第22陣武人の価値
私はヒデヨシさんに全てを話した。
「そんな……どうしてそんな事を言ったんですか?」
「ヒスイ様には分かってほしかったんです。ここはそういう場所で、私達はそういう人なんだって。そしたらヒスイ様は、こう言いました。『俺は戦人でもない。普通の人間だ』と。確かにそうですよね。ヒスイ様は私達とは違うんですよね」
「そんな事はないです! 私達だってヒッシーと同じ普通の人間じゃないですか。確かにちょっと特殊な環境かもしれませんけど、今こうして話をしているのは普通の人間だからじゃないんですか?」
「ヒデヨシさん……」
「私ヒッシーを探してきます。絶対に連れて返ってきます!」
そう言うと、ヒデヨシさんは部屋を出て行った。それと入れ替わりでミツヒデが部屋に入ってきた。
「どこにいるのかと思ったら、こんなところにいたんですね、ノブナガ様」
「ミツヒデ……」
「詳しい話は存じませんが、先程サクラギヒスイが西の方角へ去っていくのを確認しました」
「え?」
まだ何も言っていないのに彼の名前が出てきて、私は下げていた視線を上げてしまう。
「私は彼を追うべきなんでしょうか?」
「それはノブナガ様が決めるべきだと思います。私は何も言いません」
「私が決めるべき事……」
「何があったのかは存じませんが、ノブナガ様は彼を連れ戻したいんですよね?」
「……はい」
「なら答えは決まっているのでは?」
ミツヒデの言葉を聞いて、私は立ち上がる。
答えなんか最初から決まっていた
けど何も解決しないまま連れ戻したら何も変わらない
「ノブナガ様の言う彼の甘さは、同時に優しさだと思います」
「優しさ?」
「彼は戦に向かないほど優しすぎるんだと思います。けどその優しさを我々が拒否する必要はないと思いますよ」
ヒスイ様の優しさ
彼は亡くなった大切な人の事をずっと思い続けている
彼は困っている敵に手を差し伸べた
それも全部優しさ。
「私何も分かっていなかったんですね」
ミツヒデが用意してくれたもので簡単な身支度をした私は、彼の部屋を出る。
「ミツヒデ、少しの間頼みます」
「分かりました」
私はミツヒデの言葉の通り西へと馬を走らせたのだった。
「戦に向いてないのは貴女もなんですよノブナガ様……。貴女も織田を率いるものとして、鬼になりきれていない。だから……」
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ずっと雨に打たれていたら、寒くなってきたので近くの洞窟に一旦雨宿りすることにした。
「すっかり土砂降りだな……」
俺が今迷い込んでいるのは、どこか知らない深い森の中。周りを見渡しても何かが特別あるわけでもなく、本当にただの森だった。
(どれだけ離れたんだ安土から)
これじゃあ本当に安土城には戻れなくない。いや、戻れたところで俺は……。
「へぷち」
そんな事を考えていると、俺ではない誰かのくしゃみが洞窟内から聞こえた。
「誰かいるのか?」
この洞窟自体結構広そうなので、誰かがいてもおかしくはないのだが、こんな時に誰かがいることが不思議なので、試しに声をかけてみることに。
「その声……もしかして、ヒスイですね」
「げっ、まさか」
返ってきた返事で、誰がそこにいるのかが判明。よりにもよって、今会いたくない人と遭遇してしまったらしい。
「何故あなたがここにいるんですか?」
「訳あって、たまたま雨宿りしているだけだよ。そういうおまえはどうなんだよヨシモト」
「私もたまたまです。なので今日は別に戦おうとは思ったりしていません」
「こんな雨の日に誰が戦う気起きるかよ」
声の主、今川義元は姿は現そうとはせずに、お互い声だけで会話をする。こんな土砂降りの雨の日にまた戦おうなんて気力は起きない。風邪を引いて損をするだけだ。
「それにしにても、よくもまあこんな遠い地まで一人で来ましたね」
「そんなに遠いのか?」
「安土城からだとここまで一時間はかかります。しかもこの森には、普通通らないところです。そんな所になぜいるのですか?」
「敵のお前には関係ない」
「ふうん、喧嘩でもしたんですか?」
「べ、別にそうじゃねえよ」
図星を突かれ、俺は少し動揺する。けどそれ以上俺は答えなかった。
「そういえばまだ貴方に礼を言っていませんでした」
「礼?」
「先の戦で助けてもらったじゃないですか」
「ああ、あれは別に偶然で」
「偶然だろうがなんだろうが、関係ありません。ありがとうございました」
「お、おう」
まさか改めて感謝されるとは思っていなかったので俺はたじろぐ。
「しかし貴方には一つ警告しておきたいです」
「警告?」
「その優しさ、いつか必ず痛い目に合いますよ」
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同時刻、激しい雨が降りしきる中でのヒスイ様の捜索は、二時間経っても未だに消息掴めなかった。
「ノブナガ様、この雨だとヒッシーもどこかに雨宿りしているかもしれません」
「やはりそう考えるのが妥当ですよね。問題はどこで雨宿りしているか、ですけど」
