第一話 完璧な彼女と、ド平均な僕
新作です。
『人生とは選択の連続である』
誰が言ったかは知らないが、少なくとも僕、高坂時雨の人生は、大半の選択を間違えてきた自信がある。
その一方で、世界には常に『正解』を選び続ける人も存在する。
神の傑作かと見紛うほどの美貌。
凡人を置き去りにする圧倒的な知性。
人生のあらゆる困難を最適解で突破していく人たちと、すべてのテストでクラスの平均点を叩き出す僕とでは、まさに雲泥の差だ。
放課後の喧騒から逃れ、安息の地である図書室の扉を開けた時、僕の浅はかな日常は、呆気なく崩れ去ることになる。
「遅かったわね、高坂時雨くん。あなたの歩行速度であれば、あと一分二十秒早く到着できたはずよ。どこで寄り道という間違った選択をしたのかしら?」
誰もいないはずの図書室。
窓から差し込む西日を背に受けて佇んでいたのは、桜城学園の生徒会長――神宮寺麗奈だった。
透き通るような銀髪に、感情の読めない蒼い瞳。
全校生徒の尊敬と畏怖を一身に集める彼女が、なぜか僕を待ち構えていた。
「生徒会長が、僕に何か用でも……?」
関わってはいけないと、平穏を愛するモブとしての生存本能が警鐘を鳴らす。
よし、逃げよう。
僕は返事を待たずして静かに踵を返す。
「逃げても無駄よ、時雨くん。なぜなら、あなたは私の運命の相手なのだから」
「……はい?」
凛とした表情から紡がれた、あまりにも唐突な運命の相手発言。
学園の頂点に君臨する彼女と言葉を交わすのは、今が初めてのはずだ。
僕が思考停止しているわずかな隙に、彼女は退路を塞ぐように分厚いバインダーを突きつけてきた。
表紙には『第一回・高坂時雨の平穏な学校生活を保護するための交際に関する基本合意書』と記されている。
「えっと……退路を塞がれた上に『運命の相手』とか言われても困るし、この広辞苑みたいな契約書は何かの罰ゲームかな?」
「罰ゲームですって? 心外ね」
神宮寺さんはバインダーを掲げたまま、涼しい顔で僕を見据える。
「私は時雨くんの行動パターン、趣味嗜好、交友関係に至るまで、三ヶ月に渡って観察・分析してきたの」
「……あのさ、三ヶ月に渡る観察って、世間一般ではストーカーと呼ばれる犯罪行為だよね?」
「あら、恋人の私に対して人聞きの悪いことを言わないで。あくまで生徒会長としての適正な保護観察よ。透明性を重視したデータ収集に過ぎないわ」
神宮寺さんは僕と恋人同士でもないのに堂々と胸を張った。
言っていることも、やっていることも完全にアウトだが、なぜか合法っぽく聞こえるのは質が悪い。
これ以上まともに取り合っても精神を削られるだけだと悟った僕は、強引に軌道修正を試みる。
「……百歩譲って君を許容するとして、なんで僕が恋人なの? 君ほどの人なら、優秀な男子はいくらでもいるよね? ほら、サッカー部の霧島部長とかさ」
「ああ、彼には一ミリも興味ないわ。私は時雨くん、あなたでないとダメなの」
真っ直ぐな視線に、思わず息を呑む。
「理由は二つあるわ。一つは成績や身体測定の数値が見事なまでに学年の中央値を記録していること。奇跡的な標準値だわ」
「……ただの偶然だよ。僕は地味に生きてるだけだからね」
「そうみたいね。だからこそ、その徹底した地味さが素晴らしいの。私の隣にいても決してノイズにならない、完璧な『背景』としての適性があるわ」
「褒められてる気が一ミリもしないんだけど……」
「褒め言葉よ。もう一つの理由は……今は秘密。ただ、全校生徒のデータを照合した結果、私の『青春シミュレーション』の相手として、あなたが唯一の最適解だった。さあ、私と青春を共有する『交際相手』の契約にサインしてちょうだい」
迷いなく差し出された高価な万年筆。
完璧な生徒会長が、大真面目に恋を拗らせているとは思えない。
おそらく別の意図があって、僕を利用しようとしているに違いない。
ここは角が立たないように丁重にお断りしよう。
「悪いけど、サインはできないよ。偽りとはいえ、学園の頂点である君と交際なんかすれば、全男子からの嫉妬で僕の平穏が木っ端微塵になるのは明らかだし」
「あら、そんなこと気にしなくていいわ。安心して、私の権力をもってすれば、全男子の不満分子など一分で鎮圧できるわ。あなたのモブとしての生態系は、私の徹底的な管理下で保護されるの」
「何も安心できないよ……。そもそも君の隣にいる時点で目立ちすぎるし、管理される平穏なんてのも願い下げだよ」
僕が書類を押し返すと、神宮寺さんは「そう……」と小さく呟き、スマートフォンを取り出した。
「なら、仕方ないわね。この匿名SNSの裏アカウントで呟いている『中二病全開のポエム』と『趣味の深夜アニメに対する限界オタクな長文レビュー履歴』を、生徒会長権限で全校ネットワークに公開するしかないわね」
「え? 何、その権力の使い方……。いや、なんで僕の個人情報まで握ってるの? 家族も知らないのに……」
「言ったはずよ。透明性を重視したデータ収集だと」
「それはハッキングって言うんだけど……?」
「細かいことは気にしないで」
涼やかな笑顔だが、告げられた内容はあまりにも理不尽なものだ。
だが、僕の退路は完全に塞がれた。
裏にどんな思惑が隠されているにせよ、僕が厨二オタクであることを知られる訳にはいかない。
西日が差し込む静寂の図書室。
僕は堂々と微笑む彼女の前に屈するしかなかった。
これが、正解だらけの彼女と平凡な僕が紡ぐ、盛大に間違えた青春の始まりである。
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