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ド平均な僕、なぜか完璧な彼女の運命の相手らしい  作者: 天地サユウ


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第四話 休日の計算されたデート

 土曜日の朝、九時四十五分。

 僕の休日は、駅前の時計塔の下という最も目立つ場所で幕を開けた。

 

『週末は一秒の遅刻も許さないわよ』

 

 前日に生徒会室で告げられた宣告。

 遅刻すれば恐ろしいペナルティが待っているからと、僕は念を入れて十五分前に現場入りをした。

 

 それにしても、ひどく居心地が悪い。

 休日の駅前は待ち合わせをするカップルや、同世代の若者たちで溢れ返っている。


 平穏を愛する僕としては、非常に肩身が狭い。

 いっそ、このまま逃げ出したい。

 そんな衝動に駆られていると、視線の先で、人波が道を譲るように割れていく。


「おはよう、時雨くん。現在時刻、九時五十九分五十秒。私の計算通り完璧な合流ね」

 

 涼やかな声と共に現れたのは、春の柔らかな日差しを一身に浴びる麗奈さんだ。

 オフホワイトのブラウスに、淡い水色のフレアスカート。制服とは打って変わった可憐な私服姿。

 僕だけでなく、すれ違う人たちまで釘付けになる。


 目的はどうあれ、人生初デート。

 フリーズして言葉も出ない僕の脳裏に、出掛け際の光景がよぎる。


「お兄ちゃん、どうせデートなんてしたことないんでしょ? 仕方ないから特別に、ひよりがアドバイスしてあげる! とりあえず出会って開口一番、服装を褒めるの! 漫画やアニメでも基本中の基本なんだから! あと、裏切り者! リア充爆ぜろ! 死ね!」


 休日の朝だというのに、なぜかわざわざ玄関まで見送りに来た中学三年生の妹、ひよりの言葉である。

 偉そうに腕を組んで放たれた最後の罵倒は余計だが、二次元の知識に裏打ちされたアドバイスには感謝するしかない。

 僕は小さく息を吐き、口を開く。


「……おはよう、麗奈さん。その……いつも学校の制服姿しか見てなかったから、新鮮というか……私服姿も、すごく綺麗で似合ってるよ」

「当然よ。本日の気候と、目的地である商業施設の客層、時雨くんの無難な服装と並んで歩く際の色彩的なバランス。すべてを計算して導き出した最適解のコーディネートだもの。褒められるのも計算通りだわ」

「い、色々とさすがだね……」


 相変わらずのブレない姿勢に、思わずため息が漏れる。

 確かに僕の服装は、クローゼットから適当に引っ張り出した無難な黒シャツとチノパン。

 麗奈さんと並んで歩くのが申し訳ないほど、不釣り合いな構図である。


「現在時刻、十時一分。時雨くん、予定通り市街地の散策を開始するわよ」

 

 麗奈さんは僕の隣に並ぶと、迷いのない足取りで歩き始めた。

 

「歩行速度を秒速一・二メートルに調整して。私の歩幅と時雨くんの心拍数の上昇率を加味した最も効率的なペースよ」

「歩く速度まで指定されるとはね……」

「不確定要素を排除することが、完璧な恋人関係の構築への近道なのよ。さあ、文句を言わないで前を向いて歩いて」

 

 冷や汗を流しながら歩く僕をよそに、麗奈さんは手元のスマートウォッチを確認しながら、一定のペースを保つ。

 しばらくして、駅前の大通りを横切るスクランブル交差点に差し掛かる。

 

「十時十五分。予定通り交差点の赤信号による待機時間が発生したわ。合意書に基づく『手繋ぎイベント』を実行するわよ」

「……本当にやるの?」

「当たり前でしょ」

 

 言うが早いか、僕の右手に白く細い指が絡みついてきた。


「接触完了。時雨くんの手、少し汗ばんでいるわね。脈拍の上昇率も高いわ」

「周りに人がたくさんいるし、慣れないから緊張してるんだよ……」

「そう、想定内の反応ね」

「麗奈さんは緊張しないんだね」

「当然よ。緊張といった不確定な感情が入り込む余地なんてないから。時雨くんが私の計算通りの『標準値』として機能している証拠でもあるわね」

「モブで悪かったね……」


 涼しい顔で言い切る彼女に、僕は肩を落とす。


「さあ、行くわよ。遅れないで」


 僕は半ば強引に手を引かれるまま、人波の中へと歩き出す。

 その姿は、どう見ても保護者に引率される子供だった。


 ◇

 

 十一時十分。予定通りに到着したショッピングモール。

 僕は麗奈さんの指示のもと、着せ替え人形と化していた。


「時雨くん、次はこのシャツとパンツに着替えて。私のデータ通りなら、ミリ単位で完璧にフィットするはずよ」

「ちょっと待って。値札見たけど、これ高すぎだよ」

「安心して。必要経費よ。さあ、早く着替えて」


 半ば強制的ではあったが、結果として僕に私服一式をプレゼントしてくれた。

 会計の際、彼女の財布から高校生が持ち歩くにはあまりにも高額な現金が支払われていた。

 彼女にとっては、大金もただの『お小遣い』の範疇らしい。


 その後、僕の舌では味が全く分からない高級ランチコースを挟み、予定表通りに市街地を巡った僕たちは、再び駅前へと戻ってきた。

 そして、午後十四時三十分。

 

「さあ、本日の最重要タスクよ。オキシトシン分泌量を最大化させるための『クレープの共有』を実行するわよ」

 

