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藤林編


「ファーストステージ」



藤林「!?」


藤林は気付いたらそこにいた。そこ、とはどこなのか?見当のつかない場所であった。


藤林(一体どこかしら、それにあの彫刻…)


西洋風の富豪の庭園をイメージさせる、水上のその場所は極めて不可解かつ恐怖。中央に立った女性の彫像はこの空間で圧倒的な存在感を放っている。そんな像に向かって一言。


藤林「私に似ている…?」


いや、と藤林は首を振る。気のせいだろう、と。藤林は周囲を取り囲む水に目を向けた。


藤林(自分が泳げたら楽に向こうの岸まで着くのに…)


藤林は金ヅチだった。幼少にプールで溺れて病院に運ばれた経験があり、以来水を極端に嫌っているのだ。辺りにある同じ仕様の建築物をじろじろ観察していると、ふとそれを見つけた。


藤林「あれは…」


光っている。30m以上離れた建築物の中央で何かが極小の輝きをみせていた。少なくとも、藤林の角度からはキラキラと光ってみえる。宝石だろうか、ガラスだろうか。などとは考えなかった。藤林は直感する。あれに触れれば、あの輝きが自分の目指すべきものだと。第六感がそう告げたのだ。唾を飲み込んだ藤林が後ろを振り返ると、すぐにぎょっとした。数センチの距離に彫像が立っていたからだ。



「痛覚」



ぎゃっ、と声を洩らす。彫像は移動していた。自分が他へと興味を向けている間に迫り、知らぬ間に威圧していたのだ。藤林の鼓動は突然に速まる。逃げなければ、逃げなければ危険だと思った。距離をおこうと後ろへ下がると、肘を思いきり柱にぶつけてしまった。


藤林「痛っ!」


反射的に言ってはみたものの、実際はまるで痛くなかった。毛布にぶつけたように、衝撃が散ってしまったように感じた。見ると、柱の一部が損壊していた。疑問視した藤林は落ちた欠片を一つ拾い上げる。掌に乗せたそれを、紙を丸め潰す感覚で握った。するとどうだろう。見た目での素材は石なのに、いとも簡単に小さく、砂のように細かくなった。


藤林(これ…凄いもろい…)


藤林は、はっ、と今置かれた状況を思い出した。彫像が、またも眼前にいた。瞬間的に移動しているイメージだった。出現した、という言い方が適しているかもしれない。だが藤林はあくまで冷静に距離をとる。そして観察する。彫像は見たところ、柱と似た素材の様だ。柱はおもいっきり力を加えれば簡単に破壊出来そうだが、この彫像はどうだろうか。まず、壊してみる以前に近付きたくない、という意思の方が勝っていた。それに反撃されるかもしれない。今まで静止のフリを続けていた彫像が、敵意をみせて襲いかかってくるかもしれない。そして藤林は彫像には攻撃しない、という結論に至った。



「勘違い」



成程、どうやら彫像は視界に入れている間は動こうとはしないらしい。すると、彼女は新たなことに気付いた。いや、己の誤りに気付いた。それは身体が不自然に軽いということ。まるで重力が弱くなっているみたいに。おそらく藤林自身の身体能力が格段に上昇している。そして考えた。


藤林(この支柱を壊せたのは素材のせいではなく、自分の単純な力によるものでは?)


試しに軽く、垂直跳びをしてみる。思った通り。いや、思った以上に跳べた。危うくパーゴラの様な天井に頭を直撃するところだった。少なく見積もっても1m以上は跳ぶことが出来た。本気で跳べば水平距離で10m近くは跳躍出来るかもしれない。つまり、周囲にある建築物へ移動出来るかもしれない。藤林は履いていたブーツを脱ぎ捨て覚悟を決めた。この閉鎖を抜けるために。



「跳躍」



極力、彫像を視界に留めたまま助走を長めにとった。とはいえ、今いる場所ではせいぜい助走は5m程度。彫像や段差の位置を考慮したためだ。少しでも躊躇すれば間違いなく届かないだろう。待つのは水。深さすら分からない水場に落下する。金ヅチの藤林にとってそれは谷底に落下するのにも等しい。しかし残された道はそれしかない。藤林は勢いよく駆け出して、飛んだ。


藤林(……っ…!)


綺麗なアーチ状を描くように、10m先の足場へと着地する。跳びすぎたか、と思ったがむしろ足りなかったくらいだ。手前の段差につまづきそうになった。多少、不安視していた足への負担も大したことはなかった。藤林本人の身体能力向上は言うまでもないが、建築物の素材ももしかしたらクッション性のあるものかもしれない。わたわた、と着地だけでは散らしきれなかった勢いで前のめりに数歩だけ歩む。そして静止。藤林はすぐに振り返った。彫像は遥か遠くにいるまま。だが油断してはならない。安全に飛び移るための最短ルートでも、あと三回はジャンプする必要がある。あの光までは行き着くには。



「光」



四度目の、着地。成功した。最も難関だったのは一回目だ。二回目以降の飛び移るべき距離は約7〜8mだった。安堵の息を漏らす藤林。前をみると、この明るい昼間でも容赦なく輝きを放つ光がある。何の光、というわけでもなくただ光が藤林の目線の高さにある、という現状。中央にあるそれに近付こうとした。刹那。


藤林「あっ!?」


突然、左足がどしりと重みを増す。同時に右も。別に着地の負荷によるものではない。何故なら重みのベクトルは下ではなく、後ろだったからだ。上半身が無様に床に叩き付けられた。何が起きたのか、股から足下を覗いて理解した。


藤林「!!」


彫像だ。下半分を水に浸からせた彫像が、両の手で藤林の足首を掴んでいる。彫像はズブズブと沈み、藤林を引きずりこもうとする。


藤林「もう少しでっ……!!……」


藤林は彫像を睨みつけながら必死に重さに耐える。そいつは見ている内は動かない。しかし今動いているのは沈みによるもの。あくまでも重力なのだよ、とそいつが挑発しているように思えた。舌打ちをした藤林は、腕を地に力強く突き刺した。クッション性はなかったのか、と感心する間もなく、両手で床を叩き割りながらほふく前進を繰り返す。息を切らしつつ、光の真下まで到達した藤林は


藤林「これで終わり」


と呟くと、両手で床を叩いて跳ね上がった。そして光に触れた。瞬間に視界に光が完全に覆われる。終わりだ、これで終わったんだ、と思った。自分の身体が置き去りにされた感覚。藤林は幽体離脱した気分になった。五感が消失した気さえした。


藤林はこの閉鎖を攻略した。


しかし目の前に広がっていたはずの光は、突然闇に変わっていた。上から重みを感じ、背中の触覚が反応していることから、自分は地の上で仰向けになっているのだ、と鈍った方向感覚に気付かせる。悪夢だったなぁ、と思ったのも束の間。ここが自分の部屋でないことを理解する。閉鎖は続いていた。



「ファーストステージ」


難易度★

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