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第七話 父は、見ている



 エドガーは、扉が完全に閉まるまで、振り返らなかった。


 屋敷の廊下は静かで、

 夜の空気が、ひんやりと肌に触れる。


「……眠っていたな」


 低く、独り言のように言う。


「ええ。

 珍しいくらい、深く」


 エリーナが、小さく頷いた。


 その表情には、

 安堵と、

 そして、ほんのわずかな切なさが混じっている。


 エドガーは、

 それを見て、何も言わなかった。


 言葉にしなくても、

 同じものを見ていると、わかっていたからだ。


 ——あの子は、ずっと張りつめていた。


 理由は、わからない。

 理由が、見当たらない。


 それが、

 一番、厄介だった。


 愛情が足りないわけではない。

 環境が悪いわけでもない。

 不自由をさせた覚えもない。


 それでも、

 どこかで、

 常に身構えている。


 それが、娘——エリシアだった。


「……ルシアン」


 エドガーは、

 廊下の向こうに立つ息子に声をかける。


「さっき言っていたな。

 “安定している”と」


 ルシアンは、

 短く頷いた。


「はい。

 今日ほど、静かな魔力は見たことがありません」


「原因は?」


 一瞬の沈黙。


 ルシアンは、

 言葉を選ぶようにしてから、答えた。


「……そばに、誰かがいること」


 エドガーは、

 その言葉を、否定しなかった。


 むしろ、

 胸の奥で、

 静かに腑に落ちるのを感じていた。


 ——やはり、そうか。


 エリーナが、

 少し困ったように笑う。


「理屈としては、変な話よね」


「だが……」


 エドガーは、

 娘の部屋の扉を振り返る。


「現実として、起きている」


 それだけだった。


 理屈よりも、

 結果を信じる。


 それが、

 彼のやり方だった。


「……あの子は」


 エドガーは、

 言葉を探す。


「守られることに、

 慣れていない」


 エリーナの表情が、

 わずかに揺れた。


「……私たち、

 足りなかったのかしら」


「違う」


 エドガーは、

 即座に否定した。


 それは、

 自分自身への否定でもあった。


「与えても、

 受け取れないことがある」


 その事実を、

 彼は知っていた。


 ——守ってきた。

 ——それでも、届かない場所がある。


 エドガーは、

 拳を、

 ぎゅっと握る。


 だが、

 後悔はしなかった。


 今、見るべきは、

 “これから”だ。


「あの妖精の子は、

 しばらく、ここに置く」


 宣言に近い声だった。


 ルシアンが、

 頷く。


「賛成です」


 エリーナも、

 静かに微笑んだ。


「ええ。

 あの子……

 エリシアのそばにいるのが、

 自然だもの」


 エドガーは、

 もう一度、

 扉を見る。


 その向こうで、

 娘は、眠っている。


 不安に起こされることもなく、

 誰かに見捨てられる夢を見ることもなく。


 ただ、

 穏やかに。


 ——今夜は。


 エドガーは、

 心の中で、

 そっと誓った。


 守る。


 娘を。

 その小さな光も。


 そして、

 娘が、いつか自分自身を

 守れるようになる、その日まで。


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