 駅前広場にある人気のクレープ屋のベンチ。

 麗奈さんは無表情のままストロベリーチョコクレープを一つ購入すると、僕の口元へと差し出してきた。


「人目もあるし、恥ずかしいんだけど……」

「些細なことは気にしないで。さあ、口を開けて」


 逃げ場のない蒼い瞳に見つめられ、僕は覚悟を決める。

 周囲の視線を無視して、差し出されたクレープにかぶりつく。

 

「ふむ。直接の経口摂取を確認したわ」

「……そこは『どう、美味しい?』とかじゃないんだね……」

「あら、そんなことを言って欲しかったの? でも、今重要なのは味覚という不確実なデータよりも、私たちがこうして甘さを共有しているという事実よ」


 そう言うと、麗奈さんは食べかけのクレープを僕の手に持たせた。


「さあ、次は私の番ね」

「……え? 僕もやるの?」

「当たり前でしょ? 間接キスを伴う甘さの共有よ。相互関係の最適化には返報性が不可欠なの。さあ、私にもしてちょうだい」


 まあ、されるより、する方が精神的ダメージは少ない。ここで言い争って、変に悪目立ちする方がリスクだ。

 僕はクレープを彼女の口元へと運ぶ。


「……ふむ。他者から供給される糖分は、自己摂取時より満足度が十二パーセント上昇するというデータは、事実のようね。これで本日の『恋人の既成事実化』のノルマは達成したけれど、再度実施するわよ」

「えっ? まだやるの!?」

「二度目の検証よ。さあ、口を開けて」


 涼しい顔で言い切る麗奈さんとは対照的に、休日の駅前広場での「あーん」は否応なしに周囲の視線を集めている。

 これ以上の公開処刑は勘弁してくれと、僕が制止しようとした時だ。


「ねえ、大輝。あれ、時雨じゃない?」

「何っ!? しかも、あーんされているだと……?」


 見るまでもない聞き慣れた二人の声。

 間違いなく、大輝と凛だ。

 なぜ、この二人が休日の駅前に、というのは察しはつくが、よりによって今とは。


 恐る恐る視線を向けると、赤髪を逆立てた大輝が鋭い目でこちらを睨んでいた。


「時雨、昨日は話も聞かずに逃げやがったと思ったら、俺たちに黙って、のこのこ神宮寺とデートとはな……。しかも、あ、あ、あーんなんてよ、なんて羨ましいことを……」

「そ、そうよ。あーんなんて、あたしだってされたいのに……じゃなくて、やっぱり二人は付き合ってたのね」


 大輝は拳を鳴らし、凛は顔を真っ赤にしている。

 自分たちの願望が知らずに漏れているあたり、間違いなく両想いだが、今の僕にそれを指摘して楽しむ余裕なんてない。


「い、いや、これは不可抗力というか、実験というか……」


 焦る僕の隣で、麗奈さんは涼しい顔のまま立ち上がった。


「奇遇ね。藤堂くん、天音さん。今の発言から推測するに、あなたたちも交際関係を深めるためのプロセスを進行中なのかしら?」

「なっ……!? ち、違う……! た、たまたま駅前で鉢合わせただけだ。な、なあ、凛!」

「そ、そうよ、偶然よ、偶然! ね、大輝!」

「そう。否定するのは自由だけれど、私のデータはごまかせないわ。あなたたち二人のスマートフォンのGPS履歴と、通話記録の頻度……それに匿名SNSの裏アカウントで二人して呟いている内容を、全校ネットワークに公開してもよくて?」

「「え……?」」


 二人は顔色を青ざめさせて瞬時に踵を返す。


「行くぞ、凛! 俺たちは何も見なかった。そうだよな!」

「そうね! 時雨と神宮寺さんが駅前でデートして、クレープを『あーん』してたなんて見てないわ!」


 二人は足早に去っていく。

 クラスで一、二を争う陽キャな大輝と凛が、わずか一分足らずで鎮圧されてしまった。

 図書室で合意書を突きつけられた際、『全男子の不満分子など、一分で鎮圧できる』と彼女が宣言していたのは、決してハッタリではなかったのだ。


「ふむ。イレギュラーな遭遇だったけれど、彼らの行動パターンも、私の計算通りね。障害の排除完了よ」


 僕の友達を障害呼ばわりするのはどうかと思ったが、今回ばかりは完全に僕の平穏を脅かす障害でしかなかったので、気にしないでおこう。

 

「……麗奈さんには敵わないよ」

「当然よ。私の完璧な青春シミュレーションに死角なんてないのだから。さあ、余計なノイズは消えたわ。二度目の検証の再開よ」


 銀髪を揺らし、有無を言わさぬ笑顔でクレープを押し付けてくる麗奈さん。

 当然逆らうことなどできず、僕は震える手で再びクレープを彼女の口元へ運ぼうとした――その時だ。

 

「時雨……お前……」

「あーん、してる……」

 

 またしても聞き慣れた二人の声。

 振り返ると、買い物帰りと思しき圭吾と澪が、信じられないものを見るような目で立ち尽くしていた。

 

「嘘だろ……なんで、お前らまでいるんだよ!?」

 

 驚きのあまり大声を上げ、余計に周囲の注目を集めてしまったが、それどころではない。

 「いや、これには訳があるんだ」と、僕が手を伸ばした瞬間、二人は見事にシンクロして踵を返した。

 

 圭吾と澪は、「俺(私)たちは何も見ていない」と言わんばかりに駅へと逃げ去っていった。

 

 休日の駅前広場。

 本来の休息日にも関わらず、僕のHPは夕暮れを待たずして、ゼロになるのであった。

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