嫌だね、こんなのもう。
―――学校行きたくねえなぁ……、あーかったりぃ。
そんな事を思うのは稀に、ではない。頻繁に思う。学級の教室へ進まなきゃならない筈なのだが、しかし足が重い。足がまるで鉛にでもなってしまったかのようだ、という表現は、今こそ使うべきなのだろう。重々しいため息を吐きながら教室の中に入る。其処には見慣れた、数名のクラスメートの顔と、珍しく早めに教室へ訪れていた教師の顔があって―――また溜息。何かあったんだろうかという教師の視線から逃げながら、僕は自分の机の上へリュックサックを置いた。
暑い。もうそろそろ十月になる筈だと言うのに、連日襲い来る熱気はなかなか弱まってくれない。おかげで僕は家から学校に付くまでの十分弱を、熱気に耐えながら生きぬかねばならない。暑さに弱い、熱しやすい僕としては―――正直たまったもんじゃない。これだから残暑と言う物は嫌いなんだ。勿論、夏も大嫌いだが。まあ、僕に言わせれば、暑いものは殆どが嫌いのうちに入る。暑苦しい熱血少年の類もなかなかに苦手だし、熱血教師も生理的に受け付けない。……そういう歪んだ見方をしてしまうと、このクラスは僕にとって最悪だ。僕ら一組の担任教師は女なのだが―――現代では珍しいだろう熱血さん。頑張り過ぎると皺が増えますよ、なんて言うときっと鉄拳が飛んでくるタイプ。最近髪を切ったので、少々男らしくなっている。正直に言おう、下手な男子より男前であると。
「ッチ」
そろそろチャイムが鳴る。それと同時に始まるのはつまらない読書タイム。こんな事をする時間があるなら僕に勉強をする時間を寄越してほしい。或いは絵を描く時間にしてくれたっていいんだよ―――などとは教師の前では絶対に言わないでおく。何せこの人、熱血なだけにあしらえない。やる気なしなしの僕にとっては害獣もいいところである。
つまらない読書タイム―――教員にとっては職員朝会の時間だ。この時間の間、僕ら生徒は教師の目から逃れる事が可能である。つまり何を意味しているか―――というのは最早言うまでもないだろう。
「だからさー、旭がさー」
「マジか! 馬鹿じゃないの、幼稚かやー」
会話が聞こえてくるわけなのだけれども、幼稚という意味を理解して彼女らが会話をしているのかは謎である。彼女らは時折意味不明な会話を交わしているので、会話を盗み聞きしていると首を傾げてしまう事が多々ある。「さー」とか「かやー」というのはこの県特有の訛りである。どうやら皆は標準語で会話を交わしているようだが、がっちり訛っている。方言に関しても「使ってないよー。ほら、訛って無いさーねー」などと言ってくれるけれども―――明らかに訛っている。
「……」
本から一度顔を上げ、僕は誰にも気付かれないように溜息を吐く。ああ、煩い煩い。読書の時間くらい静かにしてくれないだろうか。……いや、きっとこれでも静かにしているつもりなのだろう。この県の人間の感覚と言うのはなかなかわかりかねる。
読書中に人と話をするのは他人の集中を乱す事と直結していると考えている僕は、読書タイムに他人と会話をする事がない。なので、誰かがこの時間にぺらぺらぺらぺらと下らない雑談をしているのを聞いていると、本当に黙ってほしいと思う。そんな話休み時間にでもすりゃいいだろうが、と思ってしまうのである。そういうのを歪んでいる、というのだろうか。僕の中ではあくまで普通の考えなので、彼らの考えと合致しない点もいくつかあるだろう。……その点の一つ、というのが今挙げたおしゃべりの事かもしれない。とにかく、一言言うならこうだ。黙ってくれ。
という僕の思いが天に届く訳もなく、当然のように読書タイム終了の鐘がなり、職員朝会の時間も終わる。そろそろ先生が教室に戻ってくる。ああもう、戻ってこないでくれないかな。
「ねえねえ」
「ん?」
話しかけられて相手の方を見る。僕の苦手な人物だ。
「次の授業ってなんだったっけ? それと今日ってA日課ね、B日課ね?」
「ああ……」
手前さっきもそれ聞いてきただろ、という言葉は呑み込む。
「A日課。次は―――」
なんだったっけ、と思考を巡らす。何せ普段時間割なんて気にしちゃいないので、いちいち記憶してないのだ。
「あー、そうだったの!? あ、次って数学だって!」
……一々オーバーな女だなあ。つーか、お前の言い方だと僕が次の授業の内容を訊いたみたいになってんだけど、どういうことだ。自己解決するなし。
「……ああそう」
もう返事をするのも面倒臭い。心なしか周囲からの視線が刺さる。こいつと話をすると何故かクラスメイトの視線が一時的に集まるのである。ただ単にこいつの声が異様にデカイからなんだろうけど、なんか恥ずかしいので勘弁してほしい。僕は別にこいつと仲良くしたくて一緒にいるわけじゃないんだよ。なんでだか知らないけどこの子が勝手に僕んとこにくんのよ。皆さん勘違いしないでね。
「はぁ」
溜息。もう面倒臭いなぁ、なんて言う事さえ面倒臭くなってきた。教室はいつものように騒がしい。僕の頭は彼らの会話でガンガンと痛む。なんなんだよ全く。
学校アレルギーとでも言うべきなんだろうか、この症状は? とくにもかくにも、僕は―――
―――入学するべき学校を間違えてしまったとしか言えないんだ。