三浦編2
「スルー」
三浦(なんとか隙間をぬっていこう)
そう思うも僅かな隙間すら見つからない。三浦は愕然とする。しかしそれでも、と半ば強引に、人形に触れる面積を少なくしようと足の親指だけで進み出す。
三浦
足全体がつりそうになる。狭い両壁に力をかけながら洗面所を出、通路を進んでいく。廊下は暗く、奥までは見えなかったが通路の途中で電気のスイッチがあるのに気付く。足の指二本で進むのに慣れてきたのか、いつの間にかリズミカルに移動出来るまでになっていた。それでも一歩で30cmばかりの移動に過ぎない。三浦のなるべく人形と激しく接触したくないという切実な思いによる慎重さからだ。
一瞬だけ二本指で立ち止まり、通路の電気を点けた。奥には戸が二つ。少し前の右手に一つ。正面のドアノブ付きの黒い扉はどっしりとした重量を感じさせ、この家には相応しくない。違和感を覚えつつもとりあえず、と最も近くの右の戸に手を伸ばす。三浦は見過ごしていたのだ。黒い扉の鍵穴を。
「踏みつけ」
廊下の光だけで部屋の全体像がすぐに分かった。入るまでもなかった。二階と同じ、六畳の広さだ。窓はあるようだが、それ以外に家具一つない。引き返そうと再度足元の人形達へ気を配る。この人形達はあの彫像みたいに、いつの間にか体が三浦の方向に変わっていた。三浦が目を離した隙に一体残らず。洗面所の時点でそれは把握していたことだ。だが、
三浦(こいつら…、こんな顔だったっけか?)
いや、していない。確実に異変が起きている。三浦の体が硬直した。ポーカーフェイスを貫いていたはずの人形達。それが今では全て鬼のような形相に変化している。眉がつり上がり、両目と合わせて逆ハの字が出来上がっている。口はへの字だ。まるで怒りをあらわにしているかの如く三浦を睨んでいる。
三浦
三浦は気付いた。もっと早く気付くべきだった。完全に油断していた。三浦の右足の親指が、一体の人形の足を完全に踏みつけていたのだ。多分、部屋を覗き見する際に人形への注意を怠ってしまったのだろう。ここに来るまでは気を付けていたのに。そしてさらなる恐怖。三浦が足を踏んでしまっている人形だけ、表情が違っていた。無論、ポーカーフェイスなどではない。
「形相」
三浦(はあっ!?)
そいつだけが怒りの顔ではなかった。人形の目は真ん丸と大きく見開かれていた。黒目がちで細い目を、これでもかというくらいに白目の部分が見えるように。どうみても驚いてる表情だ。しかし三浦にはふざけているようにしか感じられなかった。
するといきなり、キアアアアという騒音が響いた。静けさばかりに囲まれていた三浦は余計に騒がしく聴こえた。音は真下から。すなわち、三浦が踏みつけナメた顔をした人形だ。その人形が悲鳴を上げたのである。だがそれも束の間、その叫び声は3秒も続かなかった。ピタリと止んでしまう。そして同時に照明が落ちた。
三浦「何だ?」
視覚が奪われる。先程までは慣れかかった暗闇も、今では新鮮な闇に変わっていた。と、人形を踏みつけていた右足。三浦は右足の感覚がおかしくなったか?と思うくらい、人形に触れてる感じがしなかった。いや、実際人形はそこにいなかった。消えていたのである。
「五寸釘」
三浦(いつの間に)
足を床につけたままで軽く左右に動かす。どうやら三浦の周囲、いや、全ての人形が消えているらしい。
ガタッ、と音がしたのは直後であった。視覚が使えない分、他の四感を頼りにしていた三浦。その音の位置を正確に認知する。
左手後方。ただし左の距離が圧倒的に長いとみる。そこは三浦がついさっきまでいた洗面所である。
三浦(今のは何かを開ける音だったよな…?)
