藤林編2
「セカンドステージ」
藤林「!?」
藤林は気付いたらそこにいた。そこ、とはどこなのか?まったく見当もつかない場所であった。
ただ、暗かった。さっきまでいた場所とはうってかわって暗かった。多分夜だ。しかし硬い床がある。壁もある。天井もある。
藤林「……家……?」
どこかの家のようだ。自分が今いる部屋は子供部屋だろうか。机が隅にぽつりと置かれているだけだ。それ以外には何もない。クローゼットではなく、押入れがあることからこの家は和風なのだろう、と考える。なんとなく古風なイメージが漂った場所だ。悪くいえば古臭い造りなのだが。
藤林はカーテンすらない一つだけの小窓から外を見た。この部屋が二階であることと、この住宅は森林で囲まれていることが分かった。窓は鍵さえ着いていないが、開けるための取っ手もない。割ろうといえど、その後にどうする?闇の中で森林を駆け回るのか?そんな恐ろしいことをするわけがない。極小の明かりは外から差し込んでいるのだと思われる。藤林の角度からは分からないが、月光なのだと勝手に解釈した。
多少の不安を抱きながら机や押入れを開けたが空っぽだった。行くべき道は一つ、廊下への扉を開けるしかない。密室から逃れるためには。
「音」
動かなければ何も生まれない。動かなければ何も終わらない。しかし藤林は、この扉である襖を開けることが怖かった。押入れ一つ開けるのにも10秒以上掛かった。二段式の空間があるのにホッとした。少し前の彫像の様なものがなくて安堵した。ティッシュ箱に恐怖する者がいるだろうか、机に恐怖する者がいるだろうか。いない。人形に恐怖する者がいるだろうか、マネキンに恐怖する者がいるだろうか。いる。少なくとも、この状況下では、藤林は恐怖する。同じ静物といえど本質はまったく違う。人型に近いほど人間は恐怖を覚える。動きそうなものに恐怖を感じる。
藤林はそれを体験していた。もしまたそれに出会ったら恐怖でしかない。この部屋から外は未知の世界である。
と、静止していた藤林は緊張した。扉を開けることに対してではなく。今まで自分はなぜ気付けなかったのか。
床下、すなわち一階から。ギシ、ギシと同じ周期で足音が聞こえていたのである。
「安心」
一階には少なくとも何か、がいる。彫像?と一瞬だけ頭をよぎったが、いや、と否定する。彫像がこんな和の雰囲気にいたら滑稽でならない。あまりにも無様だ。ギシギシと、古めの木造建築と思われる床を踏む音が、急ぐこともゆっくりになることもなく、ただ小さく響いている。この音が近付いてきたりでもしたら恐ろしい。だが、足音はずっと同じ場所から発せられている。藤林は耳を床につけ、
藤林(真下ではないかな…)
と推測した。しかし最初こそ緊張したこの音だけれども、不思議と一分足らずで慣れてしまった。むしろ一定のリズムで心地いい、安心する感覚に陥った。今、藤林にとって最も恐怖することは、この音が突然止まることである。もし止まったら…と、藤林はあまり深くは考えないことにした。そして襖を開けることを決心した。
「対比」
襖をゆっくりと開けた。いかにも古めかしいものだったがスムーズに開けられた。ゆえにゆっくり開けようとしたが、思った以上に勢いよく開いてしまったのだ。そして廊下へと両足を延ばす、
その時。藤林は絶望した。ああ、と。しまった、と思った。危惧していた通り、ギシギシという音が止んでしまった。血の気が引いていく。音の持ち主は自分に気付いたのか、それとも廊下からは聞こえない音なのか。確かめようとは思わなかった。先程までいたその部屋は既にまったく別の空間に変わった気がしたからだ。自分の手からするりと抜け出し、新たな恐怖の対象に変貌したように思えた。だから自分のスタート地点はまったく名残惜しくない、という風に藤林は廊下と部屋とを扉という存在で完全に遮断する。そこで改めて部屋は外の明かりが入っていたのだと分かった。
窓一つない廊下は薄暗いどころか完全な闇だった。何も見えない。それでも分かっている。
藤林(もう後戻りは出来ない)
藤林は壁に手をつけ、空間を認識しようとする。あまりの廊下の狭さに唖然とした。人一人がギリギリ通れる程度の幅だった。
あまりにも前回とは違いすぎる、対比している違った恐怖がある。前回がどれだけ楽な空間だったかハッキリと理解した。開放的で明るい空間だった前回は目的がハッキリしていたし恐怖の対象も分かっていた。つまり状況が漠然と見えていた。それが今では狭く闇に包まれた空間だ。先の見えない闇で何が起こるのか全く分からない手探り状態。
藤林はゆっくりと左側へ進むと扉にぶつかった。ドアノブ付きの扉から多分トイレだろうと予測した。Uターンした藤林は足音を立てないように摺り足で前へと進む。しかし床は藤林を嘲笑うかのようにキシキシと高い音を発する。それでも摺り足がベストだろう。そして藤林の指先が床から離れた。つまり、階段だ。ここから一階に向かえるのだ。あの音の持ち主と相対するかもしれない。しかしそれが脱出に繋がるなら、と藤林は恐怖を押し殺し、一段一段慎重に降りていく。
「スイッチ」
藤林(せめて懐中電灯があればなぁ)
藤林はようやく11段あった狭い階段を降りきった。階段は縦幅もかなり狭く、危うく踏み外しそうになったりもした。降りてちょうど正面の数m先がぼんやりと明るくなっている。
玄関だ。ゆったりと近付いて開けようとするも、鍵が掛かっていないのにびくともしない。開けたところで森林が広がっているのは分かってはいたが、これで証明された。この家は閉鎖空間なのだと。閉鎖は継続中だ。引き返す藤林。両手を広げ、左右の壁につけながら摺り足で進み始める。階段を過ぎたところで左右への分かれ道。
藤林
藤林は右手を壁から離して左壁づたいに進む。選んだのは左。人間の心理状況から考えると、こういった状況では左を選ぶ可能性は高い。日常ではあらゆる左側が存在しているからだ。左側通行、左回りのコーナー、左心臓。曲がってから数m、藤林は壁に出っ張りがあることに気付いた。
藤林「?」
スイッチである。明かりを点灯するためであろうスイッチが指に触れた。押しても点きません、とか罠が作動するオチはやめてほしい。と恐る恐るパチリとスイッチをオンにした。薄暗い明かりが点灯した。
藤林「……………………!!!」
藤林は絶叫した。声にならない悲鳴だった。ホラーでは珍しくもない気絶という逃げ。その逃げに失敗した自分に苛立った。点けなきゃ良かった、とも思ってしまった。
市松人形やこけし。大小様々な和を思わせる人形があった。それも何十の数どころではない。辺り一面、床が見えないくらいにびっしりと敷き詰められていたのだ。藤林を中心として取り囲むように体を向けている。床を覆い尽くす人形達は、藤林の足元にまで達していた。
そう、藤林が感じた恐怖は人形の数ではない。藤林がこの場に辿り着くまで摺り足で進行していたのは間違いないこと。つまり、なぜ人形が前にも後ろにも存在し足元にまでいるのか。どうやって無数の人形達のたった一つの隙間に自分がいるのか。予想は二つ。一つはスイッチを押すと同時に人形が現れる仕組みだった。もしくは、
藤林(この人形達は、私の移動に合わせるように一緒に動いていたのか?)
閉鎖は継続している。