第20陣甘さ故に
私が安土を離れた後、二度の戦が起きていた報告は受けていた。一度は退け、二度目は最悪の状況だと。
「私がいない隙に好き勝手にやってくれましたね、イエヤス」
「久しいのうノブナガ。まさかこの状況で戻ってこれるとはのう」
「貴女の想定よりも早くに気づけましたからね」
私は敵兵を斬り捨てながらイエヤスの前に立つ。イエヤスに捕まっているネネさん、そしてイエヤスに破れて傷つき倒れているヒデヨシさんとヒスイ様。
(迂闊でした……まさかこんな事になるなんて)
この三日間の外出も、イエヤスが私に持ちかけてきた罠だった。
この先の戦の為に同盟を組みたいと
そうすれば天下統一に近づけると
「まんまと騙されおって。我が同盟など組むと思うたか?」
「そうでしたね、貴女はそういう人でした。自分の為なら人の気持ちも操る最低な人間です」
私はヒスイ様をヒデヨシさんの近くに運び出し、鞘から太刀を抜く。
「これだけの事をして、ただで済むとは思わないでくださいね」
「我と決着を望むか。それも面白い」
イエヤスもそれに答え拳を構える。彼女とこうして直接戦うのは久しぶりだ。
(この戦い、絶対に負けられません)
「行きますよイエヤス!」
「来るがよい!」
私がイエヤスの懐に踏み込む。しかしそれを遮るものがあった。
「親方様、今は控えてください」
私の太刀を受け止める一人の少女。彼女が手にしているのは二つの小刀。
(この子どうやってこの間合いに)
「なぜ邪魔をするボクっ娘」
「今ここでノブナガと戦うのは得策ではないと思うんです。それにまだ上杉の残存もあります。ここで戦力を消耗するのは正しくないかと」
「言うようになったのう。それもそこにいる師匠とやらの影響かえ?」
そう言いながらイエヤスが見たのはヒスイ様だった。
(え? 師匠?)
「そ、それは関係ないです。とにかく、この戦いは次に持ち越してください」
私の太刀を弾いた少女は、ネネさんの方に寄って、耳元で何か一言言った後にこちらに寄越した。
「な、何を勝手な事を」
「親方様、彼女の件は私達が決着つけると言いましたよね? それなのにどうして、こんな真似をしたんですか?」
「下級の忍のお主には関係のない事じゃ」
私達を無視して話を続ける二人。何故か分からないけど、ネネさんを開放してくれたのは私としてはすごくありがたい。
(これで心置きなく)
私は太刀を構え、次の一撃の隙を伺う。
「あとでちゃんと説明してくれるんじゃろうな」
「はい、しますよ。ボクも親方様に聞きたい事があるので」
「なら今日は引かせてもらおう。ノブナガ、決着はお預けじゃ」
しかしイエヤスは構えを解き、私にそう告げた。
「な、どういうつもりですか? お預けなんて」
「こっちにちと用事ができたんじゃ。すまぬのう」
そう言いながら立ち去ろうとするイエヤスを引きとめようとするものの、状況を考え私は追い討ちをせず三人の元に駆け寄った。
「ノブナガ様……遅いですよ……」
「すいません、時間がかかってしまって。それより私聞きたい事があるんですが、いいですか?」
ヒデヨシさんとネネさんに聞く。私が聞きたいのはこの二日間の出来事。
あの子はヒスイ様のことを師匠と呼んでいたその理由
そしてどうしてネネさんが捕まってしまったのか
「分かりました」
「……」
ヒデヨシさんは返事してくれたものの、ネネさんは一切何も答えてくれなかった。
そして私がこの事情を知るのはもう少し先の話になってしまう
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重傷のヒスイ様の治療が済んだ後、私は改めてヒデヨシさんから話を聞いた。
「つまりあの子にヒスイ様が剣を教えたんですか?」
「はい。私も止めたんですけど、ヒッシーがあっちの押しに負けちゃって」
「そしてその隙にネネさんが攫われてしまったと」
大体のことは理解できた。しかし今回の件は、私としては簡単に見過ごせなかった。
(ヒスイ様、幾ら何でも敵をこちらに呼び寄せるなんて……)
それがどれだけリスクの高いことか、彼は何も知らない。この時代の中で、その意思は甘すぎる。
相手は敵
いくらしつこくても、それを貫かなければならない。
(その罠にまんまと嵌ってしまった私も人のことを言えませんけど……)
「ノブナガ様、あまりヒッシーを責めないでください」
「分かっていますよ。ただ」
「ただ?」
「彼の甘さはいつか悪い結果を生んでしまいます。その前になんとかしないといけません」
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俺が再び目を覚ましたのは、自室だった。視界には心配そうにこちらを見ているノブナガさんの姿もあった。
「目が覚めましたか? ヒスイ様」
「ノブナガさん……どうしてここに?」
「全部罠だったんです」
「罠?」
「私の遠征もイエヤスが仕組んだことだったんですよ。私を安土城から離れさせるための」
「そうなんですか……」
つまり今回の件の全ては徳川家康によって仕組まれていたということだ。
(とんでもない策士だな……)
「そういえばヒデヨシとネネは?」
「無事に救出しました。イエヤスは逃がしてしまいましたが、二人とも無事です」
「そうですか、よかった……」
二人が無事だったならそれでいい。今回の目的はネネの救出だったのだから、それを果たせたのなら、それで構わない。
「ヒスイ様、この状況の中でよく頑張りましたね。ウエスギ軍までもが攻めてくるのは、私も予想外でした」
「俺は……何も頑張れてないですよ。魔力が尽きてしまえばただの人間。情けないですよ」
「それでも必死に城を守ろうとしてくれたのは、感謝の意を示さなければなりません。城の主として御礼申し上げます」
「ノブナガさん……」
「ですから、今は十分に体を休ませてください。色々話したいことは、怪我を癒してからしましょう」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
もう一度ゆっくりと目を閉じる。かなり消耗していたのか、すぐに睡魔はやって来た。そして気がつくと眠っていた。
(最後に言った色々話したい事ってなんだろう……)
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全てが終わった。
消えていく闇、光を取り戻す世界。
皆が歓喜の声を上げる。
そう、全ては終わったんだ。
「サクラ! おい、大丈夫か!」
大きな代償と共に
「ごめんねサッキー……折角……魔王倒せたのに……」
「何言っているんだよ! どうして……どうして……」
「どうして俺を庇ったりなんかしたんだよ!」
俺みたいな小さな一つの命を守るために
「何でかな……分からないや。でも……私後悔してないんだ」
「嘘だ! 俺なんかの命を救って、後悔してるに決まってる!」
「サッキーにはね……帰る場所があるから……そこに帰るまでは……死んでほしくなかった……だから……守れてよかった……」
それが彼女の、勇者としての本当の最後の仕事だった。
「今までありがとう……サッキー……だいすき……」
「サクラ?! サクラぁぁぁ!」
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「また嫌な夢見たな……」
俺が再び目を覚ましたのは、翌日の午後。目覚めは全くと言っていいほどよくなかった。理由は分かっている。
(よりによって、あの夢を見るなんて……)
それは俺の一番の苦しみでもあった。本当に立ち直れない位の出来事だったし、今でもその時の記憶は鮮明に残っている。
(俺はあの時何もできなかった……お前を助けなきゃいけないのに……俺は……)
この苦しみはいつになれば消えるんだ。