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第六話 眠りのそばで



 夜が、屋敷を包んでいた。


 エリシアは、自室のベッドに横になっている。

 月明かりが、白いシーツを淡く照らし、

 その上で、胸が静かに上下していた。


 ——眠っている。


 それも、深く。


 眉間に寄っていた影はなく、

 呼吸は、驚くほど穏やかだった。


 エリシア自身は知らない。

 今夜が、

 理由のわからない不安に邪魔されずに眠れる、

 久しぶりの夜だということを。


 ベッドの脇、

 クッションの上には、

 淡い光を帯びた小さな存在。


 妖精の少女も、

 同じように眠っていた。


 扉が、

 きぃ、とも言わないほど静かに開く。


「……寝てる?」


 最初に顔を覗かせたのは、

 母、エリーナだった。


「ええ」


 低く答えたのは、父エドガー。


 二人は目を合わせ、

 そっと部屋に足を踏み入れる。


 エリーナは、

 眠るエリシアの顔を見た瞬間、

 小さく息を吸った。


「……あら」


「どうした?」


「こんな顔、久しぶり」


 声は、

 吐息よりも小さい。


 エドガーは、

 ベッドの脇に立ち、

 娘の呼吸を確かめるように見つめた。


「苦しそうじゃないな」


「ええ。

 安心してる顔」


 エリーナは、

 そっと指先で、

 乱れていた前髪を整えた。


「今日は……

 大丈夫だったのね」


 そこへ、

 一歩遅れて、

 兄ルシアンが扉のそばに立つ。


 部屋には入らず、

 距離を保ったまま、

 妹の様子を見る。


「……魔力、静かだ」


 ぽつりとした声。


「乱れもない。

 むしろ……安定してる」


 エドガーが、

 小さく頷く。


「学院に行かせなくて、正解だったな」


「ええ」


 エリーナは、

 妖精の少女の方へ視線を移す。


「この子も……

 よく眠ってるわね」


 淡い光が、

 呼吸に合わせて、

 ゆっくりと明滅している。


「……そばに、いるからかしら」


 エリーナの言葉に、

 誰も、すぐには答えなかった。


 けれど。


「そうだろうな」


 エドガーが、

 静かに言った。


 ルシアンは、

 少しだけ視線を逸らし、

 低く呟く。


「……前から思ってた」


「何を?」


「エリシアは、

 誰かが“そばにいる”ときの方が、

 魔力が安定する」


 エリーナは、

 驚いたように兄を見る。


「そうなの?」


「本人は、気づいてない」


 ルシアンは、

 眠る妹を見つめたまま言った。


「……でも、今日は特に、顕著だ」


 エリーナは、

 その言葉を聞いて、

 小さく笑った。


「じゃあ、やっぱり」


「?」


「この子、

 ひとりで頑張りすぎてたのね」


 その言葉に、

 エドガーは何も言わなかった。


 否定もしなかった。


 エリーナは、

 もう一度だけ、

 エリシアの寝顔を見てから、

 小さく囁く。


「……おやすみ」


 返事は、ない。


 それでよかった。


 家族は、

 目配せだけで合図を交わし、

 静かに部屋を出る。


 扉が閉まる直前、

 ルシアンが、

 小さく言った。


「……守られてるな」


 誰にともなく。


 部屋に残ったのは、

 穏やかな呼吸と、

 淡い光だけ。


 眠るエリシアは、

 何も知らないまま、

 静かな夜の底へと沈んでいった。


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