ハッキリとは言えませんが、だいたい把握しています。だから辛いこともあります」
「辛い事?」
もし仮にここが本当の戦国時代なら、この後ノブナガさんは確実に殺されてしまう。それも最も信頼しているであろう、ミツヒデの手によって。
(それを流石に話すことはできないよな……)
その未来だけはどうしても避けたい。
「まあ、今はそれは置いておきます。それよりヒデヨシ、もうお会計済ませて店出てしまいましたよ」
「え? あ、ちょっとヒデヨシさん、そんな先に行かないでください」
慌ててヒデヨシを追うノブナガさんの後を、俺は追う。ここ数日、色々な事があったけど何とか乗り越えられた。まだまだ解決していないことも多いけど、今はそれでいい。
(さてと、今日も頑張るか)
「ほらヒッシー、ノブナガ様、置いていきますよ!」
「そんなに急ぐなよヒデヨシ」
「待ってください、二人共!」
長い雨を抜けて、晴れ間がさす頃、俺たちはいつも以上の関係に、変わり始めていた。