表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ド平均な僕、なぜか完璧な彼女の運命の相手らしい  作者: 天地サユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/13

第十三話 胃痛の晩餐会

 ダイニングキッチンは、異様な緊張感に包まれている。


「さて、『調理実習による家庭力の比較検証』を開始するわ」


 黒エプロンを身に纏った麗奈さんが、涼やかな声で宣言する。


「時雨くん、楽しみにしててね! 私の特製ハンバーグ、絶対に美味しいから!」


 フリルのついたエプロン姿の詩織ちゃんが自信満々に微笑む。


「わ、私も負けませんっ! 時雨先輩の健康を一番に考えた和食を作りますから!」


 クリーム色のエプロンを着けた灯里ちゃんも、拳を握り気合を入れている。


「お兄ちゃん、複数の女に手料理まで作らせて、ハーレム主人公気分とか、ガチキモ、モブ、クズ、死ね」


 シンクの隅に陣取るひよりからの僕にだけ聞こえる容赦ない罵倒。

 けれど、言われ続けると少し慣れてくるものだ。


「皆さん、準備はできたようですので、調理を開始しましょう」


 麗奈さんの合図とともに、三人が一斉に動き出す。

 手慣れた様子でハンバーグのタネを捏ねる詩織ちゃん。

 しばらくしてソースの入った小皿を持って僕に歩み寄る。


「時雨くん、ソースの味見、お願いしてもいいかな?」


 至近距離からスプーンを差し出され、退路を塞がれる。


「う、うん……美味しいよ。すごく濃厚で」

「ほんと? よかった! 時雨くんの胃袋は、私が掴むからね」


 屈託のない笑顔を向ける詩織ちゃんに、隣から灯里ちゃんが対抗するように「あーん」をしてくる。


「時雨先輩! この出汁の味を確認していただけますかっ!?」


 差し出された小皿から、鰹と昆布の香りが立ち昇っている。


「すごく優しい味がするよ。灯里ちゃん料理上手なんだね」

「えへへ……先輩の健康を守るためですから。栄養バランスもばっちり考えてありますっ!」


 照れ笑いを浮かべる後輩の好意が、擦り減った心に沁みる。


 一方、キッチンの中央では異質な光景が広がっている。


 麗奈さんがスケールで調味料を細かく計測し、温度計で食材の加熱時間を秒単位で管理している。


「麗奈さんは何を作ってるの?」

「和牛フィレ肉のローストよ。時雨くんの基礎代謝量と本日の消費カロリーから最適なタンパク質と脂質の比率を満たしつつ、味覚データから最も好感度の上昇が見込めるバルサミコソースを添えるわ」


 完璧な生徒会長は、料理すらもデータで支配するつもりらしい。


 ◇


 一時間後。

 ダイニングテーブルには、三種類の晩餐が並んだ。

 詩織ちゃんのチーズハンバーグ。

 灯里ちゃんの肉じゃがとだし巻き卵。

 麗奈さんの和牛フィレ肉のロースト。

 全て本格的な仕上がりだ。


「さあ、時雨くん。私の計算に狂いはないわ。実食して最も優れた『家庭力』を判定して」

「時雨くん、まずは私のハンバーグからだよ。はい、あーん」


 詩織ちゃんが切り分けたハンバーグを僕の口元へ運ぶ。ジューシーな肉汁とデミグラスソース、さらにチーズの濃厚な旨味が広がる。


「すごく美味しいよ、詩織ちゃん」

「でしょ? 時雨くんの好みは、私が一番よく知ってるんだから」


 得意げに笑う詩織ちゃんの隣で、灯里ちゃんが立ち上がった。


「時雨先輩! 次は私の肉じゃがをどうぞっ。熱いのでふーふーしますね……はい、あーんっ」


 顔を赤くして差し出された肉じゃがは、出汁の優しい甘さが染み込んでいた。

 「あーん」も、ここまでくれば慣れてくる。


「灯里ちゃんの料理も最高だよ。お店で出せるレベルだと思う」

「ほ、本当ですかっ!? 嬉しいです……私、先輩のお嫁さんになれるように、もっと頑張りますっ!」


 灯里ちゃんは自らの発言に驚いたのか、「あっ……いや、違うんです……」と両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。


 最後は麗奈さんだ。


「さあ、私の完璧な数式の答えを味わいなさい」


 差し出された和牛のローストは、最高級の和牛フィレ肉の柔らかさとバルサミコソースの酸味が完璧なバランスで融合していた。


「麗奈さん、信じられないくらい美味しいよ……」

「当然よ。味覚という曖昧な感覚すらも、温度と時間管理で最適解を導き出せるという証明だわ」


 三者三様の料理にお腹は満足していいはずが、突き刺さる視線で、僕の胃が痛い。

 皿洗いを終えたひよりが、修羅場を楽しむような瞳で問いかけてくる。


「それで、お兄ちゃん。誰の料理が一番美味しかったの?」

「そ、そうだね。全部一番美味しかったよ……」


 僕がひねり出した回答に、三人は顔を見合わせる。


「そう、順位付けは保留ということね。でも三者三様のアプローチが脳内に与える影響は有意義なデータとなったわ」

「時雨くんが美味しいって言ってくれたなら、それで十分かな」

「時雨先輩に喜んでもらえたことが、私の幸せでもありますから」


 詩織ちゃんと灯里ちゃんも嬉しそうに微笑む。

 僕が密かに安堵の息を吐いた時、ひよりが耳元へ顔を寄せた。


「お兄ちゃん、全員一番なんて最低の逃げ道を選ぶとか、ヘタレのテンプレ。全方位に媚び売るクズ、カス、モブ、死ね」


 修羅場を期待していた妹からの容赦ないダメ出しと猛毒に、僕の胃は別の意味で限界を迎えそうだった。

 そんな僕の疲労など意に介さず、麗奈さんが次なるタスクを宣言する。


「さて、食事による好感度の推移データは収集できたわ。次は入浴による心身のリラックス効果の測定ね」

「入浴って……お風呂のことだよね? それなら、みんなお先にどうぞ。僕は最後でいいよ」


 適当に順番を譲ってやり過ごそうとした僕の意図を察したのか、詩織ちゃんが腕に抱きついてきた。


「じゃあ、私が時雨くんの背中流してあげるね! 夫婦のコミュニケーションの基本だし!」

「そ、そんなの破廉恥ですよっ! なら……時雨先輩の背中は、私がお守りします!」

「あら、物理的な接触を通じた心拍数の変動を計測するためには、恋人である私が同伴するのが最も合理的だわ」

「……あのさ、誰も一緒に入るなんて言ってないからね……?」


 僕の声は、彼女たちの熱意にかき消されていく。

 背後からは「お兄ちゃんのエッチ、スケベ、変態、キモ、溺れて死ね」というひよりの呟きが聞こえた。


 修羅場のお泊まり会は、さらなる混沌の夜へ突入することになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