第八話 名前を、呼ぶ
朝の光が、部屋に差し込んでいた。
エリシアは、
ゆっくりと目を開ける。
不思議なくらい、
身体が軽かった。
——よく、眠れた。
それだけで、
少し驚く。
ベッドの脇で、
淡い光が揺れた。
エリシアは、
はっとして身を起こす。
クッションの上で、
妖精の少女が、
きょろきょろと辺りを見回していた。
羽はまだ傷ついているが、
昨日よりも、確かに光が強い。
「あ……」
声を出すより早く、
部屋の扉がノックされる。
「起きた?」
母、エリーナの声。
「……うん」
エリシアが答えると、
扉が開き、
エリーナとエドガー、
そしてルシアンが入ってくる。
全員の視線が、
自然と、
小さな妖精へ向いた。
妖精の少女は、
一瞬、びくりと身体をすくめた。
光が、
わずかに揺れる。
エリシアは、
反射的に一歩前に出た。
「大丈夫」
それは、
家族に向けた言葉でもあり、
妖精に向けた言葉でもあった。
「みんな、
あなたを傷つけない」
妖精の少女は、
エリシアを見上げる。
その瞳に、
迷いと、
ためらいと、
それから、
ほんの少しの安堵が混じる。
「……ここ……」
小さな声。
「……にんげんの……いえ……?」
「そうよ」
エリーナが、
ゆっくりと前に出る。
声は、
驚くほどやわらかかった。
「ここは、
この子の家。
あなたは、
守られているの」
妖精の少女は、
しばらく黙っていた。
やがて、
小さく、息を吸う。
「……ミラ……」
その声は、
かすれていたが、
はっきりとしていた。
「……わたし……ミラ……」
エリシアの胸が、
きゅっと鳴る。
「ミラ……」
その名前を、
そっと繰り返す。
ミラは、
小さく頷いた。
エドガーが、
一歩前に出る。
「ミラ。
ここにいる限り、
お前は安全だ」
短く、
だが揺るぎのない声。
ミラは、
じっとエドガーを見つめ、
それから、
視線をエリシアに戻した。
「……もり……で……」
ミラの声が、
少しだけ震える。
「……おおきい……まもの……」
言葉を探すように、
間が空く。
エリシアは、
何も言わず、
ただ、近くに座った。
ミラは、
それを確認してから、
続きを話す。
「……ひと……ひとり……」
その一言で、
空気が、
わずかに張りつめた。
「……にげて……にげて……」
小さな手が、
胸の前で、ぎゅっと握られる。
「……とばして……ちから……」
羽が、
かすかに震えた。
「……もう……とべなく……なって……」
ミラは、
言葉を、
一つひとつ、
大事そうに吐き出す。
「……くらくて……こわくて……」
そこで、
声が、
止まった。
エリーナが、
そっと口を開く。
「……無理しなくていいわ」
ミラは、
小さく首を振った。
「……でも……」
視線が、
エリシアに向く。
「……このひと……きた……」
その瞬間。
エリシアは、
息を、
少しだけ止めた。
「……あたたか……かった……」
ミラの声は、
とても小さい。
「……ひとり……じゃ……なかった……」
それだけで、
胸の奥が、
強く、震えた。
エリーナが、
そっと手で口元を押さえる。
ルシアンは、
視線を伏せたまま、
静かに息を吐いた。
エドガーは、
短く、
言った。
「……よく、生きていたな」
ミラは、
小さく、
頷いた。
そして、
もう一度、
エリシアを見上げる。
「……いっしょ……いて……くれた……」
エリシアは、
何も言えなかった。
代わりに、
そっと、
ミラのそばに手を置く。
ミラは、
その手に、
指先を触れさせた。
触れ合う、
小さな温度。
——ここにいる。
それだけで、
もう、十分だった。