ヒデヨシさんと合流した私は、彼女と手分けして探し続けたものの、その行方は掴めず途方に暮れていた。
「ここまで来ているとなると、この先は確か森になっていましたよ」
「確かそうでしたね」
「あの森かなり広いですから、今日の捜索はそこまでにしましょうよノブナガ様」
「明日になる前に、見つかればいいんですけど」
二人で馬を使って、かなりの範囲の場所を探し回わったのでお互いにそれなりに疲れている。
その為私達は少しだけ雨宿りをしながら休息をとることにした。
「ヒスイ様はどうしてあんなことを言ったんでしょうか?」
「あんな事?」
「ヒスイ様は私に言ったんです。人の死を簡単に乗り越えられるほど俺は強くないって」
「まるで自分がそうであるような言い方ですね」
「多分実際そうだと思いますよ。ヒスイ様、時折悪夢にうなされているみたいですから」
その悪夢がなんなのかは私達には分からない。けどもし、もし彼がその事を話す気になったら、私は真剣に聞きたい。
彼の事を知りたい
私はいつの間にかそう思うようになっていた。時々話してはくれていたものの、それ以上の事を私は知りたかった。
過去にどんな事があって
どんな傷を背負っているのか
そしてその傷を私にも背負えないのだろうか
同情とかそういうものではなく、私は純粋にそう思うようになっていた。
「彼一人孤立しているから、もしかしたらと思ったら、やはり探しに来ていましたね」
二人でうーんと悩んでいると、丁度外から声が聞こえた。この声は確か……。
「その言い方ですと、ヒスイ様の居場所を知っているかのように思えますが、ヨシモト」
「勿論知っていますよ。何故なら先程お会いしましたから」
「え?!」
身を乗り出すと、そこには案の定ヨシモトがいた。
「それは本当ですか?」
「はい。教えてほしいですか?」
「て、敵ではありますがヒスイ様の為なら」
「待ってくださいノブナガ様。罠の可能性も考えた方が」
「勿論タダでとは言っていませんけど。あそこにはもう私の兵を送っておきましたから、増援をされては困りますし」
「そ、そんな。ヒッシー今武器も持っていないのに」
「卑怯な事をするようになりましたね。ヨシモト」
「別に卑怯ではありませんよ。ちゃんと言っているじゃないですか、条件を満たせば場所を教えるって」
どこか勝ち誇った顔でそう言うヨシモト。
「その条件とは何ですか」
「織田軍が我々今川軍の傘下につくこと、それが条件です」
「なっ、そんな事できるわけないですよ! そうですよねノブナガ様」
「かなり厳しい条件を言いますね。そんなの勿論お断りします」
そう言いながら、私は腰の太刀を鞘から抜く。
「はぁ……やはりそうなりますか。いいですよ、私あなたと一度手合わせしたかったので」
やれやれと馬から降りて槍を構えるヨシモト。彼女とは何度か戦った事はあるから実力を知っている。
(ヒスイ様の為にも、この戦い負けられません)
「私があなたを倒したら、意地でも教えてもらいますから」
「いいですよ。ただし勝てたら、の話ですから」
『勝負!』
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体に力が入らない
「はぁ……はぁ……」
「まさかこれほどまで腕を落とすとは。随分と弱くなりましたねノブナガ」
「ノブナガ様!」
目の前にヨシモトという敵がいながら、私は全力をぶつけられなくなっていた。
「やはり私の思った通りでした」
「え?」
そんな私を見たヨシモトは、構えを解く。その理解不能な行動に、私は戸惑いを隠せない。
「今のあなたと戦っても、全く面白くありません。何故ならあなたは戦いながら別のことを考えてたあるからです」
「別に私は、戦いに集中できていないわけではありません。さあ、続きをしましょうヨシモト」
「無駄です。今のあなたは、戦う意志すら見られない。こんな無駄な戦いで傷がついたら、折角の綺麗な体が汚れてしまいます」
「あなたはさっきから何を言っているんですか? その首討ち取らさせてもらいますよ?」
「今のあなたにはできるわけがありません。武人としての価値すら失った今のあなたには」
「っ!?」
ヨシモトの言葉が私の胸に鋭く突き刺さる。
(武人としての価値……)
まさかヒスイ様に言った言葉が、そのまま自分に返ってくるとは思わなかった。
「もしかしてノブナガ様、ヒッシーの言葉が……」
「今のあなたには私は殺せない。ただ私も今日は本気で戦うつもりはなかったので、この辺で帰らさせてもらいます。そろそろ彼を連れてやってくる頃だと思いますから。それでは」
「あ、ちょっと待って!」
ヒデヨシがヨシモトを呼び止めるが、彼女は無視してその場を去って行った。
「一体なんだったんでしょうかね。ノブナガ様」
「……」
「ノブナガ様?」
敵にかけられた情け
それはあまりに重たく、そして彼女の残した言葉が私の心を深い闇へと落としていった。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
相変わらず雨が止まない中、未だに外へ出られない俺は、先程から何かが近づいている気配を感じていた。
(こんな時に敵か?)