戸は三浦によって開かれたままのはず。洗面所には他に何があったか。というより何があるべきかを考えればすぐに分かることだった。
浴槽だ。浴槽の扉が開いたのだろう、と気付く。三浦は近くの通路のスイッチに触れる。オフになっていたようだ。再び明かりを点けた瞬間、慄く。
三浦(まさか……俺が洗面所にいたとき……あいつはいたんじゃあ…)
「あいつ」とは、既に三浦の視界に入っていた。よく声を出さなかったものだ、と三浦は自画自賛する。「あいつ」は洗面所の前に立っていた。三浦との距離は7mかそこらが妥当だろう。
「あいつ」とは人間だった。白装束を着た髪の長い女。右の手には金槌がある。左の手には太い五寸釘が大量に刺さったわら人形。
丑の刻参りをご存知だろうか。わら人形に憎き者の髪の毛を入れ、釘を打って殺す呪術である。そんないでたちだと三浦は思った。本来、丑の刻参りとは顔を赤く塗ったり頭に松明を立てたりするのだが、そこまで深く知らない人も多く、三浦もその一人だ。五寸釘、わら人形、白装束の三点だけでも丑の刻参りをイメージさせるのには十分だった。
「卵」
どうみても人間にしか思えないがその女性は不自然な程に微動だにしない。が、とある彫像が頭をよぎる。
西欧のガーデニングの様な場所にいた彫像は、自分が見ている内は全く動かなかった。それと同じ性質なのでは、と考えた。例えそうだったとしても、前回とは違って狭い場所だし相手は金槌や釘という武器を持っている。彫像自体が鈍器と考えれば、という話ではない。以前の様に身体能力が格段に上昇してる場合ならば切り抜けられるかもしれないが、そんな雰囲気は体全体の重みからして考えられないからだ。この狭い状況では思考猶予さえ長くは貰えないだろう、と三浦は現状を客観視した。
三浦(多分この鍵が何かあると思うんだけど…)
不意に焦点を外してしまうと、急に視界の女性が動きを見せた。自分に近付いてきたわけではない。ただ頭だけが、下向きに動いた。ぼとり、と頭部がずり落ちたのである。
三浦「うわあああっ!!」
頭部が落ちて、長い髪の隙間から顔が見えたのだが。
何もなかったのだ。つるりと、卵の様にのっぺらぼうだった。鼻や口や目がなかった。二重の恐ろしさが三浦を叫喚させた。
視界から外してはいけない、というある意味での暗黙のルールを三浦は無視した。後ろへ逃げようと足を回転させる。
三浦(鍵穴!)
同時に黒い扉の鍵穴を発見したのは三浦にとっての一筋の光。しかし暗黙のルールを破った上ではそれも淡い光である。
「痛覚」
いわゆるアドレナリンが出ている三浦の視線の先は、黒い扉。左手の鍵を素早く右へと持ち変えた。ここで鍵穴がはまらなかったら、三浦は絶望していたであろう。だがピタリとはまった鍵穴は勝利という二文字を三浦に突き付けた。脱出成功。
するはずだった。突如として右肩の痛覚が過剰に反応する。
三浦「っだあああっ!!」
釘で刺されたのであろう。振り返らずとも血が吹き出しているのが分かる。実行しているのは間違いなく白装束。続いて、ガン、とおそらくは刺した五寸釘を金槌でさらに深くえぐる音が。痛みに震える三浦。あとは鍵を回して扉を開けるだけ。それだけの動作さえ痛みで封じられる。振り返れば白装束は動きを止めるかもしれない。だがその時、喉に釘を刺されたり顔面を殴打されはしないという保証はどこにもない。
三浦は痛みに耐え、首をすくめて背中を丸めつつ急いで鍵を回す。ガチャリと。
三浦(後は開け…)
新たな悲鳴は背中からだ。釘ではなく、直接の打撃でねじふせられる。それでも三浦は両足で踏ん張った。今度こそと、扉を開ける。寸前で足を釘で刺された気がしたが問題はなかった。光に包まれるとともに全ての感覚が消失した。
三浦はこの閉鎖を攻略した。
「セカンドステージ」
難易度★★★