第十五話 光の名を呼ぶひと
その気配は、
音もなく訪れた。
夕暮れ時。
屋敷の庭に、
風が一度だけ、逆流する。
エリシアは、
ミラと一緒に、
窓辺に立っていた。
理由はない。
ただ、
胸の奥が、
静かにざわめいた。
「……ミラ?」
名を呼ぶと、
ミラの光が、
ふっと強まる。
次の瞬間。
庭の中央に、
淡い輪郭が浮かび上がった。
人の形をしている。
けれど、
足元は地に触れていない。
長い髪が、
夕焼けの色を映して揺れる。
——美しい、というより、
澄んでいる。
エリシアは、
直感的に理解した。
この存在は、
恐れるものではない。
ミラが、
一歩前に出る。
小さな体が、
光に包まれる。
「……おかあ……さま……?」
その声に、
輪郭が、
やさしく微笑んだ。
「ええ、ミラ」
声は、
直接、
胸に届く。
「みないうちに立派になりましたね」
ミラの羽が、
震える。
「……わたし…でも…
ちゃんと、まもれ……なくて……」
言葉が、
途中で、
ほどける。
エリシアは、
反射的に、
ミラのそばへ行こうとして——
止まった。
これは、
二人の時間だ。
「いいえ」
アウローラは、
静かに首を振る。
「あなたは、ちゃんと守りましたよ」
「守ろうとし、逃げず、
だからこそ私はあなたを見つけられました。」
ミラの目から、
光の雫が落ちる。
「……こわ……かった……」
「ええ」
アウローラは、
肯定した。
「怖かったでしょう」
「それでも、
あなたは、諦めなかった」
視線が、
エリシアに向く。
——見られている。
けれど、
裁かれてはいない。
「あなたが、
この子に手を伸ばした」
アウローラの声は、
穏やかだった。
「それは、
命を救ったということ以上の意味を持ちます」
エリシアは、
胸に手を当てる。
「……私、
正しいことができたのか、
まだ……」
「正しさは、結果として
あとから形になるものです」
アウローラは、
やさしく言った。
「あなたは、見捨てなかった」
その一言で、
胸の奥が、
強く、
温かくなる。
ミラが、
アウローラを見上げる。
「……わたし……
まだ……こども…」
アウローラは、
微笑んだ。
「ええ」
「でもね—」
そっと、
ミラの額に触れる。
「もう、
立派に一人前よ」
光が、
一気に広がった。
ミラの姿が、
ゆっくりと変わる。
背が伸び、
羽は、
よりしなやかに。
少女から、
若い妖精へ。
それでも、
エリシアが知っている
あの光の色は、
変わらない。
「……ミラ……?」
ミラは、
自分の手を見つめ、
それから、
エリシアを見る。
「……エリ……シア……」
声は、
少しだけ、
落ち着いていた。
アウローラが、
一歩、
後ろへ下がる。
「これからは、そばにいない時でも」
「呼ばれれば、いつでも来れますよ」
ミラは、
小さく頷く。
「……いっしょ……」
「ええ」
アウローラは、
最後に、
エリシアを見る。
「あなたは、
もう、自分を見捨てることはない」
「その治癒は、
他者のためであり、
あなた自身のためのもの」
光が、
夕暮れに溶けていく。
アウローラの姿が、
ゆっくりと、
薄れていった。
残されたのは、
静かな庭と、
少し成長した妖精。
エリシアは、
深く、
息を吸う。
——ひとりじゃない。
——でも、
依存でもない。
ミラは、
エリシアの前に立ち、
にこりと笑った。
「……これからは……
いっしょに……あるく……」
エリシアも、
同じように、
微笑んだ。
「うん」
それだけで、
十分だった。