もしそうだとしたら、何軍なのかはハッキリしている。恐らくヨシモトは、俺がここにいることを知り、何かしらの方法で伝令を伝えた。しつこく聞いて来たのは、時間稼ぎだった可能性が高い。
(つまりピンチって事か)
飛び出して来てしまったので、あいにく太刀を持っていない。頼れるのは魔法のみ。
だが一つ問題なのが、先日の戦いで使った魔力が、まだ回復しきれていないこと。そしてこの悪天候。色々と悪条件が重なっている。
(でも確実に足音が近づいているし、どうするか)
冷静に考えている時間もないので、僅かでも魔力の回復をさせる。
「いたぞ、こっちだ!」
だが間もなく敵軍が到着する。
「やるしかないか」
外に出て敵を待ち構える。少し先に敵の旗が見えるので、もうすぐ敵はやってくる。
(ん?)
だがその途中で、俺は違和感を感じた。あの旗って確か……。
「敵じゃなくて織田軍の旗じゃん」
てっきり今川軍だと思っていたので、思わず驚いてしまう。
「ヒスイ様、ここにおられたのですね。至急ノブナガ様の所へ向かうので、こちらの馬をお使いください」
俺の所へやってきた一人の兵がそう伝える。
「至急って、ノブナガさんに何かあったのか?」
「説明は向かいながらします。とにかく急いでください」
「わ、分かった」
何か起きたのかと思い、急いで俺は馬に乗る。さっきまでのいざこざは何一つ解決していないけど、緊急だと言うのなら、急いで向かうしかない。
「よし、急ぐぞ!」
俺は一つ合図をして馬を走り出させる。だがわずか数秒も経たない内に落馬してしまう。
(そういえば俺、馬に乗ったことなかった……)
そのあと何とか馬に乗る事に成功し、迷い込んだ森を抜け、少し走った先、そこにノブナガさんとヒデヨシがいた。
雨の中呆然と立ち尽くしているノブナガさんと、それをただ見守ることしかできないヒデヨシ。今来た俺にとっては、何が起きたのかさっぱり分からない状況だった。
「ノブナガさん! ヒデヨシ!」
「ヒッシー? どうしてここに?」
とりあえず声を出して二人を呼ぶが、ノブナガさんからは返事が返ってこなかった。
「大丈夫か? 何があった」
「ヒッシーの馬鹿! 何があったじゃないよ、勝手に城を出て行って」
「ごめん。ちょっと色々混乱していてさ。それよりもノブナガさんが様子変だけど何かあったのか?」
「実は少し前にね」
ヒデヨシから俺が到着するまでに起きたことを説明される。
「二人のとこにも来たのか? ヨシモト」
「うん。ヒッシーを包囲したとか色々言っていたけど、そうじゃないんだ」
「ああ。俺もてっきりヨシモトの罠にはめられたと思っていたけど、やって来たのは織田軍の兵だけだったし。って、そんな事よりも」
俺とヒデヨシが会話しているにもかかわらず、ずっと同じ状態のノブナガさんに、俺は声をかける。
「ノブナガさん、俺はちゃんと話したいことがあるんてますけど、聞いてくれますか?」
「……価値が……ない……」
「ノブナガさん?」
「私には……もう……生きる価値が……ない……」
「え?」
雨の中一人そう呟くノブナガさんに、俺はどう言葉をかければいいか分からなかった。




