第五話 ここに、いる
夕方、部屋の扉がノックされた。
「エリシア?」
母、エリーナの声だった。
エリシアは、はっとして振り返る。
ベッドの上で眠る、小さな光。
——見つかった。
そんな思いが、一瞬よぎる。
「……入って」
扉が開き、
エリーナが部屋に入ってくる。
最初に見たのは、
ベッドではなく、エリシアの顔だった。
「顔色、よくないわ」
そう言って、
迷いなく娘の頬に手を伸ばす。
「無理したでしょう」
「……少しだけ」
エリシアは視線を逸らす。
エリーナは、ため息をつくでもなく、
ただ、優しく笑った。
「少しだけ、が一番心配なのよ」
そのまま、
視線がベッドへ移る。
淡く光る、小さな存在。
エリーナは足を止めた。
「……まあ」
驚きの声はあったが、
拒絶の色はなかった。
ゆっくりと近づき、
妖精の少女を覗き込む。
「この子……随分、傷ついてるわね」
「森で、倒れてたの」
エリシアは、
短く説明する。
「放っておけなかった」
それだけ言うと、
なぜか胸が詰まった。
エリーナは、
エリシアの言葉を遮らなかった。
代わりに、
その肩を、そっと抱く。
「……そうよね」
たった、それだけ。
責める言葉も、
問い詰める声も、ない。
「よく、連れて帰ってきたわ」
その一言で、
エリシアの喉が、きゅっと鳴った。
——褒められると思っていなかった。
「怖かったでしょう」
エリーナの声は、
静かで、あたたかい。
「……うん」
小さく、そう答える。
そのまま、
軽く抱き寄せられる。
エリシアは、
一瞬だけ、体をこわばらせてから、
そっと、身を預けた。
ほどなくして、
廊下から足音が聞こえる。
父、エドガーと、兄ルシアン。
事情を聞くと、
エドガーは深く息を吐いた。
「……無事でよかった」
それが、最初の言葉だった。
命の心配。
娘の心配。
順番は、はっきりしていた。
ルシアンは、
無言で妖精を観察していたが、
やがて、エリシアの方を見る。
「……お前、今日は帰ってきて正解だ」
それだけ言って、
そっと、妹の肩に手を置いた。
短い接触。
けれど、確かな温度。
「この子は、しばらくここにいよう」
エドガーの言葉に、
誰も反対しなかった。
話は、それで終わりだった。
理由も、説明も、
今は、いらなかった。
家族が部屋を出たあと、
エリシアは、静かにベッドへ戻る。
眠る妖精の少女の、
小さな手。
エリシアは、
そこに、そっと指を添えた。
——ここに、いる。
それだけで、
胸の奥が、少しだけ、ほどけた。




