第十四話 夢の中で、私は
そこが夢だとは、すぐにわかった。
音がない。
匂いもない。
ただ、薄暗い空間だけが広がっている。
床は冷たく、
どこまでも続いているように見えた。
エリシアは、
そこに立っていた。
——違う。
立っている というより、
戻ってきた に近い。
少し離れた場所に、
小さな影がある。
膝を抱えて、
うずくまっている。
顔は、見えない。
けれど。
——知っている。
あれは、
置いていかれたままの自分だ。
エリシアは、
一歩、近づいた。
影が、
びくりと震える。
だめ
こないで
どうせ、いなくなる
声は、
空気を震わせるだけで、
耳には届かない。
それでも、
意味だけは、
はっきりと伝わってくる。
エリシアは、
足を止めなかった。
——逃げない。
ここで背を向けたら、
また、同じ夢を見る。
影の前にしゃがみ込み、
ゆっくりと、視線を合わせる。
「……怖かったね」
それだけを、
まず、口にした。
影は、
何も答えない。
ただ、
腕に力を込める。
「置いていかれたって、
思ったよね」
胸が、
きゅっと痛む。
でも、
その痛みを、
押し返さなかった。
「でもね」
エリシアは、
そっと、
自分の胸に手を当てる。
「あなたは、
ひとりで耐えて、
生き延びた」
影が、
わずかに顔を上げる。
ぼんやりと、
小さな顔が見えた。
涙で濡れて、
怯えきった目。
——前世の少女。
「置いていかれたんじゃない」
エリシアの声は、
震えていなかった。
「あなたは、
置いていかなかった」
少女の目が、
揺れる。
「……え……?」
「怖くて、
疑って、
先に壊そうとした」
「それでも」
エリシアは、
一歩、近づく。
「ずっと、
私を守ってくれてた」
少女の唇が、
小さく震えた。
まもる……?
「そう」
エリシアは、
微笑む。
「見捨てられないように、
先に距離を取って」
「傷つかないように、
疑って」
「全部、
生きるためだった」
少女の肩が、
小さく揺れる。
ぽろりと、
涙が落ちた。
「……ありがとう」
エリシアは、
その言葉を、
はっきりと伝えた。
「気づくの、
遅くなってごめん」
少女は、
しばらく、
何も言えずにいた。
やがて、
小さな声で、
問いかける。
……ほんとう……?
「ほんとう」
エリシアは、
迷わず答えた。
「だから、
これからは」
手を差し出す。
「一緒に、
歩こう」
少女は、
その手を見つめ、
恐る恐る、
指先を伸ばした。
触れた瞬間。
光が、
静かに広がる。
冷たかった床が、
いつのまにか、
あたたかくなっていた。
——目を覚ます。
その感覚とともに、
夢は、
やさしくほどけた。
⸻
エリシアは、
自室のベッドで目を開けた。
朝だった。
胸の奥に、
まだ、
あたたかさが残っている。
涙の跡も、
確かにあった。
——夢、だった。
けれど。
ただの夢 ではない。
エリシアは、
ゆっくりと起き上がる。
ミラは、
枕元で眠っていた。
その光は、
いつもより、
少しだけ澄んでいる。
「……話さなきゃ」
誰に、
かは、
迷わなかった。
⸻
朝食の席で、
エリシアは、
そっとカップを置いた。
「……お父さま、お母さま」
二人の視線が、
同時に向く。
「私…思い出したの」
声は、
不思議と落ち着いていた。
「…前世のこと」
一瞬、
空気が止まる。
エリーナは、
驚きより先に、
心配の色を浮かべた。
「…大丈夫?」
「うん」
エリシアは、
小さく頷く。
「怖かった。
でも…逃げなかったわ」
エドガーは、
何も言わず、
話の続きを待った。
エリシアは、
ゆっくりと語る。
置いていかれたこと。
疑うことでしか、
生きられなかったこと。
そして。
「……それでも、
私、ここにいる」
言葉が終わる。
沈黙。
次に、
エリーナが、
立ち上がった。
迷いなく、
エリシアを抱きしめる。
「……そうだったのね」
声が、
少しだけ震えていた。
「苦しかったでしょう」
エリシアは、
初めて、
素直に頷いた。
「……うん」
エドガーは、
その背中に、
そっと手を置く。
「話してくれて、
ありがとう」
責める言葉は、
一つもなかった。
疑いも、
なかった。
ただ、
受け止められた。
エリシアは、
胸の奥で、
何かが、
静かに、
落ち着くのを感じた。
——ここにいていい。
——全部、
話してよかった。
ミラの光が、
朝の中で、
やさしく揺れた。




